観念の限界・解脱

観念の限界・解脱(9)~ 虚空蔵求聞持法と魂(1) 2019/9/15

今回は、虚空蔵求聞持法と魂について、この2つを私がいろいろ感じ知っている
ことを関連付けて話していきたい。
タイトルから、何となく難しいように感じるかもしれないが、そのやり方を説明
するということではない。
これから説明していくことから得られることは、おそらくどこにも書いていない
ことだと思うので、自分の意識向上の大きなヒントになるだろう。

この内容は、かなり大事なことに触れていくので3回くらいを予定している。
最初に断っておくが、私は虚空蔵求聞持法をウィキペディアと他のサイトで読ん
だくらいで、深くは研究していない。
だから、これから説明することは、私のこれまでの経験と霊的意識による判断と
霊的推測によるものである。

虚空蔵求聞持法というとすぐ空海が浮かぶが、空海は室戸岬の洞窟御厨人窟にこ
もって虚空蔵求聞持法を習得したという伝説がある。
空海に、この虚空蔵求聞持法を習得させたのは真言によるものだとなっている。
この真言についても、ちょっと前の記事で取りあげている。
虚空蔵求聞持法というのが大変な修行と言われているのは、一定の作法に則って
真言を100日間かけて100万回唱えるということからくるようだ。

これに挑戦する者はほとんどいないだろうと思っていたが、それでも挑戦する
者がいるようだ。
その結果は、途中で挫折したり気がおかしくなったりする者も出るらしい。
伝説だけを信じて、この難行に挑戦することが勇気あるとは言えないだろう。
この修法で言えば、忍耐で神に接しようとすること自体間違っているのである。

忍耐は物的なことだから、それを通しても神の法則上、性質上そこに大きな障
害を作っているということにどうして気づかないのだろうか。
このことは、仏教でやっているどんな難行苦行にも言えるし、まして荒行など、
私には考えられないことである。
それで可能になるならそうすればいいだけだが、私は全く別な方法で近づくこ
とをする。

この世を完全解脱するという意識を目指す者にとっては、虚空蔵求聞持法は最
高の修法である。
虚空蔵求聞持法を修得すれば、その結果としてあらゆるものを記憶する力やそ
の他の望んだものが得られるとなっている。
しかし、そんな程度なのか、記憶することなど物的なことではないのか。

私は、このような物的な考えを中心にこの虚空蔵求聞持法を考えたことはな
い。
もっともっとすべてを超越するものを含んでいるのがこの虚空蔵求聞持法で、
その世界と一体化できるというのが、この修法で実現すると確信している。
このようになるということは、当然聖者意識レベルということになるだろう。

聖者意識を目指す完全なる智慧が、この虚空蔵求聞持法で得られるのである。
聖者意識ということを考えると、これに挑戦しようとしている者の意識レベル
が問題となるのは当然ではないだろうか。
この修法に挑戦しようとする者は、まずその意識準備はできているのだろう
か。

また、自分の魂の暗黙的許可は出ているのだろうか。
挑戦する前に、成功失敗の前に、すでに答えが出ているのではないのだろう
か。
最高の虚空蔵求聞持法に挑戦する前に、このような自覚や意識的覚悟が出来て
いるのだろうか。

ちょっと難しくなってきたが、このようなことに至るまでの基本的考えを知っ
ていくと、もっと拡大した世界と焦点の広げ方に気づけるかもしれない。
ちょっと前に戻って、空海は洞窟御厨人窟にこもって真言を100万回唱える
ことをしたとなっているが、本当にそれが成功したのだろうか。
この真言の内容は、祈りの言葉である。

祈りの言葉は実現の言葉ではなく、望んだことを実現させる意識の世界に自分
の意識を運ぶための準備に過ぎないと私は確信している。
それを、どうして空海レベルで分からないことがあるだろうか。
また、この修法(真言を100万回唱える)を、実際に空海はやったのだろう
かという疑問がある。

それを明確にするために、私は自分の魂に「空海は本当に真言を100万回唱
えたのですか」と訊いてみた。
その回答は、私に来た感じから100%それはしていないということであった。
本当の意識で立ち向かうことをせず、根拠のない伝説や言い伝えを信じること
の時間の浪費とむなしさを、この虚空蔵求聞持法を目指す人から感じてしまう。

精神世界や宗教の世界は、一つ一つの内容をもっと冷静に考え見極め、また注
意しなければならないことも多いのである。
私は、この虚空蔵求聞持法は、自分の魂との繋がりを無くしては、実現は絶対
不可能と考えている。
私は、この虚空蔵求聞持法の話を中心にしたい訳ではなく、本当は各自にある
魂の力について理解できるようにしたいのである。

ただ、この虚空蔵求聞持法の本当の内容を入れると、もっと自分の魂を身近に
感じ、また信じられるようになると思ったからそうしているのである。
次回も続くが、すべを読んでからしっかり考えるといいだろう。
よほどしっかり自分の意識レベルを上げなければ難しいが、この虚空蔵求聞持
法を習得できれば、絶対的な力を持つことになるのである。

そこまで行かなくても、それにつながるきっかけはある。
虚空蔵求聞持法というのは、アカシックレコードも関係しているのである。
私が行っているアカシックレコードリーディングも、虚空蔵求聞持法のほんの
とげ程度かもしれないが、その世界の中と関係しているのである。
虚空蔵求聞持法の完全修得からすると、今私が行っているアカシックレコード
リーディングは、人間世界で言えば幼稚園レベルだと思っている。

私は、これから本格的にこの虚空蔵求聞持法に挑戦していこうと思っているが、
その結果は絶対に口にすることないだろう。
当然、そのやり方や進め方などはどこにも書いていないので、やはり唯一自分
の魂だけが頼りとなるのである。
人は自分の魂と触れない限り、神世界の智慧に触れることはないだろう。

次回に続く。