名言・格言

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名言格言 ・・・名言(37)自分の考えたものになるために準備すること 2016/01/29 

★☆ 名言(37)☆★ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆★

心がすべてである。あなたは自分の考えたものになる。

★☆ ・・・・( 釈迦(ゴータマ・シッダッタ 紀元前5世紀ごろ)・・・☆★

この釈迦の言葉を、名言に入れるのはどうかと思うが、名言の中にあったので今回はこの言葉の深い意味を考えてみたい。
いろいろな名言を見ていると、この言葉の意味と同じようなものがけっこうある。
それだけ本質を突く大事な言葉であるが、この言葉の深い意味をもっと広く知っていけば自分自身を大きく変えていけるかもしれない。

この言葉は、一般レベルでは短絡的な考えで自己実現や願望実現に使われている。
ちょっと手を加えれば、人の心をくすぐりその気にさせる言葉にもなる。
こうしてうまく形作られた方法を信じてしまうのは、その背後にある意識の仕組みの真実を知らないからである。

そうは言っても、一般レベルではそれに気づくというのは無理な話かもしれない。
どんな人の人生も、結局は何らかの自己実現や願望実現を目指して生きている。
意識レベルの悟りの段階であっても、理想的自己実現を目指していることになる。

そう考えると、この言葉を深く理解することは、人が求めるどのような実現に対しても根本的土台となるものである。
真にこの言葉を理解していく段階が、悟りの段階といっても過言ではないだろう。
この言葉はとてもシンプルだが、その中身は深く広いのである。

私は心より意識を重視するので、この言葉を自分なりに変えて意識に刻んでいる。
「意識がすべてである。自分が真に求め思っていることは実現する」と。
実現の道は、心でもなければ、ただ考えただけの結果でもないのである。
ここに、深い意識が絡んでくるのであるから、ただの願望実現の方法などお遊びになる。

ただの願望実現の方法が間違って実現しない方が、私はその人にとって幸運だと思っている。
あなたの願望が何故実現しないのか、それにも理由がある。
実は、あなたの思いは実現しているのである。
と言うと、「そんなことはない!」と反論したくなるだろう。

もちろん、それは喜ばしい実現ではなく、残念ながらというしかない実現になる。
自分の望むことを実現させるには、何を準備する必要があるのだろうか。
必要な条件というのは、幾つかあるだろうが、大事なことだけ触れてみたい。
やはり必要なのは、心がすべてと言っているのだから、自分を含めた人間意識を理解していくことだろう。

特に一番理解しなければならないのは、自分自身というのは当然すぎるかもしれない。
様々な願望実現の方法に手を出すより、人間意識を勉強した方が願望実現はずっと早くなることに気がつかない人が多いのである。
自分が求める実現には人は関係していないからという人もいるだろうが、果たしてそうだろうか。

人が生きてきたこれまでの経験の中に、どのくらいの間違いやウソが入っているか分かっているのだろうか。
すべてに言えることであるが、意識を知らないということは遠回りにすぎないのである。
何故なら、どんな小さなことをするにも、自分の意識はそれに関係しているからである。

この小さなことに関係する意識を分析するだけでも、大きなことに気づけるものである。
自分の意識は全体として一つなのである。
とても大事なことだが、自分の意識を知れば知るほど、その未熟さに気づけば気づくほど、人の意識はどんどん向上し大きくなっていくのである。

自分が望むことを実現させるために、もう一つとても大事なことがある。
それは、ネガティブなことで自分を邪魔させないということである。
マイナス思考や取り越し苦労などから来る心配や不安にはまると、正しい考えや判断ができなくなるだけでなく、反対に前進することに大きなブレーキをかけることになる。

これは誰にでも当てはまることで、どんなときもネガティブはいつも前を塞ぐのである。
この世においては、というより人間の意識を支配しているのは、ポジティブかネガティブかだけである。
このポジティブネガティブ意識を深く理解できれば、生き方までが楽になるのである。

しかし、ほとんどの人はそこに目を向けずに、答えを求めながら迷いながら進んでいく。
「あなたは自分の考えたものになる」は、「心がすべてである」と言っているのだから、その心をどうにかするだけである。
人の心の中は、いつも心配不安と迷いを抱えながら自問自答している。

その中で出た答えとしても、一生大して代わり映えのしない、心から納得できるものでもないだろう。
自分が求めるものに対してどのような方法を活用したとしても、この心配不安そして迷いはいつも自分にぴったりと寄り添っているはずだ。
あなたが自己実現を目指しても、このネガティブが多ければ、なかなか思うように進まなかったり、だんだん嫌けが差してきたりするだろう。

潜在意識から見たら、それも、あなたが考え思っていることが実現していることになるのである。
しかし、ネガティブ意識が多くても、自己願望を実現する人もいるのは確かだ。
そうなるのは、そのネガティブをカバーするもの、超えるものを準備しているからである。

果たして、その準備とはどんなものだろうか。
それは努力で、努力しかないのである。
その努力は、ネガティブなことを考えるヒマを与えなくすれば、なお良いだろう。
こう考えると、これもポジティブになっていくことになる。

とにかく余計なことを考えないで、実現の条件を満たすことである。
結局問題は、ネガティブ意識だけなのであって、この理解は簡単ではないかもしれないが、そのブレーキ力は全員に共通して働くのである。
この点を早く理解すれば、その後の人生が楽になるだけでなく、自分が望む方向にも智恵を持って進んでいけるようになるだろう。

これが意識の仕組みの一つであるが、また輪廻転生を含めた人生の仕組みでもある。
「心がすべてである。あなたは自分の考えたものになる。」
今のあなたが、あなたという意識のすべてである。
そのすべての意識が、より完成に近ければあらゆる自分の望みは実現するのである。

それは物的か霊的か、あなたの意識次第でどちらにも言えるのである。
自分の考えたものになる。だから自分の考えをとことん深くしていけばいいのである。

名言格言 ・・・名言(36) 自己成長のカギは、感情コントロールから! 2015/09/10

★☆ 名言(36)☆★ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆★

怒りのさなかにあっても自分の激情と舌とを制御し続けることができ、このうえなく激しい感情の動揺のさなかでもそれの爆発を押さえて黙っていられるというのは、全く英知の、とは言わぬまでも、少なくとも普通以上の精神の強さを証すものだ。

★☆ ・・・( マルクス・トゥッリウス・キケロ  BC.106-BC.43 )・・☆★
      < 共和政ローマ期の政治家、文筆家、哲学者 >

この名言は、自己コントロール、その中の感情制御について言っている。
紀元前も現代も、自分の感情をコントロールする大事さは変わらないようだ。
実際、この名言で言われていることは完全に出来ることである。
自己成長を目指す勉強において最初に行なうことはPNの理解だが、感情コントロールの理解と実践は、これと同時か早めに進めていった方が意識成長は加速して行く。

私は、この名言にある感情コントロールの一から十までは完全に説明出来るのだが、ただそれを理解するには、段階を踏まえたそれなりの意識の智恵が必要になる。
以前にも書いたが、感情コントロールの未熟な者で、高い霊的意識まで到達した者はいないのである。

たとえ、高い霊的意識まで到達した者であっても、最初は感情コントロールの基本から学んで実践していったのである。
意識向上を目指す者にとって、感情コントロールが出来ることは当然と考えた方がいいだろう。
何故なら、感情コントロールというのは、すべての自己コントロールの基本であり、感情も自己コントロールによって制御されるからである。

感情コントロールの出来ない者が、それ以上の自己コントロールが出来るはずもないのである。
感情コントロールと自己コントロールの違いをはっきり知っている人は少ないだろう。
自己コントロールというのは、自己意識のほとんどを意識的にコントロールすることである。

精神世界や宗教や神秘的な知識は、十分過ぎるくらい持っているという人もいるだろう。
しかし、それだけで高い意識レベルに到達出来ることはないのである。
自己向上のために準備しなければならないことは、意識の智恵、自己コントロール力、そして訓練のための実践力である。

また、意識と知識の違いもはっきり理解しておくことが大事で、それが分からないと自己コントロールをいちいち考えながらすることになってしまう。
誰もが自己コントロールを出来ることを望んでいると思うが、自己コントロール、イコール意識レベルの段階と理解していると、簡単に何とかなるとは思わなくなるだろう。

自己コントロールを身に付けるには、それなりの準備が必要なので、意識全体のレベルアップをしながら進めて行くことが一番いい方法である。
これに関してはどんな人にも言えるのであって、もちろん例外などは無い。
もう一度言うと、自己コントロールの段階が、悟りの段階である。
精神世界でも宗教でも、目指す大きな目標は悟りだろう。

では、人間意識の最高峰であるシャカが悟ったというものは何だろうか、それを言える人はいるのだろうか。
また、何を悟りと言い、またどのレベルで悟ったと言えるのだろうか。
悟りという言葉はあるが、私たちはどこまでも悟りを目指していくのであるから、特に悟りといったことにこだわることもないだろう。

悟りとは、自己コントロールを本来の自己意識と完全に一体化した者が、意識の中で到達を感じられたときに自分がいる意識の場である。
意識の場も意識である。
すべては意識である。
本当の意識成長を目指すには、自己コントロール力は必須である。

自分の意識を高めたいという人は、必ず自己コントロールを訓練していくべきである。
自己コントロールといってもいろいろあるので、その中でまず始めに訓練していくことは、感情コントロールになる。
感情コントロールといってもたくさんあるが、まず意識するのはネガティブ感情になる。

そのネガティブ感情というのは、たとえば、むかつき、イラつき、カッとなること、つまらないプライド反応、そして怒りなどである。
名言にもあるように、分かりやすいネガティブ感情は怒りである。
怒りは感情の動揺を誘い、結果、爆発するに至る。
爆発までいかなくても、その間の感情的ゆれや動揺を思い出してみるといいだろう。

人それぞれ違いはあるが、怒りが爆発しそうなギリギリの感情の中に、その人のすべての弱点が含まれているのである。
こんなことは誰も考えはしないだろう。
これについては、じっくり時間をかけて気づいていくこと、そしてしっかりそれを分析していけば、感情コントロールの意味も分かって来るだろう。

それだけではない、こうしていくことが自分を知ることにもつながるのである。
この流れの中を見て行くことが、同時に意識成長ということである。
自分の弱点を変えることなく、意識成長もないと思うが。
まだまだこの中には深い意味があるが、それに気づいていくには、やはり意識の智恵を知っていく勉強が必要になるのである。

本当の意識の勉強が、精神世界であり、宗教であるはずなのだが、今はどうなのだろうか。
あまりにも遠回りしている感じがする。
興味が惹かれることと自分が真剣にやるべきことの比率をしっかり守って勉強していかないと、いつまでも回り道で、それで人生が終わってしまうかもしれないのである。

知らないことを理解納得に変えて行く勉強は、誰にとっても辛く大変なことである。
私が歩んで来た意識の勉強は、そんな程度のものではなくそれ以上のものだった。
満足のいく自分になるためには、どんなに回り道をしても、必ず通る道に入らなければならないということを知っている人はどのくらいいるだろうか。

この名言の「普通以上の精神の強さ」の自分になるには、ただ感情コントロールが出来ればいいというものではないのである。
それを達成するためには、どうしても意識の智恵が必要なのである。
何故なら、すぐに人は迷い、そして疑うからである。
その迷い疑いをつぶしていかなければ、決して意識成長なんてあり得ないのである。

到達への近道を誘導するのが、自己コントロール力と覚えておけばいいだろう。
その基本は、まず自分の感情コントロールから始めることである。