スピリチュアル25年間の検証

スピリチュアル25年間の検証(8)・・霊界まで続く意識は自分という一つの意識 2008/04/23 

霊界の意識は、あまりにもこの世の意識とかけ離れています。
この話をこのまま続けて行くと、訳がわからなくなり意識が分散して来ると思いますので、このテーマは今回が最後にしたいと思います。 
霊界の意識の説明の前にもっと詳しく、無意識に意識的に触れることの説明が大事です。

しかし、またその前に潜在意識の理解ですね。
潜在意識についてはうんざりするくらい、たくさんの人がいろいろなことを言っています。
まるで潜在意識が大変な能力を持っているようなことばかり言われていますが、はたしてです。

あなたがいい意識に少しでも近づきやすくなるように大事なことを書いて見たいと思います。
今回は特に、この文に私の神秘振動を込めて書いて行きたいと思います。 
感じてください!
霊界の意識というものを、誰もこういうものだと言い切ることは出来ません。

でも何らかの言葉で表現するとなれば、その世界、意識は最高の満足と言うでしょう。
もちろん、満足なんていう言葉やその感じもないのですが、でもこの世と比較すると、そう言わざるを得ない、またそれを超えたものになります。
当然です、意識が違うのですから。

この世では、楽しさや喜びの状態は、幸せでありとても満たされた状態です。
でも、霊界は楽しさとか喜びなどという人間的な感情はないよ、と言うとどう思うでしょうか。
ほとんどの人にとって、大事な人間感情の喜びとか楽しさが無いという世界などには、絶対行きたくないと思うでしょう。

その感情が無いということ自体、ネガティブな寂しい世界と思う人がほとんどでしょう。
私たちは、喜びや幸せという感じ以上の完全に満たされた意識があるなど、誰も一度だって考えたことはないかもしれません。  
もちろん、この世に生きている以上、そんなことも考える必要はありませんが。

しかし、意識レベルを高めたいと考えている人には、とても大事なことなんです。
今回も、知らないよりは知っておいたほうがいい、というような話です。
本来、本能以外の感情というものは、人間が長い輪廻転生の間に創りあげて来たものです。

霊界にはない感情、霊界に入るために必要な人間感情からの解脱こそが意識の修行なんです。
最高レベルの霊的修行は、難行苦行ではなく人間感情からの解脱です。
「最高レベルの霊的修行が、こんなことなの?」と思う人は、やってみるといいでしょう。

普通、誰もが知っている人間感情などは、最高レベルの修行者達はすでに超えているのです。
では、人が知らない人間にある感情とはどういうものでしょうか。
それは、ネガティブを超えた人が始めて解る次なる霊的段階に上がるためのネガティブ克服です。

そのネガティブとは、人がネガティブを克服してポジティブになった、そのポジティブです。
そういうことなんです。
ポジティブだって、霊界から見ればまだネガティブの部類なんです。
でも、この世では超ポジティブであれば、それは最高なんですけど。

上の意識を目指す者は、真の般若心経の隠れた意識を自分のものにしなければならないのです。
あなたはこんなことまでしなくてもいいのですが、せめて超ポジティブ意識を目指してください。
私もこれからいろいろなことを証明して行きたいと考えています。

私はいつも同じくらいの文量で簡単に大雑把に書いています。
解りやすく説明したいのですが、詳しく説明することは意識的にもすごくきついことなんです。
ただ言いたいこと私が進めたい意識の勉強は、自分の感情制御、自己コントロールが基本です。

当然、ネガティブ意識の分析、理解、制御という勉強になって行くでしょう。
何だかんだ言っても、一番いい勉強ほうは、自分のネガティブを相手に克服することなんです。
私は心理学や自分を変えるテクニック的なことは、始めから一切やって来なかったんです。

自分のネガティブをいかに深くまで掘り下げ引き出して、それを徹底的に克服して来たのです。
そのためだけに、いろいろな勉強をして来たんです。
結果、人の心、意識の構造、反応は、ほとんど不自由なく知り尽くすことが出来たのです。

霊界に入るため(輪廻転生のストップ)には、自分のネガティブがあること自体問題外です。
ネガティブを制御していくことは、それは自動的にポジティブ意識の強化につながります。
しかし、ポジティブの強化ばかりしても、仮にうっとりとした恍惚状態になったとしても、ネガティブが潜在意識に残っている以上、いつかそのネガティブに足元をすくわれます。

意識の向上を目指す勉強は、この世の中にあるものだけで比較していくか、それとも、霊界の意識まで考えて全体的に見ていくか、どちらにしても意識の段階がそうさせるのです。
自分のネガティブ、感情制御、これに焦点を合わせてがんばってみてください。
やっているうちに、きっと、何かすばらしいことに気づけると思います。

本当に大事ないろいろな話はありますが、もしほとんどの人が気づかない深い神秘的なことを全部私が話すとすれば、その内容で大きな気づきを得る人もいれば、逆に恐怖に感じてしまう人もいるでしょう。
やはり、本当のことを話すにもしっかり受け止める意識の段階が必要となるんです。

本当のことだから、何でも全部話せば役に立つということでもないのです。
霊界意識の前に無意識の感じに触れていなければなりません。
ほとんどの人は、潜在意識にあるこの世の限界意識(観念)というものに気づいていません。
たとえば地球から見える一番遠い星を150億光年以上先にあるとします。

そう考えると、意識で捉えられない時間的距離は、確かに宇宙を無限的に感じてしまうでしょう。
瞑想のときに、この無限永遠な感じを「無」に置き換えて集中している人もいるかもしれません。
しかし、これが自分の潜在意識を限定で縛っているということに気づいてはいないでしょう。

こんな程度の無限永遠は、超大宇宙の一部に過ぎないのです。
もちろん意識的大宇宙の面でも。
私たちが無限永遠を意識的に見つめる時は、地上的大小の観念も捨てなくてはならないのです。
話は変わりますが、この世の人間感情に関することで、私は2年前不思議な体験をしました。

そんなに大したことではないのですが、また睡眠中に私の意識が体験したことです。
宇宙のどこかは解りませんが、私は(意識としての自分)は宇宙にいました。
そこで、どこからかこれも解りませんが私に声(言葉)が来ました。
「この宇宙の中で、生物はお前一人だ!」

私は、はじめは何のことかはっきり解らなかったのですが、そこで考えていました。
「この全宇宙で、人間も動物も虫もいない・・・。
この宇宙の中で生きているのは自分一人?」
さすがに植物のことまで考えませんでしたが、この無限的に広い宇宙で生きているのは自分だけ。

考えているうち、とても複雑な感情に混乱しどうしていいか、わけが解らなくなっていました。
そこで、自分に戻りました(目が覚めました)。
その後長い間何とも言えない、今まで一度も味わったことのない感情に戸惑っていました。

これについては、何を基準に考えていいか、どうにもならない宙ぶらりん状態だったのです。
何を言いたいのか、何を私に教えようとしているのか、ということばかり考えていました。
あなたもいきなり、宇宙の中でこう言われたらどういうような思いになるでしょうか。

大したことでもないので考えることでもないと思いますが、でも不思議な感じになりますよ。
私はこのことで、無意識という世界に意識的に近づくことが出来るようになったのです。
無意識の世界、そこは意識的に振動的エネルギーに触れられる世界です。

そのエネルギーは、けっしてみんなが言うこの世の波動的感じではないのです。
潜在意識から無意識へその意識の違いを感じると、無意識ではこれも意識的にですが、軽く透明純粋的で何とも表現しにくい力強いエネルギーに変わっていくのが感じられます。
これも伝えにくいことですが、この意識的感じも至福の喜びとしかいいようがないです。

私の魂かそれとも聖者か。
本当にたくさんの、普通じゃない、いろいろな不思議神秘な体験を私にさせてくれます。

スピリチュアル25年間の検証(7)・・霊界意識に近づくための意識的集中訓練2008/04/10

本当の神を知らない人間に、神になった気で考えてみてとか、霊界にも入ったこともない人に、霊界の意識を考えてみたら、というのは当然無理な要求です。
だからと言って、霊界を自分には全く関係ない手の届かない遠いものと思い込むのもどうかです。
神との一体化というのはともかく、出来るかぎりその完全性に近づく努力はしたいものです。

細かい説明は必要ですが、私がいつも行なって来た霊界方向との同調方法を書いてみます。
瞑想において、サハスラーラの中に入ります。
そこは、私だけの超ポジティブ大空間です。
そこで、私は意識を使って自分の魂に向けて集中します。

その魂の方向は、上下左右前後のどこかの方向ではなく、思いの集中をするんです。
自分の魂といっても、名前、形、色、感じなど何も無い、何も無いものが自分の魂です。
魂、神、霊界、そのようなものをイメージしたり、方向を決めたりするのは、3次元的です。

また、そのようなイメージをすること自体、自分自身を意識していることでもあるのです。
イメージをするのは、瞑想の前段階、真の集中をする前に済ませておきます。
それは、自分の方向的印象を無意識に入れるためにやっておくことです。
本当の集中の仕方を知ることも必要でしょう。

潜在意識から無意識へ、何のイメージもなく無意識に入れた印象を背後において集中します。
これも一つの訓練です。
霊界方向に向け、その場との回路を無意識の中に創造するためのものです。
あとは、必要な時に自分の求めたことが実現するように祈るだけです。

祈りとは、何かの願望や感謝の言葉を意識のなかで唱えることではありません。
そのような祈りの言葉もありますが、もっと深く考えると祈りは魂と同調するためのものです。
見えない魂、霊界との同調に持っていくための言葉は、私は使いません。
私は祈りの言葉に含まれている振動を知って、その振動を意識的に高めて行くのです。

高めるというのは、振動を大きくするということではなく、純粋にして行くということです。
その振動に近いのは、あなたの純粋な思いから出るものでもいいのです。
このような意識状態を創るためにも、その振動に近づくためにも、ポジティブ意識の振動とか、霊界の意識とかいうものを知っていなければならないのです。

何でもスムーズに持って行くためには、知っておいた方がいいことはたくさんあるのです。
すべてに順序があり段階があるのです。
ポジティブ的な波動振動に早く慣れることは、すべての近道なのです。
簡単に天使とかハイヤーセルフにつながる、そう思えばつながるなんていうことはないのです。

すべてが霊的法則です。
それを知ってそれに同調した方法が一番早く近づけるのです。
霊界意識も知らないよりは、思いだけでも知っておいた方が訓練としてもいいのです。
それもただ思うのではなく、瞑想の中でそれをイメージして集中する訓練をするのです。

あなたがもし霊界意識に集中するなら、それもあなた自身の最高レベルの意識集中なら、それは、少しはその高い霊的振動意識に近づいていることになるんです。
その前には、当然ポジティブ意識とは何か、その意識も知っておかなければなりません。

こう話しているだけで、この説明に含まれる波動も高級になっているはずです。
霊界意識は、この世でいうネガティブはありません。
もちろん、ポジティブもありません。
それは、その霊界の意識で「一なる意識」です。
それがどんなものであるかなど考えるのではなく、あなたが理想とする意識です。

その理想的意識や世界は何でもいいのです。
どうせ、どんな理想であっても霊界から見れば最低なんですから。
当然です。ここは3次元ですから、、霊界の映しですから。
映されているものは、映しているもの、真なるものを超えることはできないのです。

たくさんの霊界に近い意識を知って、その感じに集中する訓練をして行きましょう。
それが一番いい方法で、無意識のうちに霊界意識を潜在意識に入れる方法です。
真理の最高の言葉を瞑想して、その波動を自分の潜在意識に入れましょう。
ずっとそれを継続することによって、自分の潜在意識が調整してくれるのです。

このようにすれば、、すぐ何かを得られるという風には考えないでください。
何でもすぐそのようなことを言う人がいれば、注意した方がいいでしょう。
誰でもすぐ何かを得たいと思っていますが、内容をよく考えてみれば解るはずです。
自分の魂、神をダマすことが出来ますか。テクニックで魂が「OK]すると思いますか。

あなたの熱意、真実性を試されるのです。
私はこれ以外の方法ではやって来ませんでしたから、すべて本物を与えてもらいました。
心、意識を徹底的に拡大して行くんです。
あなたは、宇宙全体3次元を、意識的に自分の親指と人差指ではさんで見るようにするんです。

その指の間にある大宇宙のホンの見えない一点がこの地球で、その中に自分たちがいるんです。
その指で挟んだ3次元を見ている自分が霊的自分と思えればいいでしょう。
この見える形の大きさを、意識的レベルの大きさに変えればいいのです。
その違いが霊的智恵の段階で、これも瞑想してみれば解りやすいでしょう。

霊界をどこかの方向に見るのはやめましょう。
今、あなたが深く思う内側に収縮する感じで次のことを意識に浮かべて行きましょう。
あなたは出来る限りの絶対完全を何ものとも比較しないで、ただ意識して行きます。

気を失いかけるかもしれません。
どうしてそうなるのでしょうか。
高い意識振動に触れると、それに慣れていない意識はその強さ(純粋)に勝てないのです。
すぐ出来ると思わないでください。 
慣れるまでやっていくのです。

前進は慣れることにもあるのです。
この方法は、自分の潜在意識回路を開く訓練にもなります。
高級世界についての理想中の理想、真理への集中、完全意識としての自分、魂との一体化、何でも自分の想像の限界を超える神を自分の意識に創り上げるのです。

あなたがこうして創った最高イメージも、霊界意識から見れば最低なんです。
じゃこんなことは何の意味もないのではないか、と思うかもしれませんね。
物的、目先のことだけを見つめるように訓練された人の心は、潜在意識、無意識の中に意識のシナプスを伸ばすことを考えないのです。
こうしていくことで、あなたの無意識は高い振動に触れて行くのです。

スピリチュアル25年間の検証(6)・・霊界意識の理解は、意識を一気に向上させる 2008/03/27

もし、霊界(4次元界)というところを詳しく説明出来たらどんなにすばらしいでしょうか。
誰でもいいのですが、もし人に霊界を理解させることが出来るとすれば・・・
本当にこれが出来れば、霊界を知った人は間違いなく今の自分の意識を一変させるでしょう。

しかし、イエスや釈迦でさえも、この世で霊界を見せるということはしていません。
当然です。 次元が違うのですから。
では、どうしたら、せめて霊界の入り口(霊的意識の外側)まで近づいて行けるのでしょうか。

また、その場が霊界か死後の世界かをどのように判断したらいいのでしょうか。
厳密に言えば、死後の世界は霊界ではないのですから、その意識的顕現(振動)も違うのです。
本やサイトでも、死後の世界の話や霊界の話などはたくさんあります。
しかし、霊界というものを漠然とでも、また意識できるきっかけだけでもいいですけど、霊界の意識を感じとして印象付けてくれるものがあるでしょうか。

霊界を知ったり、その一端でも意識で触れることが出来れば、どんな人でも変わるはずです。
このような話を説明するのは、大変難しい意識的に苦痛を伴うものです。
また、読む側も訳が分らなくなる可能性もあります。
しかし、そうであっても、霊界の意識を漠然と抱けるだけでも今後の勉強に大きな差が出ます。

私もうまく整理して話すことは出来ませんが、しかしどんな迷走する文であっても、お互いに苦痛を伴っても、これはとても重要なことだと思っています。
これまで何度も言ってきましたが、私は人がビックリするくらいの不思議体験をして来ました。
それはさまざまな種類、数ですが、そのレベルも変化しています。

それは今後も続きます。
私の不思議体験は小学3年から始まっています。
私はずっとこの世の意識と別な意識を体験しながら、この2つの意識の中で生きて来ました。
これまでの長い間にいろいろ気づいたことがたくさんあるのです。

ここで一番大きなポイントとなることを先に言っておきます。
不思議(神秘)体験は、意識レベルが上がることによって、さらに高度な不思議(神秘)を体験するようになって行くということです。
そして、このような不思議(神秘)体験は、いままでそのような体験をしたことがない人も、意識の向上やその集中訓練によって可能になるということです。

もし、このような不思議(神秘)体験が決まった人だけに限定して起こるとなれば、それは、霊的法則に反することになリ、意識の道の秩序が無いということになります。
過去、世界中の霊的求道者が行なって来たことは、この道なのです。
現代に生きる私たちは、過去の求道者がやって来たことを意識でそれも早く進められるのです。

何故早く進めることが出来るのでしょうか。
それが、霊界意識を知ることで可能になって行くということなんです。
霊界意識というものを、始めは漠然とでもいいから意識して行ったほうがいいのです。
霊界意識と言っても、真のその場の意識を、本当は説明など出来ることではありません。

意識についてもいろいろ角度を変えた説明が必要なように、それは霊界意識にも当てはまります。
すべて私の不思議(神秘)体験とここまで進めて来られた霊的推測の結果という内容です。
解る解らないということは今は関係なく、自分の見えない意識回路を霊的世界とつなげるのです。

私はいつも順序、秩序の道を動くのであって、「すぐに簡単に」は絶対考えないのです。
この精神世界に関して、一部の人は自分を天才だと思っています。
何故なら、「すぐに、簡単に」を探し、すぐに受け入れるのですから。
その点、私は自分が天才ではないことをしっかり自覚しているのです。

「誰でも簡単に」、そのどこに本質的魅力があるのでしょうか。
あなたは、最短距離を歩いてください。
現代は、自分が自由にできる時間が足りないのです。
意識レベルを上げるには、人には理解出来ない潜在意識の調整が継続的に働いているのです。

今回は、霊界意識を知ることが何故必要なのかを説明します。
霊界がどういうところか、霊界の意識はどういうものか、そして、それは私たちの世界、すべてにどのように関連しているのか・・
その感じが解れば、誰でも意識成長が早くなると私は思っています。
何故でしょうか。

目標設定、可能的理想が自分の意識の方向性として、内的により確信に変わって来るからです。
それによって、私たちは霊界意識側からこの世界、人間、人生を見ることが出来るのです。
そうすると、言葉の意味の理解にも変化が表れて来ます。

言葉の意味とは、この世で通じる意味とか、霊界での意味ということです。
霊界にはこの世で通じる、この世と同じ意味としての言葉というものはありませんが、霊界の言葉の意味とは、私たちが理解する上でより真理に近いという意味です。
霊界に近い真理の言葉を、この世でしか通じない意味で理解しようとすること自体無理なんです。

そのためにも、その中間を媒介するという意味でも、潜在意識の理解は不可欠なのです。
今言っていることは、思考的に理解する方法に焦点を当てています。
これを意識的に理解、体験するには、潜在意識から無意識の世界に入らなければなりません。

この理解がないままで、この悟りの上でなるものを、どうしてテクニックで出来るでしょうか。
テクニックで出来るというのは、それを熟知、意識化している、解りやすく言えばコツですか。
コツ!そのもの自体人に教えることも伝えることも出来ません。

これも意識の中のものですからね。 潜在意識化、イコールその人(自分)自身です。
少し解ってきたでしょうか。
今説明していることは意識そのもの、その中のことを話しています。
潜在意識から無意識に入るには、この世の時間ということを理解し意識で離れるしかないのです。

その基本となる場は潜在意識です。
潜在意識において、その方向に意識を向けてこの世の時間から離れて行くのです。
自分のこの世的意識(観念)を失わせて行くのです。
私たちがどんな意識の世界に進み入るにも、そこは「無」の世界ではないのです。

「無」なんてないのです。
もちろん、長いトランス状態になるということも考えられませんし、私は一度もありません。
私たちは、どこにいても神の世界、神の中にいるのです。
神の世界しかないのに、どうして「無」の世界があるのでしょうか。

瞑想による「無」の世界、この言葉の影響が強いのかも知れませんが、二度と「無」というものを目指したり、考えたりしないことです。
すべて、自分の意識の延長上、霊界との間の意識のどこかに自分がいるのです。
どこにいても、自分の意識の変化が自覚出来るくらいになることが出来るのです。

もちろん、それには訓練が必要ですが、それは意識の勉強の中に入っているのです。
自分の意識が違う何かになること自体不思議です。
当然、その道にはネガティブ意識などあってはならないということです。
神の方向に向かうのですから、ネガティブがあれば反発されます。

テクニックがどうのこうの考えている人は、自分のネガティブ外しが優先、必要条件です。
これから本当のことを知っていく、真理を感じて行くあなたを、この世は必要なんです。
もう一度、霊界の意識に触れる前に、ポジティブネガティブの区別を完全にしておきましょう。

深く理解していない人が、適当なことをいう時代です。
私の言うことも鵜呑みにしないで、検証研究するくらいの姿勢が大事なことです。
冷静、客観、理性的、に物事を捉えないと、一からつまづいて進むと結果は決まっています。

深い意識で見ることが出来れば、この世の観念を根こそぎひっくり返すことも可能なんです。
意識、不思議、神秘は楽しいものです。 
ただし、理解して行ければですが。
この世で一番恐いのは、やはり人間ですね。

恐い人間を創るのは、人間の無智の部分がそうさせるのです。
それに気づけば、みんないい人ばかりだと思うのですが。
人類の平和なんて、ちょっとしたことですぐ実現するんですよね。
そのちょっとしてことがネガティブとして、強力な暗示をかけて人間を縛っているんです。

知っていますか、ハッピーハッピーもいいけど、また気づきにフタをしていることを。

スピリチュアル25年間の検証(5)・・霊的推測があなたを神の世界に導く 2008/03/13

今回の話は少し難しいかも知れませんが、いずれ役に立つと思って書いてみます。
自分の意識を上げるためにも、知らないよりは知っていた方がいいというものです。
瞑想でも、また願望実現的なことでも、それは潜在意識に集中しているときに来ることですが、気づき、ヒラメキ、インスピレーション、不思議体験などを得る方法です。

得る方法というより、それに近づける訓練とか集中方法といったことになります。
私自身が、始めの頃からずっと今まで、そして今も使っている方法です。
自分の意識レベルを上げて行くには、その時々の目標をクリアしていくことが必要です。

それがあって始めて次の段階を目指すことができます。
この意識の勉強で苦しいと感じるのは、自分の知りたいことが来ない、得られないときです。
これは誰もが同じで、みんな体験していることだと思います。
本に書いてあることや誰かが言っていることが、そのまま自分の悟りとなることはありません。

それは何らかの意識的理解納得体験で、満足行くくらいの喜びがついて来なければなりません。
その気になることでも、違う観念として受け入れることでも、イメージの中に入ることでもなく、それは、自分の求めていたことやそれ以上のことが、はっきり解って自分のものになることです。

またここで、自分の思い込みによる新観念の創造とか、曖昧につかまってしまう人も多いのです。
私はこの勉強を始めた頃からやっていましたが、その基本的な方法はあなたもしていることです。
どんなことでも何か分らないことにぶつかった時は、いろいろと推理したり推測したりします。

哲学、宗教、精神世界などは、特にこの力を忍耐強く使いこなせるかで理解度も違って来ます。
私の探求している分野は意識全体の把握ですが、もちろんそれは精神世界とも関わっています。
どちらにしてもこういう勉強は、誰でも必ず壁にぶつかるのは間違いないことです。

壁にぶつかったことがないという人は、努力していない人です。あなたもそう思うはずです。
私自身は、最初から壁にぶつかった状態から始めていました。
精神世界も何も知らない人間が、たとえばです、いきなり「般若心経」のような解説書を完全理解しようとしていたんですから。

もちろん最初の頃の勉強は「般若心経」ではありませんが、それでもやり通して来たんです。
では、どうしてやって来れたかです。 
潜在意識から意識段階を上げて行く方法ですが、そんな方法はどこにも書いていません。

もちろん、ある程度勉強が進んでからの話になりますが。
その方法は、霊的推測を使って瞑想を通して意識で動いて行くことです。
これを知って瞑想などで生かして行けば、さらに意識というものがよく解って行くでしょう。
気づき、インスピレーションは、瞑想をしてじっと待っていても中々来るものではないのです。

じっと「待つ」のは、瞑想の中を意識で動いて、ある意識的地点に留まったときなんです。
それが瞑想でいう「無」で、「無意識的待ち」の時なんです。
まず、瞑想の中では、自分の目指した意識の場の方向に意識で動くのです。
私の教える瞑想はいずれこの段階に入って行くのですが、それまでは雑念の支配が必要です。

それが瞑想の基本で、雑念である「心」から離れることなんです。
また、サハスラーラの中に完全に入って行かなければ、意識の世界を動くことは出来ません。
潜在意識から無意識の方向へ動く、それは神の時間(4次元的時間)に合わせていくことで、この世的に言えば、時間が離れるとか観念から完全に抜け出すということになるのです。

ただの瞑想と本格的瞑想の違い、それは一般的なリラックス瞑想と力、智恵の瞑想の違いです。
一般的瞑想は初歩の初歩で、段階が上がればそれは普段の生活にも必要としないでしょう。
霊的推測をしなければ、自分の意識段階を早く上げることも気づきを得るにも遅くなるでしょう。

霊的推測とは、これまで精神世界や宗教などの本で得た知識に、さらに高い神秘的知識、霊的法則、「生命の樹」の象徴的理解や私のことで言えば不思議体験なども土台とします。
それらすべてから、自分の目指す方向の智恵を得るためにどう同調するかを考えるのです。

最初は思考です。 
意識の通る道を秩序として、霊的にこうであるなら次の意識はこうだろう、そうでなければ霊的法則、秩序とはならないはずだ。そのところの意識とは何か、ではどうやって、その中をそこまで近づいて行くかだ、となります。
そのために私は自分の意識をさらにポジティブ化したり、無を使ったり、いろいろするのです。

はっきり解らないものに近づこうをするのですから、自分の意識もいろいろ変えてやるだけです。
今までそのような方法でここまで来れたのですから、それは間違っていなかったということです。
私は沢山の霊的不思議体験がありましたので、その点他の人より恵まれていたかも知れません。

やはり大事なことは、瞑想に入り、その中で意識をその方向に向けて動いてみることです。
いろいろなことを意識的に触れてみるのです。
それでどうにも出来なくなったとき、何も解らなくなったとき、意識的静かになったとき、そのときが「無」になる瞬間で、それが気づきやインスピレーションが来る「待ち」なんです。

その瞬間が次に進むべき方向の答が来る瞬間で、意識的段階が上がる瞬間なんです。
この繰り返しで私はここまで来たんです。
霊的推測は、始めのうちは思考段階です。
それからその思考を意識的な世界で、意識として動かして行くということです。
じっと待っているだけの瞑想は何も進展しないのです。
 
「何も進展しない」と言うと怒る人もいるので、ここは気づきが遅くなるとでも言っておきます。
今までこういうことを言わなかったのは、それまでに準備しておくべき意識があるからなんです。
順番があるのです。

私の言いたい順序は霊的秩序ですから、順序に従ったほうが結果的に到達が早くなるのです。
一つの体験、意識のレベルアップは、さらに次なる霊的推測がしやすくなります。
一つの山を登れば、その奥に次の高い山が見えるようなもので、登らなければ見えないのです。

この推測については、細かく書くと大変長くなりますので、ブログではこの程度の説明です。
高く上れば上るほど沢山のことが解ってしまうのです。
たとえば、小学からスタートすれば、中学、高校、大学、そして専門家となれば、それ以下のことは解っている、もういいとなるのです。 

意識の理解納得はとても不思議で、コツをつかめれば本当におもしろいのです。
大事なことは、知識ではないのです。深い意識は知識と違って別な理解がある世界なんです。
私が思うには、霊的知識、精神世界系的な知識などは、知っているから何なのという程度です。

もちろん、知らないよりは知っていることはいいことは当然ですが。
しかし、みんな知っているということだけの満足ために勉強しているのではないでしょう、と言いたいですね。
こういう勉強をする以上は、はっきりとした自分なりに目標を持つべきです。
また、このような勉強をする人は、霊的方向だけ目指すものだと思っている人も多いと思います。

もちろんそれは当然なことですが、ただそれだけなら面白くもないでしょう。
この勉強は、絶対に意識レベルが上がることには間違いありません。
その上がった意識を自分の仕事や目的に生かして行けなければ、意識の勉強とは言えません。
この勉強は単なる霊的修行ではなく、総合的人間修行と私は思っています。

やはり勉強している以上、その証拠、結果が欲しいわけです。
次は、霊界意識です。
霊界の感じが少しでもつかめれば、この霊的推測もやりやすくなるでしょう。
でも、絶対的基本はポジティブ意識です。
これを理解し自分の意識でなければ、どうやってその高い振動に触れて行くのでしょうか。

これも、霊的法則です。 
ここまで来れば、信じるかどうかの問題ではないですね。
努力しているあなたに、魂の援助がありますように!!

スピリチュアル25年間の検証(4)・・潜在意識から無意識に入る、そして次は・・ 2008/02/29

私が意識の勉強を始めて20年近く経ったころ、あることをきっかけに無意識に入ったのです。
意識の勉強というのは、潜在意識や形而上学といったことの深い理解や研究です。
もちろん精神世界系の理解は、かなり高いレベルまでほとんど出来ていたと思っています。

20年近く勉強して来て、もうその頃になると考えることも読む本もないといった感じでした。
読む本はないといっても、私がこの20年間で読んだ本の数は全部で30冊弱くらいです。
この手の本の読み方は、私の場合他の人とは違うと思っています。

読む本の数が問題ではありません。
その本の言葉、著者の意識の中に入る、その本質を知ることに集中して読むのです。
ですからいい本であれば、その深い意識を知るためには何年もかかってしまいます。

だからといって、すべてを知ることが出来るということもありません。
当然です、難解ですから。
精神世界の本は、内容的にはどれもほとんど同じようなことを書いています。
このことは霊的な方向から分析してみれば、そうならざるを得ないでしょう。
そのときまで20年勉強して来たとは言いましたが、その数年前から私は考え悩んでいました。

読む本も同じようなものだし、考えることはあっても霊的すぎて理解など出来るものでもない。
ほとんど考えること、研究することはやってしまったが、それ以上前に進めない状態でした。
みんな同じだと思いますが、こういうときは大変精神的にも苦しく滅入ってしまうものです。

私はいつも自分の魂に願っていました。
「どんな難しいものでもいいから、ヒントが欲しい!」と。
でも、すんなり来ないものです。
「七光導」にも書いたと思いますが、
この時、八方ふさがり状態でどうにも抜け出せなくなって、とうとう大きな壁に当ったのです。

しかし、そのときの魂の援助、ヒントで、私は初めて無意識に挑戦しようと決心したのです。
無意識に入るということは、それまでの潜在意識の研究の流れで考えていたことではなく、もうどうにも出来ないから、とにかくやるだけやってみようという思いだけでした。

もうこれしかないというだけで、出来なければすべて終わりになっていたでしょう。
素直に純粋に、自分の意識を時間と観念から離れる方向でやってみたのです。
一歩一歩、無意識の中という方向に入り込んで行ったのです。
普通みんなが考えるのは、どうしたらすぐ出来るかのテクニックを考えるでしょうね。

本当にこの意識の世界を簡単に考える人が多いのにビックリしています。
私はこの勉強を始めるときに、かなり時間がかかるということを覚悟をしたんですけどね。
それも、誰よりも不思議な体験が多くて、このような神秘世界にも慣れていてもです。

無意識に入るにも、毎日瞑想の中で本当に紙一枚無意識になっていくような訓練なんです。
その意識的感じを、無意識であっても忘れないようにです。
私のやって来たことは、きれいごとやかっこいいことなど一つもないのです。
「無」とか「無意識」というものを勘違いして捉えている人も多いと思います。

無意識といっても、自分の意識が完全に飛んでしまうことではないのです。
イエスでも聖者方でも、何かの超能力を使う場合、自分がトランス状態にはなっていないのです。
これも意識の使いかたということです。
この無意識状態が、私の意識を完全に高めてくれたのです。

私が無意識に集中することに慣れていくと、だんだん気づき、ヒラメキ、インスピレーション、その種類、数も多くなって行きました。
この気づきは、週2回くらいは受け取っていましたので、理解納得も加速して行ったのです。
本当に驚きです。

それまではどんなことをしても、望んでも、もう何も考えることがなかった自分だったのにです。
この状態は、2年半くらい続きました。
人生で一番楽しかったと思えるくらい、つぎつぎに自分の意識を高めることがやって来たのです。

これで180度まで変わっていた自分が、270度を超え300度を超えるまで変われたのです。
私はこの変化していく意識の構造を知っているのです。 人間であれば誰にも共通することです。
このあたりから、私はHPを充実させるためにいろいろなセッションを考え始めたのです。

それからつい最近までいろいろなことに忙しくなって、この大事な神秘から離れてしまいました。
数年の間に、今のHPまで作って来ましたので、大変忙しい思いをしました。
昨年の正月から、また神秘集中をしようと思っていましたが、中途半端になるものがあったため、また、1年延びてしまい今年から真剣に神秘集中に入っています。

昨年は、4次元的映像が自然に見えてくるようになったのですが、集中する時間がなくてそのまま掴み損ねてしまいました。
また思い出してやらなければならないので残念です。
今年は、真剣さがかなり違っていましたので、1月からいろいろな変化が起こっています。

2月に入ってちょっと信じられない気づきが続き、そしてつい10日くらい前のことですが、私にとって、人生最大の意識的転機であるインスピレーションというか、大悟というか、実に不思議な感じがもたらされました。
これによって私の今後の計画は、大きく変えざるを得なくなってしまいました。
その内容をもっと詳しく説明したいと思いますが、長文になります。

それについては、最終回の「七光導」をご覧ください。

スピリチュアル25年間の検証(3)・・人類の未来~誰かの予言を待つまでもない! 2008/02/14

潜在意識的なことを短い文章の中で理解することは、かなり難しいだろう思っています。
おそらく、説明が足りない分違う意味で捉えたり、おかしいと感じている人もいるでしょう。
真理に近づくほど、一つのことを説明しても、それから出てくる疑問にまた説明が必要です。

こうやって意識の段階を高めて行くんですが、その理解は一段一段上がるしかありません。
すぐ知りたい、早く意識レベルを上げたいと思っても、これだけは順序があるんです。
私はそのようなことも十分知ってこのブログを書いています。

またあなたにも考えて、考え抜いて欲しいとも言って来ました。
今回は、人は何故いくら勉強しても求めることがすぐやって来ないかを説明したいと思います。
このことは、私がずっとやって来たことで、また今年私が決意したことも書いて行きます。

それがどういうことか解れば、私が今まで言って来たことも理解納得出来ると思います。
私はこの勉強を始めた時から、勉強とは別に真剣に長い期間集中して来たものがあります。
それは絶えず自分の意識の中にあり、いつの間にかその思いは当たり前のこととなっていました。

これをあなたにも言いたい。
それは「神を求めなさい!」ということで、「自分の魂だけを見つめなさい」ということです。
中途半端な目標ではなく出来る出来ないではなく、このことを自分の一番の目標にすることです。

宗教ではありません。
はっきり言って、この世のどんな関わりなども一切関係ないことです。
偏った狭い意識から抜け出せないようでは、とてもこれを見ることは出来ないでしょう。
どうして人は思うように自分の意識を高めることができないのか、ということなんです。

この世との関わりだけに集中していては、それに通じる回路を開くことは出来ないのです。
途中で工事中止の道路工事のような目標を設定してはいけないのです。
どうして、そんな中途半端な回路に神からの智恵がやって来るでしょうか。
神、神と言うと、とても難しいものと考えてしまうかもしれません。

また、神という概念など検討もつかないかもしれません。
しかし、その感じがつかめなくても、神を自分とは遠く離れたものと見てはいけないのです。
何よりも自分の近くに感じ、何よりも一番親しみを持たなければならないのです。

その神は、自分の魂です。真我です。至高の意識、最終段階の高まった自分自身の姿です。
それでいいのです。自分の魂を知って、それから根源的な神を知るのです。
こんなすばらしい超意識が自分のすぐそばにあるのに、どうして他の何かに頼るのでしょうか。

私は自分の魂以外、他の影に頼ったことも考えたことも一度もないのです。
自分の魂が最高であって、その他のものはどんなものでもそれ以下なんです。
自分自身の意識とつながっている魂以外、他に信頼できるものがあること自体不思議です。
私はこの自分の魂の援助を得ながら自分を完成させて行こうとしているだけです。

この魂は、人間であれば一人一人にあるものです。
それを無視しているから、それとつながっていないから、内的感じも注意しなくなるのです。
自分の内側に向かって語り、真剣に自分を高めようとしていれば必ず自分の魂は応えてくれます。

それすら信じられない?そんなことより他のこと、みんながやっているほうがいい?ですか。
どうして先のない限界、壁の方向を目指すのでしょうか。
自分の魂方向は無限永遠で、一なる神方向なんです。
難しいから、だから簡単なことからやりたい、とほとんどの人は思います。

では、簡単な方法でこの道が理解出来るのでしょうか。
簡単だけをやっていくと、そのような簡単なことだけの意識回路が出来てしまいますよ。
その時本質を見つめ始めようとすると、そんな時でもやはりその人は難しいと言うでしょう。

意識段階を上げるということは、必ず超えなければならない一線があるのです。
この世で成功しているどんな職業、スポーツ、芸術でも、このことは何にでも言えるでしょう。
この意識の世界だけは、「簡単に出来る」ことが多いようですが、皆さん優秀ですね。

話は変わります。
私にとって今年は自分の大きな変わり目となります。
あなたも今の人類、世界をよく見つめ、その延長である未来まで読んで欲しいと思います。
人生の意義は、自分の輪廻転生は何のため、いずれは死、なんですがまた生まれて来ます。

「人生楽しく生きられればいいよ」と人は言いますが、本当はどうでしょうか。
本当は苦しいから、本当の幸せが何であるか知らないから、それでガマンしているんでは?
これからの世の中は、どんどんそれも大きく変わって行きます。
人はその変化にどのくらいついて行けるんでしょうか。

科学的進歩だけの意味ではありません。
私は今年から神秘世界に真剣に集中する決意をして、実際そのようにしています。
すでに私の中では大きな変革が起き始めています。
それと同時に、何か嫌な感じも押し寄せています。

来年あたりから、いろいろな変化が人類そして世界に現れて来る感じです。
それは人が期待するアセンションではなく、その反対の人類の苦しみの始まりです。
私はいつも思っていました。
一応今の世界は平和の状態を維持していますが、私はそれが奇蹟のように感じています。

地球温暖化、自然災害、伝染病、新型ウイルス、地球規模の科学的汚染、食料問題・・・
これからの人類は、本当にたくさんの問題を抱えています。
一つ大きくバランスが崩れるとどうなってしまうでしょうか。
こんなことは誰かの予言を待つまでもないのです。

すでに人間意識も狂って来ています。
すでに多くのネガティブ原因を作ってしまった人類には、どのような未来があるのか。
これからその結果を受けなければなりません。
個人的にも自然的にも。

地球規模の大きなハルマゲドンは地球最後の時ですが、地域的なハルマゲドンは始まってます。

地域的なハルマゲドンとは、生き地獄的な状況のことです。
戦いという意味ではありません。
地震、津波、ハリケーンなど自然災害で壊滅的な状況に見舞われたらどうでしょう。

その真っ只中にいれば、自分の人生、そんなものはどこかに吹っ飛んでしまうでしょう。
日本でも、いつその地獄が来てもおかしくない地域は? 
すでに前から問題となっています。
私は何故か急がなくてはならない気持ちになっています。

今まで、HPのことやブログやメルマガなど、時間がない状態で続けて来ていましたが、それもそんなに時間がかけられない状態になって来ました。
今年中に自分の意識をさらに高く上げなければならないという思いです。
何かが落ち着いたら、時間的余裕が出来たら、なんて言ってられません。
そのとき何かが起きて間に合わなければ、すべて終わりで自分の人生の意味もなくなるんです。

私は来年から自分の意識をさらに鋭敏にし無意識的緊張で集中注意できるようにと考えています。
それが完全に出来るように、今年中に自分の意識を自分の思い通りまで上げる集中訓練します。
こういうわけで、このブログの掲載やメルマガ発行は2~3週に1回になっていくと思います。

今回は、人生最後の勉強にしたいと考え、結果的に知ったことは後で書いて行くつもりです。
今言ったことは、私の内的な意識、魂からの感じでどうしても気になっていることです。
今までの自分の意識も捨てなければなりません。

捨てるというのは外すということです。
今度の意識アップにおいて、今までの自分の意識は、もう使いものにならない、いらないのです。
私だけでなく、これは次なる意識のレベルアップ、世界を目指す人には必要なことなんです。

あなたも今の自分の意識を捨てない限り、意識の段階を上げることは望めないのです。
意識を捨てるといっても、自分の記憶ですから無くなるわけではありません。
次の意識のレベルに上がるには、今の自分の意識は通用しない、大して役にも立たないのです。

それにいつまでもしがみついているから、そんなものを大事にしているから脱皮出来ないんです。
脱皮とは解脱です。
小さな解脱を繰り返さなければなりません。
悟りの積み重ねです。

子供の頃から今の自分の意識までの成長を考えてみれば、それがどういうことか解ると思います。
あなたが意識的に大きな脱皮をしたときに、本当に意識の道や智恵が理解出来ると思います。
この世、物質のもろさをよく理解しておきましょう。

最後に、自分を守り、救い、高めるのは、自分自身で、意識の理解納得です。
最後に大きな力を得て自分を強くさせるものは、自分の意識の力、創造力なんです。
いつまで何かに守ってもらうことを当てにして生きていくか、そしてそれが可能なのかです。

それとも、自分の意識を強く、その力を発揮できる自分を準備していくか、どちらかです。
このことは一般の人には言えません。このブログだから書けると思っています。
来世やりますか。
来世が幸せになるという補償はどこにあるのでしょうか。

来世が地獄のような世の中だったら? 
誰もそのようなネガティブは考えないでしょうね。
私はネガティブなことを言っているのではありません。
冷静に今後の世界的な地上を見つめているだけです。
私は全体的人類の歴史を通して、人類意識を因果法則による霊的推測をしているだけなんです。

自然環境やその他地球の将来を研究している科学者達は、相当深刻になっていると思います。

スピリチュアル25年間の検証(2)・・「人は神の子」、どこが? 2008/02/08

「一人一人の人間は神の子である」と精神世界系の本にはよく書いてあります。
前に見たサイトに、心の悩み相談の中でそのようなことを言ってる人がいたのも驚きでした。
悩んでいるときにこう言われても困りますよね。

精神世界の勉強をしている人は、このことについてどう思っているのでしょうか。
格好いいこと、きれいごとはたくさん目にしますが、その気になることでいいのでしょうか。
天使からのメッセージなども、どのサイト見ても似ているのはどうしてなんでしょうか。

私は長年、「人間は神の子」ということを探求して来ました。
今の精神世界で言っていることなどは、ほとんど自分なりに答えを出しています。
正直言って、どうしてみんな本質に目を向けないのか、それで納得出来るの?といった感じです。

私たちは本来神の子なんですけど、しかし、今いる私たちはただの人間です。
いつまでも何かを外に求めているから、ただの人間で輪廻を繰り返すのです。
天才的と言われる人であっても、聖者クラスから見るとすべてにおいて比較になりません。
「人間は神の子」というのは、潜在的に一人一人の人間に聖者レベルの意識が備わっている、ということです。

この意識に達するには、この世の勉強はほとんど関係ないんです。
でも、人はそんなことよりこの世の生活、楽しみが一番なんです。
仕方ないけど、ですね。
どんな人も相当数の輪廻転生を繰り返すなかで、我欲のみでこの世に自分を表現しています。

輪廻転生のなかでそれだけの自分を創造するだけです。
「あなたは○○のミッションを持って生まれて来たのです」、随分きれいごとですね。
普通の人間に特別な霊的使命などありません。すべて自分の前世的思いの引継ぎです。

本当のことに焦点を当てれば、霊的な意味かこの世的な意味か、この理解は全く違うのです。
私たち人間の最終目的は、個人的アセンションです。
一人一人の絶対意識への向上です。
私たち個人に当てられた使命は、今も昔も少しも変わりはないのです。

人類の霊的一体化のみで、真の平和を作ることです。
個人に任された使命は、自分を絶対的ポジティブ、真理的自己にすることだけです。
個人がこのようになれば、自動的に世界人類の平和が実現するだけです。
自分のためにやることが、結局全人類に貢献することになるのです。

もし、この使命が一人一人の神からの個人的な責務なら、私はそれを満たすだけです。
宇宙から見ると、まったく無いも等しい小さな地球上で、人々は戦いに明け暮れながら、この地上をはいずり回っているだけです。 
小さなプライドを自分自身とし大切に守りながら、人と争っているレベルの人も多いのです。

知らない(無智)、ネガティブ、貪欲、であっては、魂の援助も受けられないでしょう。
人生は長くないのです。
よく考えてみれば解ります。
また生まれ変わって、一から同じことの繰り返しです。

私自身の人生の大きな目的は、自分の本来の意識である真理に戻ることです。
それは、真理ですから、「人は神の子」であるということの証明を自ら得るということです。
それには、自分以外は誰も関係なく、自分一人で進めなければならないことなんです。

たとえいつか私がその状態に到達しても、出来るかどうかは別として、たとえばです。
私はそれについては、誰にも言うことはないでしょう。 
私はこの勉強に入って数年後に、1回目の大きな壁に当たって非常に苦しんだ時がありました。

それは、自分の勉強が全く前に進めなくなってしまったからです。
その壁というのは、ポジティブネガティブの本当の意味が解らなかったというだけです。
その本質が解らないと何も理解出来ないだけでなく、勉強が前に進まないのです。

困ったどころか、完全にウツ的になり、毎日それについて思うだけが精一杯でした。
考えることはすべて考え、意識的な集中もすべて行い、当時のマイクロカセットレコーダーに、意識を飛ばして出て来た声だけを吹き込み、それを後で聞くということを繰り返していました。

やれることはこれしかないので、この状態を3、4ヶ月くらい続けていたと思います。
心も体も最悪、がっくり、そんな状態で気力なし、これで何も来なかったらどうなっていたか。
こんな感じが続くなか、ある日待ちに待ったインスピレーションが瞬間的に来たのです。

「解った!」私の潜在意識に答えが入ったのがすぐ解ったのです。
内容は、後で潜在意識から引き出せばいいと感じで、とりあえず全身で「解った」という強烈さ。
その時は、地球がひっくり返るくらいの大感動が全身を満たしていました。
その瞬間、心も体もいきなり絶好調、苦しかった日が長かったのでその喜びもひとしおでした。

その「ポジティブネガティブの本質」が今の私の意識の土台となっているのです。
私はこれまで本当にいろいろな壁に当たっています。
それだけ苦しんだということにもなります。
そのたくさん知ったことを整理して、本当のことを教えたり、読み物として書いているのです。

多くの人の躓くところは、心の壁を突き破ることが出来ないことです。
それはちょっとした考え方見方で、心の壁を突き破って意識の世界に入れるのです。
その小さな意識の世界であっても、いったん踏み込めば広大な感じがするでしょう。

「ポジティブネガティブの本質」は、潜在意識的になるには絶対必要な智恵です。
夏頃か遅くても今年中に、その内容をまとめるようにそろそろ書いていこうと考えいます。
私はそのインスピレーションが来てからは、意識の回路が開いたようなスムーズさを感じました。

このようなことが元になって、今のコア・トラやネガティブ意識解消療法が出来ています。
コアステートという感じは、これ以後何回も体験していたのです。
「ポジティブネガティブの本質」は、精神世界だけでなくすべてにおいて大基本となるものです。

セッションでも説明していますが、1回聞くだけではすぐ理解するのも難しいかもしれません。
私はこの内容を十分に理解し、それ以降の勉強のためにこれを自分の基本的意識としたのです。
すべてのことに通じる真実、これが潜在意識に浸透して本来の自分の意識となるのです。

サハスラーラ、瞑想、ヒーリング、その他すべて私がやっていることはこれが大基本です。
すべては一つの自分の意識として出来るのです。
自分の意識において、一つ一つやることがバラバラで関連が無いというのはおかしなことです。

私はヒーリング能力を上げたければ、自分の意識レベルを上げることだと言って来ました。
私の瞑想法は、そのすべてに通じる意識回路を開く訓練のようなものです。
その意識回路の中をサハスラーラの集中で霊的意識が通り働くようにするのです。

すべてこれまで私がやって来たことです。
私のセッションは、自分のやって来たことをたくさんの事実で持って行なっているのです。
「ポジティブネガティブの本質」は、その後何度も多くの真実で裏打ちされて行ったのです。

この世の知識の勉強と神秘霊的意識の勉強は違うのです。
簡単に言えば、意識の理解は感じとしての理解です。
その感じの中に答えがあるのです。
その感じ自体が理解納得を含んだ智恵ということなんです。
どんな智恵にも、必ず霊的意識が貫通しているのです。

それを人がこの世に完全に表現出来れば、神の子として相当な力を発揮できるということです。
「人間は神の子」、という言葉だけでは何の力もないのです。
「一人一人の持って生まれた使命」も、この世的では小さいのです。
小さいから悪い、ダメだということではなく、その先があるということです。

言葉の意味も、この世的では大して深い意味もなく、言霊は少しも入っていないのです。

スピリチュアル25年間の検証(1)・・「精神世界入門~何で、どうして?」から 2008/01/31

人間が生きていくということは、その根低には願望があります。
夢、希望、理想、その大きさの違いは人それぞれですが、皆その実現に向けて生きています。
それは人間を考える上で自然な行為です。
これまでの私の25年間も、自分の願望を実現させるために頑張って来ました。

その願望は、一般的に大多数の人が望むものとは程遠いものです。
それは自分の前世でやり残したものですから、絶対に今生で完成させなければならないのです。
今回から、何回になるかわかりませんが、25年間の本当の私の考えや思い、そして実践して来たことなどを書いて行きたいと思います。

これまで書いてきた自分の25年間とは、かなり違う内容になると思います。
この先書いていく内容は、あくまで自分の意識を高めるために勉強実践して来たものです。
自分を鼓舞して先に進ませる自分の考え思いがけっこう出て来ると思います。
私は自分の人生のすべてをこれに賭けましたので、その間の言葉は決して人をバカにしたり、差別しているものではありませんので、その点を先に言っておきます。

私自身、この25年間一人でやって来ましたので、それなりの強い意志が必要だったのです。
ですから、そのような言葉が出てきても決して変に思ったり傷つかないでください。
ちょっとオーバーかもしれません。それほどのものではないと思っていますが。

今までブログにもいろいろ書いて来ましたので、もうそろそろ、私が考えてきたこと、本当に思っていることを本音で語ってもいい時期が来たと思っています。
25年間ですから、あまりにもいろいろなことがあり、説明することもほとんど意識的なことばかりです。
今まで私が言ってきたことが、本物かそれとも・・・、さらにはっきりするでしょう。

どちらにしても、今後のあなたの人生に役立つと思っています。
本格的霊的な方向に向かって意識レベルを上げる勉強は、はっきり言って一人では無理です。
もちろん、それには度合いがありますが、一般レベルをはるかに超えたレベルのことです。

これまで書いて来たとおり、私はこれまで一人で勉強して来ました。それは本当です。
これは表向きなことです。実際はたくさんの見えないレベルや聖者方からの援助がありました。
大事なところで方向を示され、気づかされ、救われてここまで来たのです。

私自身もはっきり認めています。 
自分一人では絶対出来なかったということを。
自力と他力、これを自分の限界のところで身を持って感じて来たのです。
30才の頃からこの勉強を始めましたが、それまで精神世界系のことは全く知りませんでした。

これも本当です。
ただ、子供の頃から不思議な体験と何かに守られているという感じは持っていました。
20代は、不思議体験の年代と言っていいくらい、不思議体験漬けの自分だったのです。

この勉強に入ってから、この体験は潜在意識の研究や霊的世界の感じの集中に役立ちました。
不思議体験は、そのあともさまざまな世界の中で体験し今でも続いているのです。
私は、最初から、といっても勉強を始めて1年以内ですが、いろいろな訓練を始めていました。

ヒーリング、瞑想、サハスラーラ集中、などの訓練です。
誰にも習ったこともない、セミナーも出たことがない、何も知らないで本と自分の感じだけで。
もちろん、3年くらいはグズグズ状態で、大した進歩もなかったというのは当然です。

それでも、自分は能力がないとか、誰かに聞こうとか、またあきらめも出て来なかったのです。
これも当然で、私はすでに自分の人生と命をかけてやるという覚悟をしていたのです。
全部自己流で、瞑想にいたっては、最初は目をつぶるのが恐くしばらく慣れるまで大変でした。

意識の勉強はどのようにやっていたかというと、数冊の本を頼りにまず覚えることからです。
イエス、釈迦、聖者クラスの言葉の本当の意味を理解納得することを重点に進めていました。
このような方の言葉は絶対に正しいだろうとは解っていますが、それでもです。

疑うということではなく、すぐに鵜呑みにしないで自分で納得できるかどうかが問題でした。
この真理の言葉が自分の意識だと思ってはいても、その理解がない状態では次に進めません。
どうしてこのような言葉が出てくるのか、その聖者方の意識に近づいて行かなければなりません。

その言葉を自分の意識になるように、意識的訓練として考え抜き、意識で理解して行ったのです。
本当に多くの言葉を、妥協なく完全理解納得で持って行きたかっただけでした。
この言葉の本質は、言霊レベルの探求で普通で考えているものとは違います。
いろいろな説明はまた後でしますが、とりあえず結果的に解ったことを一部書いておきます。

言葉の意味は、この世に通じる意味、潜在意識的な理解の意味、霊的世界の意味に分けます。
このように分けて判断していかなければ、意識の段階が説明つかないのです。
例えば、宗教や難しい真理の言葉の意味は、この世で通じる言葉では理解不能となるんです。

どんなに頑張っても無理なものは無理です。
ほとんどの人は、このことさえ知らないのでつまづいてしまうのです。精神世界にも言えます。
このことについては、きっちり説明すれば誰でも理解できることです。
私の意識がはっきりと霊的方向、自分の魂を目指したきっかけもあります。

真理や意識的な言葉の探求は自分なりにやっていました。
聖者方の言葉は疑っているということはありませんでしたが、それでもどうしてそうなるかを知りたかったのです。
「何で、どうして?」これが解らないで「ウン」とは言えないのです。
言葉の意味にも段階があります。それが言葉の背後にある意味ということです。

私としては、徹底して深く入って、追求のみで進んで行くだけでした。
結局、深く入って行けば行くほど、やればやるほど、聖者方の言っている方向に行くのです。
他に避ける道はない、認めざるを得ない、これ以外何も考えられない、ということです。

これも、私は身を持って理解納得で進めていたので、完全に信じることが出来たのです。
他に道が全く見えないのですから、完全にこのことに自分の命をかけられると確信したのです。
今の私には、他の人の意見なんて全く意味がないのです。

私は自分が信じることの出来るものを、自分のすべてをかけて検証して来たのです。
25年間やって来たことで、意識の道がはっきり解ったのです。
この通り道が、自分の魂、霊界、神との回路ということなんです。
今の精神世界では、いろいろなことを言っていますが、私は疑問に思うことの方が多いのです。

「生命の樹」にもあるように、真理は世界の始めから終わりまで変わることはないのです。
今の人は、回り道、遠回りが好きな訳ではないと思いますが、このような人がほとんどです。
知らないから仕方ありませんが。また、私と方向が同じでもないのですから。

意識が先ですよ。
肉体、脳は最後に創られたものです。
「生命の樹」を理解してください。
意識に創造性があって、脳はそれに従うだけですよ。
神から来る意識の順序を知ってください。

脳を変えようとする努力より、意識を変えたほうが早いのです。
願望実現は脳でやるのではないのです。
また、潜在意識に力があるのでもないのです。
いつまでも潜在意識なんて考えていると、いつの間にか老人になって願望実現も枯れてしまう!

こうするんです!
潜在意識に入って実現したいことを魂に向かって祈るんです。
祈りという言葉、行為自体もカン違いしないでください。
祈りとは集中です。
霊的集中です。 

念ずることではないのです。
願望実現は、何も形だけで現れるものではありません。
実現の成功の土台となる、ヒラメキ、インスピレーションというものもその一部です。