生命意識に生きる

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生命意識に生きる(14)~一度、意識の生まれ変わりを経験すれば・・ 2010/04/01

 
私たちの意識的成長は、まず潜在意識の枠や働きをどう理解していくかにかかっています。
もうそろそろ、精神世界系で言われている潜在意識が何でもしてくれるといった迷信から、一刻も早く抜け出して本当の意識の道を歩んだ方がどんなに楽かと思うのですが・・

意識って何? どう考えるの? どうやって勉強すれば、何から手を付けたらいいの?
それはこのブログの内容であり、そのヒントはこれまでずっと書いて来ました。
一つひとつよく考え、また逆にこのブログの内容を疑ってみるのも良い勉強になります。

「解らない、何が?」 それをはっきりと浮き上がらせることが意識の勉強のスタートです。
だれも最初から解っている人なんていないのです。
知っている、それも本当によく知っている人は、それなりの努力をして来た人です。

本質、真理、霊的法則が土台となっている智恵のある意識、その意識力が真の潜在意識です。
この真の意識力、潜在的な力、自分の根源である本当の力を、ほとんどの人は信じていません。
自分の力より他の力に依存すること、それに支配されることを喜びとして自分をゆだねます。

自分で自由に動くことより、動かされることを待ち望んでいる人生です。
「楽にさせてくれる安易」を邪魔する者は敵とし、その敵と闘うことも正義にしてしまいます。
いつまでも幸福という言葉だけを追いかけることに夢中で、いつの間にか人生の夕暮れです。

この何よりも大事な自己意識理解を、全く自分とは関係ないといった他人事感覚なんです。
これからは因果法則の表れが強く出て来る時代で、そのときになって神を恨まないように・・
「何でこうなるの」「何で私だけ・・」「何でこんなときに・・」「この先どうしたら・・」「何か自分が悪いことでもしたっていうの・・」「何でこんな人生に・・」

絶対逃げられない前世からのネガティブ性をまともに受けないためには、どんな人もやらなければならないことがあるのですが、いつやるのでしょうか・・。
前回、「あなたが潜在意識を本当に理解したならば、完全に一度死にます」と書きました。
この本当の意味は潜在意識の理解にもつながりますので、もう少し説明したいと思います。

誰でも最後は肉体の死を通して、今生での自分認識の意識から離れます。
そして、大多数の人は本来の目的のために、また新しい肉体に生まれ変わって来ます。
本来の目的というのは、霊的進化を意味し、別な観点から言えばネガティブ、カルマ除去です。

それは魂の浄化とか、魂の進化という意味と同じで、それだけが生まれ変わりをする理由です。
これは、内容的には精神世界系のアセンション(次元上昇)と同じですが、ただ本当の意味を知らないと、また都合のいい解釈をしている人に振り回されるだけで終わるかも知れません。

自分が何の根拠も無い適当な解釈に左右されないためにも、またしっかりと自己判断出来るようになるためにも、潜在意識を高める勉強をしておかなければなりません。
理解ということの意味をよく知って、心底から納得という感じを知ってほしいと思います。

特に、初歩の時がとても大事で、仮に聖者の言葉であっても最初から自分の潜在意識を固定化しないように注意が必要です。
何故なら、本当によく理解しないで感覚的に鵜呑みすれば、消化不良、結局限定化した視点の中で答えを出すしかなくなるからです。
意識の世界や神の世界を考える場合は、絶対限定化した考えや見方をしてはいけないのです。

因果法則で考えて見てください。
その原因となるものをしっかり積み上げ、ある時間が経過したときにそれは結果として自分にもたらされます。
魂は、原因結果の同時経験の中で潜在的自動顕現機能を人間意識として表現しています。

因果法則、輪廻転生は霊的法則ですから、大きいことも小さいこともないのです。
もっと言えば、大事なこととか大事でないこと、というものも霊的には無いのです。
人の見方考え方というのは、自分にとって大事なものを優先しがちです。

つまらないことは無視、大して重要で無いからいつまでも後回し・・
こうして、最後はこのつまらないことで大きく躓くのです。
思い通りにならない結果を招くのは、この霊的法則を軽く見て、また無視しているからです。
よくよく考えてみれば、人生は少なくてもポジティブ意識の智恵で楽になるものです。

人間の意識でありながら、人は自分自身が意識でありながら、それが何であるか知りません。
ある程度の期間精神世界を勉強している人であっても、意識の仕組みは解っていません。
まず、今の自分の意識の状態が、自分の潜在意識の表現だということです。

しかし、今の潜在意識では、本質的なことを説明してもすぐには理解出来ないのです。
人の今の意識がこういうものですから、自分の潜在意識を造り変えなくてはならないのです。
それを、今までのやり方で変えようとしても、もちろんうまく行くはずはありません。

変え方も知らないというより、まず潜在意識の本当の枠の理解から始めなくてはなりません。
はっきり言って、もし洗脳ですばらしい潜在意識が出来るなら喜んで洗脳してあげたいですね。
洗脳で変わるくらいなら、何もここまで苦労して潜在意識を説明する必要もないでしょう。

あなたが何かどこかの洗脳で引っかからないように、覚えておくといいでしょう。
一般的に行う洗脳は、感情を操作する方法です。
それは理性からの分離の方法です。
心配不安と理想的イメージを交互に感情的にマヒさせていく方法です。

最後は潜在的恐怖で縛り上げて行きますので、それが自動的に潜在意識に取り込まれます。
安全な洗脳方法は、本質真理を土台に自分自身で実践しながら行なっていくものです。
まず、感情を切り離すことを毎日の仕事生活の中で実践を通して訓練して行きます。

そのときの自分は、冷静、客観という理性的意識を通して行かなければ訓練になりません。
そのように行動するためには、これまでの潜在意識は邪魔になります。
その潜在意識を変えるということの意味を、本質(真理)レベルで説明して行きます。

そのとき、自己意識の成長向上を邪魔するものがネガティブです。
奥深く、潜在意識にこびりついたネガティブをどうあぶりだして行くか、どうやってしつこいネガティブを無力化していくか、これがとても大事な潜在意識の仕組みを知る方法なんです。
ネガティブを無力化する力がポジティブ力です。

それは、本質的、真理に近づいた理解からなる本物(霊的法則)の智恵でなければなりません。
「あなたが潜在意識を本当に理解したならば、完全に一度死にます」
私が言う潜在意識を変えるというのは、今の自分を一時的に横に置いて、ちょっと違う観点から見られる自分になるということではないのです。

この世の観念からの上昇、拡大といった霊的本質側から、この世の人間意識の仕組みを知悉した、また波動振動的ポジティブ分離でなる潜在意識を創ることなんです。
今の説明自体、この世の観念で造られた潜在意識では理解することも難しいと思います。

しかし、真理の方向、霊的世界に向かう意識向上の真の道はあるのです。
それは、何回も言っていますが、意識の道の順序を通さないとだめということです。
若い人も、たっぷり人生経験のある人も、誰でもこの意識の勉強のスタートは一緒です。

何故なら、ほとんどの人がまだこの意識の道の歩き方を知らないからです。
このような努力によって、この世の人間意識の仕組みや観念が人の中に見渡せたとき、それこそ、自分の内奥から確信が出て来たなら、それは間違いなく潜在意識が変わったとなるのです。
そのとき、自分でもはっきり口に出して言えると思います。

「私は、意識で一度死んだ!」と。
本質的な本当の真理に近い智恵を、ほとんどの人は少しも知らないまま肉体的死を迎えます。
さぁ、新しい来世です。生まれ変わりました。
意識は、本質など何も知らない前世のネガティブ意識のままです。

何も変えない意識は無意識に引き継いで、また同じ意識レベル人生の繰り返しが始まります。
とことん、自己意識向上を通して死を迎えた人は、生まれ変わりストップかその高い意識レベルでの新しい生命意識世界に入って行きます。
輪廻転生!  因果法則!  霊的法則、神の法則!

自分はこれに影響されないと言う人は、地球最後の日まで残るでしょう。
神の法則、神に勝てますか・・、人間肉体は神から創られた物です。
何故神方向なのか・・、本当の人間意識は、魂として神の一部だからです。

生命意識に生きる(13)~この世には神も仏もないのか! 2010/03/18

今回掲載する予定だった「あなたが潜在意識を本当に理解したならば、完全に一度死にます」は次回にまわし、その前にそれをもっと理解しやすくする話をしたいと思います。
私たちの内的意識全体を理解するには、当然神の理解を抜きにしては何もつながりません。

東洋的なことを中心にいろいろ学んでいる人にとっては仏になると思いますが、ここではどちらも同じレベルとして捉え、一つの神として話を進めて行きます。
そこで「この世には神も仏もないのか!」について、深く考えて見たいと思います。
「この世には・・」ではなく、本当は「神は私たち人間に何の助けもしてくれないのか!」、ということです。

個人的に大変苦しんで悩んでいる人に、神は何の援助も差し伸べないのでしょうか。
大きなところでは、何も世界の最貧国であるハイチに大地震が来なくても・・
いまだ戦争を続けている国では、いつも犠牲になっている一般庶民は何故救われないのか・・

世界中の戦争の歴史を見ても、どこに神や仏が、救いの力で何か大きく変えてくれたものがあったでしょうか。
人類の歴史の中で、いつも人々が空を見つめて手を合わせ祈っている姿が目に浮かびます。
私は、本当に神が大きな規模で人類を救ってくれたという事実があったかは思い出せません。

また、イエスが去ったあとの世界で、見えないところで神や仏が関わったのだろうということの大奇跡も知りません。
それでも人々は祈り続けています。
この聞かれない(?)祈りを、いつまで続けるのか。
何かが違っているのではないか。

確率的にもあまりにも低すぎる、祈りが届かないという証拠があるにもかかわらず、何故・・
実際このような事実がある以上、私は全くこれとは違う方法で祈って来たのです。
多くの人達の心の中には、神様仏様という畏敬の念はどこかにあると思いますが、本当はこのこともどう思っているのでしょうか、それともそこまで考えてはいないのでしょうか。

たくさんの宗教家や求道者、それに従事している人、今精神世界を勉強している人や各宗教の信者や神仏に手を合わせる一般の人達。 その中でも!
何故、ほんの一握りの人しか、神をもっと真剣に見つめ一体化を目指さないのでしょうか。
それとも、流れで手を合わせていれば、それで何とかなると思っているのでしょうか。

そんな人達に、どうして完全なる神が見向いてくれるのでしょうか、それこそ奇跡です。
神や仏は畏れ多いものとして心底から信じて疑っていません、と言っていながら、一旦それから離れたあとの行動を見ると、まるでそれは偽善そのものという人がほとんどです。

こういうと、「何の宗教なの?、思い込みが強いんじゃない」と言う人もいるかも知れませんが、これがこの世のレベルなのかも知れません。
神への祈り方です。
「私は本当のところ神がどいうものか全くわかりません。でもあなた(神)は私のすべてのすべてです。私のこの無知を切り裂いてください。私はそれを何よりも一番に望みます。」

自分から神に近づく、意識による一体化への意志(誓い)を自分の奥の内在する神に集中です。
ここからが神との一体化へのスタートです。 
自分の意識です。宗教も何も要りません。
神は一人ひとりの人間の意識を通して働いてくれます。

今の人類意識のほぼ90パーセントの人は、神が顕現しないと私は思っています。
これについてはどんな反対意見があっても、私の意識でみた答えでそう思っています。
「この世には神も仏もないのか!」と言うより、そんなことを神に言える意識であるのかです。

勝手なことばかり、神に嫌われることばかり、そして人は神が止めてくれと思っていることをまったく無視し、好き勝手にやっているのではないでしょうか。
そして都合悪くなれば、自分でどうにもならない危機に遭遇したときは、ここぞとばかり神や仏に祈るのです。
「神様、仏様、どうぞ私を助けてください、この状況から私を救ってください」と。

その求めに対して、神がわざわざ意識を向けたり言葉で援助したりするまでもないのです。
そんな無知な意識に対して、神に代わって伝えてあげたい。
「残念ですが、神はあなたのことに興味がないみたいです。神は別な意識を見ています」と。

人は神を本当にどう思っているのでしょうか・・、そろそろ今までと同じでは・・
自分の意識を成長させる、向上させるということは、神に近づくことでそれは同じ行為です。
神に対する特別なことをするより、まず自分の意識を成長向上させることです。

何故そうしなければならないのかというと、真の神を理解し近づける自分になるためです。
私は神、神と求めたことも、また都合のいいお願いなども、一度もしたことはありません。
初詣も一度も行ったことがない、というより、何で行かなくてはならないの、と思っています。

これはまったく私自身のことですから、初詣行く人達を否定しているのではありません。
新年、心機一転、前年のネガティブを忘れて、さぁ今年はがんばるぞ、でいいのです。
ただ、私の意識が別な方法によって、神に焦点を合わせて生きているというだけです。

私はこの世にあるすべての神や仏、それを認めることも信じてもいません、というだけです。
私の神は、霊界の神(自己魂)、私はずっとそれだけにしか焦点を合わせていないのです。
意識の段階を上げて来たのも、一心に集中して来たのも、この一点集中の実現のためです。

どのくらいの集中をしなければならないのか、いつまで集中しなければならないのか?
それは、神(魂)が自分を認めてくれるまでです。
それは人間が決めることではないのです。
私たちは、本質真理の理解をもって真の神に至る道を進んで行くだけです。

毎日、神に向け同じ行為をしていることが神に認められるのか、また神にありがとうや感謝を捧げることで、それで十分だと言えるのでしょうか?
神をいかに簡単に自分の思い通りにする方法を、いつまでも探し回る人生でいいのでしょうか。
私は、これまで神に対して同じ行為の繰り返しや感謝やありがとうの連発などは、これも当然ですがしたことがありません。

どうしてそうしないのか、してこなかったのかを説明したいと思います。
はっきり言って、そんな神をバカにしたことは死んでも出来ないからです。
感謝や、ありがとうが神をバカにしていることなんですか?と、驚くでしょうね。
私は、真剣に、すべての存在のなかで一番目指すものが神で、それは私のすべてなんです。

その神(魂)はいつも私のすぐそばにいるのです。
だから、私が真剣そのものであることを神は知っているので、それだけで何も要らないのです。
ずっと、私はこのような感じでここまで来ました。
特に、悪いことは何も起こらず、ずっと真っ直ぐ成長向上あるのみで今に至っています。

以前にも書きましたが、私の願望はこの世的には成就し心から喜び、満足しているのです。
神(魂)の援助があったからです。これが証拠です。その証拠はたくさんあるのです。
神(魂)は、たくさん私に援助してくれました。
私は神に対して、特別なことをした覚えがまったくありません。

私がやって来たことは、ただ自分の意識を高めるだけ、神に向かって真剣に向上するのみで、自己意識の進化以外何もしていないのです。
「余計な事でぐずぐずしているヒマは無い、早く意識を上げろ!!」と声無き声を聞いて。
まだ、この進化は終着点には到達していませんので、これからもまだまだ突き進むだけです。

神は神自身、霊的法則の中で顕現し、働くしかないのです。
神が自ら法則を無視したら、すべては消滅です。
もっと、神の法則を知り法則に従って動かないと、ネガティブだけに支配されてしまうのです。
同じ行為を繰り返したり、同じフレーズを繰り返すだけでは、何の成長にもなりません。

単なる行為、言葉はそれほど重要ではなく、大事なことは意志することとそれに伴う行為です。
精神世界や宗教の役目は、人の意識を成長させ、そしてどんどん向上させることです。
意識成長をさせない方法を取るのは、人が成長すると自分が困ると思っている人です。

人が意識成長することで、高いレベルの質問をされることが困るからです。
人が意識成長することで、自分のレベルに迫ってくることを良しとしないからです。
人を意識成長させないでいつも同じレベルにしておくことは、無知にして支配出来るからです。

一部の都合のいいやり方に引っかかっている人は、精神世界に70パーセント近くいます。
自分で自分を高めることをしない者に、神はどう援助してくれるというのでしょうか。
自分で自分を高めようとすることは、神に近づくことだと言いました。

その真剣さは、誰も気づかなくても、神はすべてのすべてを知り尽くしているのです。
神を騙す、テクニックで何とかなる、毎日同じことをしておけばそれで十分とすること自体、何と自分に対して恐ろしいことを平気でやっているのかと思います。
多くの人は、本当に何も知らない、気づいていないので本当に気の毒に思います。
それでも自分だけは神に救われると思って信仰している人は、本当に無邪気な子供のようです。
子供ならまだ神は救ってくれるでしょうが、しっかり自立しなくてはならない大人なんです。

この世は意識、意識は神、これを真剣に自分自身にしないで、何を人生と言うのでしょうか。
神から自由を与えられた人間、その自由で創った苦悩で尾を引かせるネガティブ因果の連鎖。
あまり遅くならないうちに気づいたほうがいいと思うのですが・・
これも余計なお世話と、怒られるかもしれませんね。

生命意識に生きる(12)~夜明け間近、潜在意識の世界に目覚めよう! 2010/03/11

ポジティブ潜在意識、ネガティブ潜在意識、ニュートラル潜在意識。
このように分けるのは、潜在意識だけに限ったことではありません。
意識である以上、すべての種類の意識にこの分類は適用しなければなりません。
心、意識、潜在意識を理解するにも、ただ漠然とこういうものだ、では先に進めません。

これは、潜在意識の次、まだ誰も説明出来ない無意識についても言えるのです。
この3つの分類を分かりやすく言えば、良いもの、悪いもの、どちらでも、といった感じです。
3つに分類した潜在意識に、今の自分の意識を振り分けて考える練習をして行きます。

ここで、ポジティブネガティブの本当の意味を知らない人はこれ以上進めません。
ポジティブネガティブは、善悪、幸不幸、光闇といった相対意識です。
相対は3次元意識です。
この世界で生きる人の潜在意識は3次元意識が基本ですから、このような分類をしなければ本当の潜在意識、そして全意識の理解も難しくなるのです。

意識もこのように分類されると難しく感じるかもしれませんが、この方が理解の近道なんです。
ここまでを何とか理解出来れば、人間意識の仕組みもかなり深く知悉したことになるのです。
本当にこの意識の理解だけでも、意識の世界をかなり把握出来たと思ってもいいでしょう。

あなたの意識も、真の潜在意識理解でもっと深い見かたと全体把握が出来るようになるのです。
ポジティブ潜在意識は、霊的意識、霊的法則、真理、霊界側に向いています。
その知恵による、全観念の意味を分析判断して真の答えを導いて行くのです。
ですから、一般的な先読みとは全く違う本質レベルの読み、それは読みきる、さらに見通すといった、千里眼に近いことに近づけて行けるのです。

意識というのは自由、自在の訓練で鍛えて行くもので、何か特殊で偏ったことはしないのです。
本当に、ただ漠然と潜在意識について説明されても・・、みんな一緒のレベルです。
意識や潜在意識を理解するにも、全知恵を持って霊的順に沿って構成し直さなければ、全体としての自己意識の完成にはならないのです。

このような全意識的理解を持って、自分の潜在意識を創って行くのです。
それは最終的に新しい自分の誕生になるのです。
これこそ肉体的死を通さない真の価値ある生まれ変わりです。
では、このようにして出来上がった潜在意識は、次に何を目指すことになるのでしょうか。

それは、同じく次の無意識の理解へと進むのです。
無意識!誰でもこの言葉は知っているでしょう。
でも、誰もそれが何であるかは知らないのです。
この無意識が出来上がれば、次は何を目指すのでしょうか。
もう、魂(神)との一体化しかないのです。

真我一体ということです。
こう説明して来ると、不思議な世界のように感じるかもしれませんけど、これが現実です。
これが真の現実なんです。
それ以外は、何も本当のことも知らずに流されている単なる観念の世界ということなんです。

本当は、ここから全意識の説明に入って行くのですが、それを分かりやすく説明して行くと、それは全説明になりますので相当な時間がかかるのです。
完全納得するには膨大な量が必要ですから、文字で表現するにも限界があるのです。
私は、単なる思いつきやどこかの本に書いてあることを参考に言っているのではないのです。

また、真の理解は、自分の気持ちがネガティブに向いている人には無理なんです。
自分が真に進む方向はどこか・・、それは一つ、神方向、創造方向は意識の道からです。
ネガティブ潜在意識は何が出来るのでしょうか、迷い、疲れきり、結局自滅あるのみです。

もう一度言っておきますが、あくまでこの潜在意識の理解は私のやり方です。
本質レベルで自分が求める自分に成るための基本は、これも何度も言いますが、脳や心だけの思考やイメージでは何ともなりません。
大変な説明が必要ですが、大雑把ですがざっとその潜在意識に向かう方法を順に並べてみます。

まず、人間の意識のポジティブネガティブ性をしっかり理解すること。
また、観念というものの内容をよく理解すること。
次に、とりあえず自分の意識を大きく2つに分離または、2つの入れ物を作ること。
その入れ物は、前がネガティブ性(この世の観念)、後ろがポジティブ性(潜在意識)です。 

これから先の人生をポジティブで生きる意識を持つこと。
何故なら、潜在意識、無意識、霊意識という方向は、神に近づくことで、これは霊的法則です。
ですから、これからの人生はポジティブ主体の意識を作って行かなければなりません。

この時点で、ネガティブを外したくないという人は回れ右です。
強く意志して、自己意識向上、自己潜在能力の可能性、進化という目的意識を持つこと。
これは出来ないことは無いのです、人は何故すぐ出来ないと考えてしまうか分かりますか。

それは、今の自分の状態と理想を同時比較で見るからです。
そのギャップ、その間を埋める努力、勉強の大変さだけに焦点を合わせるからです。
どんな人も、一歩からなんです。
山登りも一歩一歩、足を前に進めるだけです。

頂上ばかり見て登れば、先はまだまだ、苦しい、足周りと景色を楽しみながら歩けば今です。
そのまま20分、40分、1時間、・・・、一休みで振り返ってみれば分かります。
「ここまで登って来れた!」、見渡せば視界が遠くまで広がり、空も近くに感じるでしょう。

すがすがしい気持ちになり喜びも感じるでしょう。
いい汗かいたと思えるのは、努力が報われたという気持ちと同じことなんです。
努力するのは、いろいろ気づくため、そして本当の喜びを内から感じるためです。
こんな大事なものを要らないと思う、早く、簡単に、努力無しを望むのは、さびしい心です。

一歩一歩足を進める、毎日毎日少しでも進む。
時間の経過を一気に飛び越えて、ある時点から過去を振り返ってみればわかるでしょう。
やらない自分としっかり努力した自分は同じでしょうか。
目先を見るな、何年後、そして将来、またまた人生全体で考えなければ・・、ただ流される。

後で後悔しても、何も戻らないのです。
自分の将来、未来がどんどん良くなって行けば、「昔は良かった!」という言葉は出ません。
自分の今が、そしてまだまだ先が楽しみで、そんなことを思い出しているヒマもないでしょう。
いつも、毎日が生きているという実感。

それは、あなたが潜在意識そのものに成るかどうかにかかっているのです。
あなたの潜在意識が自分です。
その自分が潜在意識です。
これが自分自身を知るということです。
「今のあなたは、自分自身のことを知っていますか?」、何と答えますか。

自分でありながら、自分が分からない、これも今までずいぶん書いて来ました。
今は、本当の意識、潜在意識のことに触れ、知るだけでもいいと思います。
今生きているほとんどの人は、意識、さらに潜在意識の知恵はほとんど知らないのですから。
本当の意味も知らずに、潜在意識を使いこなせれば何とかなると思っている人もいます。

使いこなすのではなく、自分が潜在意識になるということを知りません。
では、潜在意識になったら、それは真我と呼べるのか、またそれは真我になるのでしょうか。
残念ながら、潜在意識レベルではまだまだというレベルです。
潜在意識は、真に神と同調するための基本的意識、完全土台としての必要な意識レベルです。

真我という言葉は、これまで私は簡単に言ってはいないと思います。
真我を前面に出して、「あなたもすぐ真我に近づける」などとは、とても言えないことです。
真我のことも、精神世界ではいろいろなことが言われているので、本当に混乱するでしょう。

はっきり言って、すべての人の迷いの原因は、本当のことを知らないからです。
意識の順序、それは神の顕現の内的秩序であり私たちがそこまで辿って行ける順序です。
それが無ければ、それが混乱であれば、どうして私たちは真理に近づいて行けるでしょうか。

神の法則、そして神に至る道は、すでに私たちの内に、意識として顕現しているのです。
それを邪魔しているもの、障害となって道を塞いでいるものがネガティブということです。
ネガティブは戦いです。戦争です。

ネガティブの最終目的は、自分の中も、人も、国も、世界も、混乱、対立、戦いに向けます。
黙示録にも、それらしきものが・・・
ネガティブの(この世の)最終章は、ハルマゲドンだと! これは最終的な善と悪の戦いです。

これを防ぐ手段はただ一つ、潜在意識の真の理解です。
それだけでも、おそらく世界は大きく変わるでしょう。
当然です。その方向はポジティブ方向ですから、何もマイナスはありません。
無理だ、難しいとあきらめれば、このままの自分でこのまま時代は進むだけです。

その向かう世界は、真の潜在意識理解から見れば、予言なんか待つ必要はないのです。
まず、一歩踏み込むのは、潜在意識の理解を目指すのであって他の何かではありません。
そして、いつの日があなたが潜在意識を本当に理解したならば、完全に一度死にます。

別に脅かしている訳ではなく、先ほど言ったことです。
それは、新たな喜び意識の段階に入るということです。
今はまだ、潜在意識が何であるかピンと来ないかもしれませんが、もう少しこの話に集中していてください。

生命意識に生きる(11)~いつまでも潜在意識頼みでは・・ 2010/03/04

今回から数回、潜在意識についての話しをして行こうと思います。
人が普通の会話で使っている心や意識という言葉、でも心って?意識って?何でしょうか。
こう言われると、まだはっきり理解していないと気づく人も多いと思います。
このような意識で、潜在意識を理解しようとする話は、頭がボォー!とするかも知れません。

でも、潜在意識のことを理解しだすと、自然に心や意識というものが分かって来るものです。
ただ、潜在意識を文字で説明にするということには、かなりの限界があります。
深い理解とはいかなくても、少しでも潜在意識の全体像がつかめればいいとしましょう。

潜在意識については、随分前から本やサイトなどでいろいろ説明されています。
このどんな説明であっても、潜在意識を知らない人にとっては、初めて教わった潜在意識の知識がそういうものだとすんなり受け入れてしまうのは仕方ありません。
精神世界と潜在意識という組み合わせは、一つ間違えば全く違う方向に進んでしまいます。

自己啓発、宗教、精神世界などで問題が起こって来たのも、この潜在意識の無知が原因です。
冷静に考えれば分かることも、ついつい・・、もしかしたら・・、それもいいかも・・で。
こんなことで大切な時間を何年も無駄にすることのないように、潜在意識を見せてあげます。

潜在意識を見せてあげるとは、潜在意識を見える形にして説明していくということです。
実際はかなりの説明が出来るのですが、先ほども言ったように文字では限界があります。
おそらく私が説明する潜在意識の内容は、不思議な感覚に入っていくかもしれません。
当然です。

潜在意識は人の意識を支配する重要な意識の中継点なんですから。
自分を変えたいのなら・・、もう余計なことを考える必要はありません。
本当に必要なことは、新しい(本物)意識からなる潜在意識を自分にすることなんです。
これからの時代は、単なる精神世界的な知識だけではどうすることも出来ないでしょう。

意識強化! 
これは潜在意識理解と真の意識世界の道を進むことで出来上がっていくのです。
以前にも書きましたが、私は一般的に信じられている潜在意識の説明には興味がありません。
当然、一般的としている潜在意識の説明の中には、私の理解している部分と共通点もありますので、別にそれを否定しているわけでもありません。

これからは、波動振動の世界や私の不思議体験の分析なども取り入れながら、さらに私の潜在意識の世界を理解出来るようにして行くことも考えています。
潜在意識といってもとても広い世界ですが、それは物理的な距離の感覚では理解出来ません。
心の世界のように、それは単純にぶつかり合ったり、くっついたりする世界ではないのです。

今自分の周りをいろいろな電波が行きかっているように、その数種類の電波をいつも大きく把握しているといった感じの世界です。
その状態は、思考をしないで分かる、気づけるといった意識といってもいいでしょう。
その意識の中は、限定のない自由そのものにしておかなければなりません。

思考から始まり、心、意識、潜在意識と意識自身が意識の世界に慣れて行くしかありません。
初歩から訓練して行けば、誰でもそのような状態に近づいて行けるのです。
意識、それは自分自身ですから当然です。
本当の自分になって行く意識の理解が、その本物の理解がさらに自分を導いて行くのです。

その意識の道は、大きく分けて、脳、心、意識、潜在意識、無意識、霊意識と上昇します。
それは線を引いて区別することは出来ませんが、意識にも種類があるのです。
このすべての意識は大事ですが、その中でも特に大事な意識が潜在意識なんです。

特に大事だというのは、3次元意識の中でという意味です。
3次元意識、それは今生きている私たちの世界の意識です。
ほとんどの人は、思考、心、意識に焦点が合っていますが、それは顕在意識と呼ばれています。
顕在意識が表側とすると、潜在意識は裏側です。

この表、裏というのは、この世から見た位置的表現であって、裏側方向は霊的神方向です。
私から見れば今のことは逆になり、この世は影の部分で潜在意識は光の当たっている部分です。
よくある潜在意識を操れるといった考えは、逆に潜在意識にある固定観念に支配された限定的考えに過ぎないことだと思ってください。

簡単に例えれば、潜在意識は動かす操縦者で顕在意識はその操縦に動かされる者です。
その操縦で動かされる者、すなわち自分です。
もちろん、操縦者も自分ですが、ここの理解が潜在意識の理解につながります。
先ほども言いましたが、潜在意識は複雑に意識が交差している世界なんです。

そのうち説明しますが、潜在意識を理解するには自己意識の分離という初歩的感覚訓練も必要になるのです。
よく精神世界の話に出て来る「真我」という言葉は、それは潜在意識ではなく、今の自分をはるかに超えたもので自分の神(魂)と解釈するといいでしょう。
このレベルの真我は霊界レベルの魂ですから、精神世界で言われているような対話などは出来ません。

その点もあいまいにしていると、結局訳も分からない自分になって終わりです。
潜在意識を理解出来れば、今度は自分を創り変えることが可能だということがわかりますか。
潜在意識については、あらゆる角度から説明すれば誰でも理解するのは可能だと思っています。

それが意識の勉強です。
この意識の勉強をしっかりやっている人は、確実に進化して行きます。
意識が輝くことを知っている人は、きっと自分を喜びの状態に導ける人でしょう。
では、この潜在意識の理解は、時間がかかる、すぐ簡単には出来ないということを説明します。

ほとんどの人は、自分の意識をしっかり確認することを嫌がります。
そういう自分を良しとし、野放しにして、いろいろな問題を引き寄せ、悩み苦しむのです。
精神世界の心地いい、その気にさせるような言葉にしてもそうです。
本当にその意味を十分に理解しているのか、また流された納得でよしとしてはいないか・・

それを教える人の意識や内容も、慎重にいい意味で疑っているでしょうか。
それは、私に当てはめてもいいのです。
そういう姿勢でしっかりと物事を見極めて行くことが意識の勉強なんです。
一般の人は、のんびり屋さんなんでしょうか、それとも怖がりなんでしょうか。
疑うこと、質問すること、納得いく答えを得ようとすることはどうでもいいのでしょうか。

それより、その気になってとりあえずやってみて、うまく行ったら認めるのでしょうか。
結局その行為自体が、自分の固定観念となった潜在意識ということです。
潜在意識の言いなりになっている、自分では判断しているつもりでしょうが、いいなりです。

私も昔はこうでした、というより、もっとバカでしたと言ったほうがいいかもしれません。
この潜在意識に入っているものが、本当に正しいもの、根拠のあるものなら何も言うことはありませんが。
潜在意識の内容を知ることは、愕然とすることと目覚めが同時にやって来る感じです。

何も目覚めさせない潜在意識に支配されているから、いつまでも輪廻転生を繰り返すのです。
こんな潜在意識なら要らない!
これは、潜在意識そのものを言っているのではありません。
私が言いたいのは、その中身で、問題になるのは潜在意識の枠ではなく中身です。

その中身をどう変えるか、それに手をつけずしてどうやって自分が変わるか、変えられるか。
これはとても大事なことですので、よく考えてみてください。
今まで説明して来たことからでも、潜在意識が都合よく何かしてくれると思いますか。

せいぜい、ネガティブと仲良くさせてくれるだけです。
本当の潜在意識はそんなものではないのです。
私がやって来たそのものを言わせてもらえば、潜在意識は造らなければだめなんです。
これまでの潜在意識を自由に野放し状態にしていては、だめだということです。

かなりの数の生まれ変わり、その時々の人生の集大成が今の私たちの潜在意識です。
潜在意識ならまだ何とかなるかもしれませんが、無意識までその意識はつながっているのです。
潜在意識を造り変える、これは心理学、哲学、宗教、そして精神世界によってではないのです。

これは意識そのもの、何かとの比較ではなく、自分自身と神との関わりの問題です。
これまで流され許してきた自分の潜在意識が主ではなく、自分自身の意識が主なんです。
どこまで行っても、自分の意識が最高の中心点、支配者でなければならないのです。

もしあなたが自分の支配者になれば、自動的にあなたは「愛」の意味も理解するのです。
高度な意識は、思考程度で理解出来るものではないのです。
思考は支配される側で、支配するのは完全理解側です。
完全理解がない状態が続く限り、果てしなく思考も続いて行くでしょう。

完全理解というのも、厳密には、完全理解へのスタート点に立つことから始まります。
私は自分の潜在意識を、ネガティブ潜在意識、ポジティブ潜在意識に分け、さらにその中間をニュートラル潜在意識にして動いています。
今言ったことは潜在意識ですから、大きな観点で理解してください。

ネガティブ潜在意識は、この世の観念反応です。
ポジティブ潜在意識は、真理方向、瞑想や能力開発、インスピレーションなどこの世の観念とは別世界で動いています。
瞑想もここに入って行かなければ意味がありません。
2つの間のニュートラル潜在意識は、霊的意味や霊的法則をこの世の意味に置き換えるための変換場所となります。

前回説明した願望実現の祈りは、このポジティブ潜在意識から無意識方向に向けて意識する、祈るということです。
潜在意識の理解も、いろいろ視点を変えて話して行けば自然に慣れて受け入れやすくなって行くでしょう。


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コメント

先生昨日はセッションありがとうございました。セ... (moon)
2010-03-07 11:05:51
先生昨日はセッションありがとうございました。
セッションのあと意識強化による問題解決へのショートカットを体験しました、
まるで自分がどんどん性能のいいPCになって行くような気がします。時間についての気づきもありました。
問題についての話をするより先生の意識にいかに同調しそこから揺れない事が肝心なのですね。
自力と他力についても気づき、偶然ではなくまさにそのタイミングでのセッション感謝いたします。
またよろしくお願いします

moonさん、ありがとうございます。 (F・H・S)
2010-03-08 16:34:27
moonさん、ありがとうございます。
私たちが何の疑問も持たずに受け入れている言葉、、
意識の成長、向上は、この言葉の深い意味を理解していくことです。
それは明らかに段階があります。
その理解した段階を自分自身の意識にしていきます。
その段階は、潜在意識、無意識、霊界へと続いていきます。
こうして、いつか自分が向上した段階から過去を見れば、
それまでのさまざまな観念に入っていたポジティブネガティブの波動まで分かって来るんです。
この調子で進んでください。

先生こんにちは。いつもありがとうございます。 (沙歩)
2010-03-11 13:04:44
先生こんにちは。いつもありがとうございます。
意識の成長、向上は、この言葉の深い意味を理解していくこと、それは明らかに段階があること、その理解した段階を自分自身の意識にしていくこと…
大切な言葉をありがとうございます。言葉は神…、と聖書にあるように、言葉の深い意味を理解することは、自らの意識を広げていくことに繋がるのですね。
曖昧な何となくの理解が迷いを生んでいる、自らの経験でそう認識しています。
まだまだ、今日も前進します!

沙歩さん、こんばんは。 (F・H・S)
2010-03-11 20:31:58
沙歩さん、こんばんは。
沙歩さんは、いつもいい感じです。
このまま、いい感じのままの前進から、
そろそろ上昇しましょうか。

生命意識に生きる(10)~真の願望実現方法と潜在意識の世界 2010/02/25

願望実現については、以前にも何度か触れて来ました。
今回、この記事を書く前に、願望実現方法と引き寄せの法則をグーグルで検索してざっとサイト説明に目を通して見ました。
ほとんど、潜在意識を活用してとか潜在意識に強く願いをインプットしてなどです。

これも間違ってはいないと思いますが・・、しかし、こう言っている人は本当に潜在意識のことを十分に知っているのでしょうか、というのが一番の疑問です。
今回は、少し違う角度から、真の願望実現の方法を意識段階との関係で説明したいと思います。
何か欲しいものを何とか早く手に入れたい、自分に引き寄せたいと思うのは、何も物やお金だけとは限りません。

人それぞれ、自分の理想や願望を実現させるために働き生きていることが人生だと思います。
そう考えると、またその視点を拡大していくと、願望実現も因果法則そのものだと言えます。
このようなことは、私のこれまでの人生経験全体から判断してもそのまま当てはまります。

私自身の願望実現に関しては、結果大成功で、また大満足していると言えます。
それは、思った自分になれた、自分らしく生きている、またそうなるように自分を変えることにも成功した結果ということになります。
これは人から見れば勝手な自己満足と言われるかも知れませんが、不満を抱えながら生きる人生よりはいいでしょう。

私が望んだことは、物や金や地位名誉などではなく、意識的進化としての目的成就、達成です。
本来、精神世界系の願望実現の目的はこのようなことだと思いますが、何故か今は物や金、その他物的な都合のいい欲求を満たすことに目が行っています。
それで潜在意識がどうのこうのでは・・

潜在意識をあやつり人形のように自由に操れるといった発想も、本当に驚くべきことです。
私の願望達成には、それなりの時間がかかったし並じゃないくらいの努力もしましたが、一般的によくある願望実現や引き寄せの法則は次のようなものです。
自分が手に入れたいものを強くイメージする。

それが実際に自分のものになっているかのように強くイメージする。
または、それが完全に自分のものになっている、その自分をもっと強く、強く、イメージする。
これってイメージトレーニング? 願望実現方法はイメージトレーニングですか。 

訓練、訓練、鍛えて鍛えて、これも努力?
「絵に描いたもち」をイメージ訓練で実現化させるのは、はっきりいって超能力ですよね。
この願望実現のことを考えるたびに私はいつも思います。
真剣に自分の目的に向かって努力している人は、誰だって成功した自分、うまくいった自分をイメージして努力しているはずだと。

そのイメージ無しで目標に向かったり、目的を成就させようとする人がいるのでしょうか。
イメージを持つ、それを強く意思する、そして成就した自分に向かってがんばる。
ちゃんとやっている人には、これは願望実現法でも引き寄せの方法でもないはずです。

このような行為自体は、因果法則、自然の法則に適ったものだと思います。
これ以外の願望実現方法は、私は「不運引き寄せの法則」だと思っています。
一部のスピリチュアルビジネスにある願望実現方法は、どう考えても、確率的にもほとんどうまく行くはずはないと思っています。
不運にも、その方法で2回以上うまくいった人は、何年も大事な自分の時間を無駄にしたということにも気づいていないでしょう。

幸運にも、願望実現方法で失敗した人は、まだ幸運の女神に見放されていないということです。
人の幸不幸は、意識の仕組みや霊的法則を知っているかどうかでも、大きな影響があるのです。
この霊的法則については後で説明しますので、そのことも熟考してほしいと思います。

願望実現方法とか引き寄せの方法というより、本当に大事なことは、自分が本当に望むものを引き寄せる意識、その意識力がどういうものかを知ったほうがうまくいくかも知れません。
それは、ズバリ潜在意識やそれ以上の意識に関係して来るものです。
これから、少し難しくなりますが、願望を実現させる潜在意識について説明したいと思います。

あなたが手に入れたいと願っている、物、お金、その他意識的のことでも、それがかなりの確率で叶えられる方法はありますが、ただしその意識力次第です。
それは潜在意識をよく理解することで、その実現の可能性は単なる方法よりグンと増します。
望むものは何でも?・・、たとえばあまりにも今の自分とかけ離れたものでは無理です。

それでも、意外、予期せぬ運命の転換とか、夢にも思わないような展開が起こることも・・
それはズバリそのものに「成り切る」、潜在意識がそのことだけに満たされるということです。
先ほどの訓練、鍛えることがいかに甘いかがよく分かると思います。

私自身はそうして来ましたが、やはり簡単にすぐには出来ませんでした。
自分のすべて、全人生、命のすべてを自分の目的のために、自分の潜在意識に叩き込みました。
おかげで、見えない世界からの援助、その他すばらしいことをたくさん得ることが出来ました。

私はこれ以外の願望実現方法や祈りはしたことがありません。
また、潜在意識のことは、自分の不思議体験などで研究していたのでその理解もありました。
たくさんの不思議体験の影響もあったのですが、もう一つかなり強烈に印象に残っていることが、潜在意識の「成り切る」がどういうことかを気づかせてくれた一つの例があります。

それは、私が勝手に名付けている「宝くじ男」の話です。
もうずっと昔の話になりますが、私が21才頃にバイトしていたところで、同じくそこでバイトしていた同い年の男がいました。
その彼は、その時その年で2千万円以上のお金を持っていたのです。
だんだん親しくなっていったときに、彼にどうしてそんな大金を持っているのかと聞いたところ、全部宝くじで当たったと言ったのです。

もうとっくに忘れていいのに、このときの彼の言葉は今でも私の記憶にはっきり残っています。
彼は本当にニコニコと余裕の笑み(私から見ても金まみれの気持ち悪いいやらしい余裕)で、私にこう言いました。
「宝くじを買えば当たるからね。当たるようになっているんだよ。大きいのはたまにだけど・・

ある程度の額ならいつも当たるよ。今、何人かにお金も貸しているからそこからも入って来るし・・。」
「この年で金貸しねぇ・・」、その時は、お金がたくさんあってうらやましいという気持ちでしたが・・
ところが、その彼のもっと深い正体を見たとき、私は愕然、どころか背筋が寒くなりました。

たまたま彼が、その日お金の持ち持ち合わせがなく、どうしても帰りにお金が必要だというので、私は7千円貸したことがありました。
それから数日たってもなかなか返す感じもないので、私も頭に来て言ったのですが、それでも何日か待たされたのです。
たくさんお金を持っているのに、こういうやつに限って・・・、イライラ状態でした。

やっと、お金を返してもらったのですが、その時の彼の状態が本当の正体、超豹変!
まず、私の顔を見ている間にだんだん目の色が変わり、顔色も血の気を失ったような、顔もこわばった感じで私に向かって言いました。
「仕方ないから、返すよ・・」(何だ、この言葉は!)
このあとの彼は別人になっていました。

千円札7枚を数えます。確かめるようにゆっくり・・、今度はひっくり返してまた数えます。
「えぇ!」、またひっくり返して数えます。だんだん札を数える手が震え、目つきまでが・・
(薄気味悪い、これからどうなるんだぁ~)

数え終わってからも、しばらくお金の感触を味わっているような、自分から離れていくのを惜しんでいるような感じで、まるで人格が・・。(何かして来るのか~。元々俺のお金だ!)
お金を私に手渡すときに何か言ったが、あまりにもすごい人格変貌に圧倒され覚えていない。

ただ、お礼の言葉はなかった、ということは覚えています。
変な話を長くしてしまいましたが、私が言いたいことは潜在意識「成り切る」ということです。
彼は「成り切る」というより、それに支配されているのですが、でもお金を引き寄せるのです。

彼のすべてが印象的で、潜在意識をいろいろな角度から研究する上でこの経験もかなり役立ちました。
しかし、この場合の潜在意識はその人の固定された思いの表現、出口にしか過ぎません。
潜在意識が何かを実現させるということはないのです。

潜在意識にインプットすれば願望が実現する、潜在意識はそんな力はないのです。
自分の強い思いを実現するのは、霊的創造力です。
この霊的創造力を持っているのは、霊界、魂で、要するに神の力による願ったものの実現です。

この神(霊界、魂)の力を実現に呼び寄せる意識が、そのものに込められた意識です。
この創造の力に関しては、今はあまり深いことまで説明するのは控えますが、大事なことです。
私の意識はいつも潜在意識にあって、ここを中心にすべてを眺めています。

自分の願望達成やその他の望みは、潜在意識から無意識に入れるのです。
間違っても、潜在意識にインプットという分かり切っている無駄なことはしません。
もっと確実な実現の方法は、潜在意識からではなく、無意識から霊意識の方へです。

ここまでくれば、もうすべてが安心の状態です。
さらに、無意識を超えて霊意識からすべてを創造するのが、聖者の能力ということです。
聖者といっても、イエス釈迦クラス、そのようなレベの方です。
とにかく、願望実現の無駄な努力はやめましょう。

先につながらない、一時的願望、欲求を満たす祈りは、あとあと自分にその反動が跳ね返って来ますので注意しましょう。
「成り切る」は完全に自分の意思を潜在意識化するということです。
簡単なことではないので、本当に自分にとって大事なことでなければそうは出来ないでしょう。

生命意識に生きる(9)~本当に思った自分になるために・・ 2010/02/18

「人は、本当に思った自分になれるのか・・」、前回の続きになります。
精神世界のサイトを覗いていくと、「自分らしく生きる」という言葉をけっこう目にします。
この言葉は、言うは易しですが、意外に重い言葉に感じる人も多いかもしれません。

この「自分らしく生きる」は、誰にとっても理想的な自分であり、またこの先の人生もそうでありたいと望んでいると思います。
今回は、その「自分らしく生きる」の根本部分に焦点を当てて考えて見たいと思います。
以前、精神世界系のサイトを覗いた時に、疑問を感じた言葉をいくつか思い出しました。

「今のままでいいんだよ、幸せは自分らしく生きることなんですよ。」
「精神世界といっても、何も無理に難しいことまで知らなくてもいいんですよ。」
「自分探しをして行くとちゃんと自分らしさに気づくものです。あるがままでいいんです。」

「あなたの魂は神とつながっているから、それを信じて感謝していればいいんです。」
このような言葉は、確かに間違ったことを言っている訳ではありません。
しかし、深く意識的な分析してみると、この言葉の裏から何を読み取れるでしょうか。

「自分らしく生きる」は、このような言葉で納得出来るくらい単純なものではないはずです。
今並べた言葉で自分らしく生きられる人は、環境的にも意識的理解にも恵まれた人でしょう。
こうなるにも単純さも手伝ってという人もいますが、しかし、大多数はそうではないのです。

「自分らしく生きる」は、別角度から見れば、「本当に思った自分になる」という意識と同じだと考えられます。
私はどんな人も、出来れば「本当に思った自分になる」ことを目指していると思っています。
今、それが出来るかどうか別としても、条件さえ揃えば少しでもそれに近づきたいはずです。

可能なら、簡単に早く自分のものにしたい、その方法があれば、と思う気持ちもわかります。
しかし、これを求めるにも、人には自分でも気づかない複雑な意識が絡んでくるということを知らなければなりません。
完全に、「本当に思った自分になる」を実現出来るかどうかは、この先のことですから誰も知ることは出来ませんが、その前に真剣にそうなることを願っているかどうかから始まります。

そして、その道を進むことは、同時に自己可能性の開拓にもつながって行くことになります。
ここで、「自分らしく生きる」について、先ほど並べた言葉で人にアドバイスや指導している人の意識を分析してみましょう。
人が成長し向上するには、前向きな気持ち、積極、勇気など、まず自分も出来るという思いを持って一歩を踏み出し、そしてその道をしっかり歩いて行くようにしなければなりません。

また、絶えず自分自身の意識向上を目指している人は、他人にも積極的な言葉を使うでしょう。
そのように積極的な言葉を使うことは、自分の今の意識状態からしても自然なことになります。
反対に、それを止めるような言葉を使う人は、自分自身の成長やその努力をあきらめた人です。

または、努力したが失敗した、その壁を乗り越えられなかったという人かもしれません。
自分の意識向上や可能性へのチャレンジは、本当は自分の人生として価値を与えるものです。
それに、どのくらい努力をしたかは知りませんが、失敗とか壁にぶち当たって挫折したとか、それで立ち直れないでこれでもういい、とあきらめてしまうことではないのです。

その挫折した自分を正当化するために、自分が知っている専門的用語を並べて、そんな自分を優位に置いた言い方が、先ほど並べた言葉を使うことなんです。
建設的、積極的、ポジティブ意識で前向きに努力する人は、絶対こんな言葉は言いません。
疑うのではなく、その人から出る言葉の意味をよく考えると、その人の意識が見えて来ます。

「自分らしく生きる」にも、その裏にはかなり重要な意識的意味が含まれているのです。
「自分らしく生きる」、そうなる前には「本当に思った自分になる」ということがどういうことかをよく見つめなければなりません。
そして、「本当に思った自分になる」を目指すことは、「自分を変える」ということの意味もしっかり理解することが絶対必要となるのです。

この「自分を変える」ということが、何よりも大事な基本的要素となるのです。
「自分らしく生きる」も「本当に思った自分になる」も、また「自分を変える」という言葉も全部、深い意識では一つとなってバランスがとれていなければならないのです。

この意味をよく理解しないで、言葉上、勝手な解釈のまま動くから前に進めなくなるのです。
特に重要なのは、「自分を変える」ということです。
「自分を変える」というのも、自分の内的なモヤモヤ感を解消することから始まるのです。

「自分を変える」と言うと、勘違いしてまったく別なことを考える人もいると思います。
全く違う自分になるとか、今の自分をすぐに捨てることを目指すとか、暗示や何かの観念の中に逃避した自分を作るとか、その他では自分不在の不自然なことをすることでもないのです。

もっと冷静に、知性を働かせ、本当の理解を基本に、少しづつ自己意識全体を拡大しながら智恵のある自分を創って行くというのが、本当の「自分を変える」という基本的な意味です。
もちろん、「自分を変える」や「本当に思った自分になる」にも、まずそのためには、知っておかなければならないことはあります。

すぐ何かの方法で、数ヶ月後には何とか「思った自分なる」を目指すというのではありません。
「本当に思った自分になる」には、必要な基本的意識の理解が必要だと思っておくべきです。
1年、3年、5年、・・10年・・20年・・・

当然、自分が目指す理想像によってこの年数は変化して来ます。
こういうと、ほとんどの人は「そんなに待ってられないよ!」と言うでしょう。
「じゃ、簡単に『思った自分になれる』方法を教えてくれるところに行けば・・」ですね。
この先は、このように思わない真剣に自分のことを考えている人に話して行きたいと思います。

「本当に思った自分になる」には、「今の自分を大きく変える」ということが必要不可欠です。
これは直接自分のすべてに関わることですので、真剣に、自分の人生がかかっていると思った方がいいでしょう。
ただし、強引とか無理やり、また焦りの気持ちなどで進めて行くことは意味がありません。

自分のペースで、しかも真剣に・・、何せ自分のすべてがかかっていますから。
頭で理解して出来るなら苦労しませんが、はっきり言いますが「頭でわかる」はありません。
私がいつも言って来た、意識の理解、意識で動く、意識が進化する、結果その意識が自分です。

この意識の向上して行く過程、その段階毎に意識で理解した知恵を潜在意識化して行くのです。
意識、潜在意識、無意識、超意識世界につながって行くには、何をすればいいか分かりますか。
私はどこかのサイトで、また誰かが言っていた、本に書いてあったから、などをそのまま言うことはありません。

また、理論的とか、夢や理想的などを目標にすることでもありません。
すべては実現可能か、必ずそれに近づけて行けることでなくては実行する意味がないのです。
見えない世界(意識の世界)は、始めは誰でも難しいのです。
それを、都合よく得ようとするから躓いたり、騙されたりするのです。

すぐ出来る、すぐ潜在意識が理解出来る方法などがないことは、私はきっちり説明出来ます。
頭で分かることと、意識で分かること、そして潜在意識そのものになっていることの違いです。
これが分かれば、自分自身が大きく変わったと思えるでしょう。

狭い、小さな心や思考で意識を語っても、大して気づくことも成長もないのです。
初歩は仕方ありませんが、興味だけでは何の意識成長も自己変革にもならないのです。
精神世界の知識をたくさん持っている人であっても、知識だけではどうにもならないのです。

見えない世界、気づき、ひらめき、インスピレーションを得るには、意識を動かすことです。
知識を生かすためには、知識を自由な方向に意識で延長させることで何かを掴めるのです。
私が言いたいのは、決め付け、固定、限定からまず意識を自由に解放出来るようになって欲しいということです。

私たちは、この先まだまだ生きていかなければならないのです。
大げさに言えば、一世一代の大仕事、自分という存在の大きさを知る大仕事、人生がかかった大仕事、だから、「本当に思った自分になる」の意味も価値も大きいのです。
自分のために、しっかりやる人間と何もしない人間では、いずれ必ず大きな違いが出るのです。

これも残念なことですが、ほとんど人は意識の理解ということがどのように自分や人に影響を及ぼすかということも、本当は何も知らないといった方がいいかも知れません。
すべてに関わっている、いろいろなマイナスを減らして行ける力が、本当の意識の理解だと思ってもいいかも知れません。

これからこの「生命意識に生きる」に書くことは、今回述べた意識の理解になると思います。
その目的は、「本当に思った自分になる」ですので、参考に出来る人は活用してください。
難しいと感じるところもあるかもしれませんが、それは徐徐に理解して行ければと思います。

「本当に思った自分になる」の理解ですから、内容は本物、本質、真理方向で、あいまいや暗示、一時的といったものはありません。
ポジティブ思考というものもありますが、このようなものは当たり前ではないでしょうか。
ですから、本当の理解を横において、ポジティブ思考で何とかは絶対やめましょう。

自己欺瞞術、自己逃避術、幸福観念術に引っかからないように、しっかりとした自分創りです。


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コメント

いつも学びになる記事をありがとうございます。 (沙歩)
2010-02-20 11:56:59
いつも学びになる記事をありがとうございます。
そのままの自分でいいんだよ…などの“同情”は、意識向上の学びには不要ですね。これは相手や今の自分自身を肯定しているようでいて、実はネガティブを増長し、ネガティブに迎合し、ネガティブの痛み分けをしている欺瞞のように感じます。
先生が言われるように、自己欺瞞術、自己逃避術、幸福観念術ですね…。
自分自身を“上手い方法”で、“上手い自分”に変化させたいという欺瞞に気づいかない限り、本来ある力は要らぬ方向へ流れ続けて、迷子のまま、流浪のまま、なのだろうと思います。
『すべてに関わっている、いろいろなマイナスを減らして行ける力が、本当の意識の理解だと思ってもいいかも知れません。』
先生が言われるように、ここから…一歩、一歩の確実な歩みが、結果、ものを言う日が来るのだと、そうあらためて痛感いたしました。
ありがとうございます(^^)/

沙歩さん、ありがとうございます。 (F・H・S)
2010-02-20 21:40:58
沙歩さん、ありがとうございます。
今私は初めてシュタイナーの本を読み始めています。
いつか、クリシュナとシュタイナーの意識の共通点を説明出来ればと思っています。
そうすれば、意識の本質というものがはっきりと理解出来るはずです。
この2人の本から意識を説明すれば、それだけでも納得だと思うのですが・・。
時間がかかりますので、まだ先の話です。

生命意識に生きる(8)~人は、本当に思った自分になれるのか・・ 2010/02/11

「本当に思った自分になる」、これは可能かどうか。
もちろんその実現にも、人によって望む理想像はまちまちだと思います。
でも本当のところ、どんな人もこの「本当に思った自分になる」ことを意識して生きているのではないでしょうか。
しかし、ほとんどの人は、残念ながらその方法やそのための基本的知識を知らないため、窮屈な服を脱ぎ捨てることも出来ないまま生きているように感じます。

人は、何かに挑戦しようとするとき、その前に一度は自分が成功した姿を空想するでしょう。
その空想と現実としての今の自分、そのギャップで今度は心地いい空想とは一転して、むなしいどうにもならない思いを自分にぶつけてしまうのです。
ここで十分なお金が、何でも出来る能力があったら、生まれつき才能があったら・・、と。

中には、「何かいい願望実現法が・・、超能力的なものは無いか・・」ここまでは?・・
その求めるものは違っても、一度はこのような気持ちになった人もいると思います。
「本当に思った自分になる」にはどうしたらいいかを順を追って話していくと、相当な量になります。

相当な量というのは、方法論ではなく、それだけで意識の勉強になる量ということです。
要するに人間意識の全体的知恵を知ってしまえば、同時にそれはほとんどのものに通用する土台と大きな自信がついたということにもなります。
反対に別な角度から厳しく迫っていけば「本当に思った自分になる」ことが出来ないのは、自分を自由にさせない何かがあるということです。

または、それは何かに縛られている支配されているとも言えます。
そのような自分の自由な考え行動を邪魔するマイナス要因を野放しにして、自分は変わらない、これが自分だとあきらめることは寂しいことです。
その他にも、自分のマイナス点が当然だと思わされていることが、まだあります。

自分の性格だからとか、これが自分の癖だからとか、自然にそうしてしまう自分だからとか、私は生まれつき・・なの、それ以上に困ったものは自分は頑固だからというものです。
自分がそう言えば、みんな納得してくれるとか許してくれるとでも思っているのでしょうか。

それは、自分勝手な考えでしかなく、そんなネガティブは早く変える努力をするべきなんです。
変えられない原因はまだあります。
それは、人は自分と誰か、自分と他の何かとの比較でいつもその幻と闘っているからです。

本当は、自分だけを見つめ何とか変わるための知恵をつけ、その実現に向けて訓練していかなければならないのに、他人がどうのこうのでは何も変わらないのです。
頭の使い方、焦点の当て方を誤れば、むなしく時間だけが過ぎていくだけです。
また「本当に思った自分になる」には、誰かの成功法則を真似るだけではどうにもなりません。

それは、その人自身の成功した方法ですので、自分にそのまま当てはまるということはほとんどないのです。
各個人にある個性の違い、能力の差、環境条件の差などは、それは単なる因果法則による輪廻転生の各人生における自己表現の手段となって、その個人に現れているのです。

細かく分析して自分に当てはめて見れば、自分が誰かに合わせてやって行こうとするくらいつらいことはないはずです。
ただし、人の成功や失敗などの話は、とても参考になるのは間違いないことです。
最初だけや慣れない間は、参考にするくらいはいいでしょうが、結局個性が違うのです。

だれかのコピーでもいいというならそれでもいいのですが。
早く、自分にあった方法を見つけ、自分創りの道を通していくといいでしょう。
結局「ここで十分なお金が、何でも出来る能力が、生まれつきの才能が・・」、これが一時的に満たされたとしても、それで全面的に本当に思った自分になったということではないのです。

「本当に思った自分になる」には、目先の失敗に捉われていても仕方ないのです。
もっと、もっと、「やれる」「出来る」に強く集中して自分を動かさなければなりません。
本当に良く考えてみれば、物事がうまく行かない原因というのも、今言ったことを参考に考えて行けば自分に当てはまることがたくさん発見出来ると思います。

物事の仕組みでも、何かを作られていく仕組みでも、人間意識でも、要するに大きなビルが建っていく順番と基本的には同じことなんです。
しっかり基礎から、効率を考え順序よくきっちりと進めて行けばいいのです。
自分の意識創りも、このビル建設と同じようにやって行くだけです。
何でもそうですが、知らないもの、出来ないことにはそれなりの努力をして慣れて行くしかありません。

そうして、理解し納得したことを土台にして次に向かって行くのです。
自分の欠点、ネガティブを覆い隠すやり方は、早い完成だけに気をとられ建築中のビルに窓ガラスをどんどん取り付けていくようなもので、結局後々大問題発生、これは馬鹿げたことです。
では、ここで素質とか才能というものを考えて見ましょう。

幼少の頃から、驚くくらいの才能を発揮する子供もいます。
こういった子供の意識は一体どうなっているのでしょうか、何かの特異があるのでしょうか。
すべては偶然で成るものはないのですから、そこには意識の法則があるのではないでしょうか。

それを仕組んだのは、神ではなく、その本人の強い目標意識です。
本人の強い目標意識は前世からの意識の引継ぎです。
天才的な人のことを取り上げて分析しても、その意識に何かが無ければ偶然になります。
何故、そのようなことが言えるか、それを私自身の意識研究から話してみたいと思います。

このことはあくまで私の意識研究と分析の結果ですので、それは無理にあなたに押し付ける気持ちはありません。
これは、私自身の意識研究と一流と言われる人の意識分析で、確信していることです。
私が自分の人生すべてをかけて研究して来たことは人間意識と霊的意識(真理探究)です。

人間意識と言っても、心理学は勉強したことも、また興味を持ったことも一度もありません。
人間意識の研究は全部独学です。
独学と言っても、私が目指した人間意識解明の詳しいものは、この世界には無かったので自分でやるしかなかったということです。

私は、まず精神世界的なことに興味を持ち、それから真理の探究に強く気持ちが向きました。
そのまま、幸運にも回り道もしないで真っ直ぐ進んで来れました。
この勉強を始めて、本当に早いうちに潜在意識というものにかなり集中した研究を始めていたのです。

この勉強をする前は、精神世界や潜在意識といったことは知らなかったというのも事実です。
この意識の勉強探究をしている間は大変努力もしましたが、意識の広がりが読めたり、推測することはかなり無理なく出来ていました。
もちろん、そのおかげて、気づき、ひらめき、インスピレーションもたくさん受けています。

では、どうして自分が思った通りの道を、横道にも逸れずに真っ直ぐ来れたのか、となります。
この分析が、先ほどの「それを仕組んだのは、神ではなく、その本人の強い目標意識」の説明につながるのです。
私は、何度も書いていますが、子供の頃から現在もですが、不思議霊的体験をしています。

その数、種類は本当に多いので、過去の体験は忘れてしまうくらいです。
この世界に生きながら、別な世界の意識にも触れながら2つの意識世界で生きて来たという感じがするくらいです。
このブログにはまだ書いていませんが、今の霊的体験はかなりすごいことになっています。

このような体験からも、私は人間の深い意識構造というものにも全く普通に慣れていたのです。
当然人の全意識に関することは、今考えても何の抵抗もなく無意識に納得していたとなります。
子供の頃からの不思議体験も、前世的に努力していたことの延長だと思っています。

私はこの勉強に入る前は、ただ不思議体験はしていたというだけで、特にこのような世界の勉強をしていたわけではないのです。
しかし、真理に気づいたときから、すべてを横に置いて完全真理理解の道を歩いて来たのです。
すぐに理解出来るものは無かったのですが、霊的な内容は私が何よりも心の底から求めていたというのはすぐに気づきました。

そうやって、自分の意識したもの、すなわち意識化したものを土台に、次の知らないことをどんどん自分のものにするために努力訓練して来たのです。
形も見ることも出来ない潜在意識以上の世界でも、無意識には何となく知っているという感じでしたから、自分一人でもどんどん探究して行けたのです。
子供の頃から才能を発揮する天才的少年少女は、物事を感覚的に進めて行くのが早いのです。

子供自身がどうして分かるかは気づかなくても、それについては無意識的に知っているのです。
それは、前世において、何かに強い反応をしたかそのようなことに関連する訓練をしていたからなんです。
私自身は、自分の前世からいうと、やはり真理に向かってかなりの修行をしていたということは自分でも気づいています。

いろいろな霊的体験からも、それに関連する証拠はたくさん持っています。
だからといって、私は子供のころからすごい能力を発揮していたということはありません。
どちらかというと、私は30才手前までは生きながら眠っていたという意識です。

こんな眠り意識の人間が、スタート点を0度とすると現在は350度近くまで意識を変えて来たのです。(あくまで自己目標に対する自己判定です)
朝、目が覚めたら自分の意識が大きく変わっていたというのではないのです。
すべて、一から理解納得で実践的訓練で変えて来たのです。
その内容が意識の仕組み、意識の通る道、自己変革の知恵ということです。

人間意識は見えない、どこかで線を引いて区別することも出来ませんが、意識構造とか意識の通る順序の道というのを理解すれば、それはいろいろな方面で役立てられるのです。
人が「自分が思った自分になる」ということを目指すには、まず自分の意識を知り、それから次に何をするかを知ることから始まります。

自分を変えるために、いろいろな方法を試したり無理に何かで自分を動かそうとすることは全く必要も無いというより、そんな方法はやめたほうがいいのです。
まずは冷静に自分の意識を知るということからです。
私から見てもすぐに変わるのは無理だということを、強引に何とかしよう、早く欲しいと焦るからうまくいかないのです。

「自分が思った自分になる」という思いの裏にある意識は、一体どんなものでしょうか。
今の自分と比較したとき、人はそこに大きなギャップを感じ、それを埋めるための努力の大きさにプレッシャーを感じるあまり落ち込んだり、やる気をなくしたりします。

そして、そのあとはほとんど何もしないで、ただ時間だけが過ぎて行ってしまうのです。
何もしない、それはやり方が分からない、だけでなく、ほとんどの人が人間意識の仕組みを知らないからだと私は思っています。
「自分が思った自分になる」ためには、まず自由に動かせる意識というものが、何であるかを知らなければなりません。

そのつまづきとなるものは、自分の欠点、ネガティブ性などのマイナス部分です。
これを野放しにして、「自分が思った自分になる」を目指すのは、間違いなくかなりのエネルギーを消耗し、また果たしてどこまでやれるかです。
「自分が思った自分になる」というのは、簡単なことではないのです。
それには時間やある程度の訓練が必要なんです。

でも、すべてを理解して進めて行けば、かなり早く変化して行く自分を実感出来るはずです。
「自分が思った自分になる」、その前にはしっかりした自分が創られていなければなりません。
自分のどこがいけないのか、何が気に入らないのか、自分でありながら何で自分のマイナス性に支配された人生を生きて行かなければならないのか。

とにかく、自分が良くなった、変わったという喜びを実感するとこまで行くことです。
その喜びが、もっともっと自分を成長させる力になって行くものなんです。