自由思考・自在意識

自由思考自在意識~自分を知るための意識成長が真の自己意識になる! 2014/11/18 

意識成長の目標設定は人それぞれ違うと思うが、このブログでいう意識成長とは、まず自分自身を理解するということにある。
自分自身を理解するというたった一つの事だが、いざ自分を深く見つめ、知ろうとすればするほど疑問が次々に湧きだし、思ったようには進めなくなるのが普通である。

この見えない山を越える智恵はあるのだろうか。
私自身、何も知らないところからこの勉強をスタートした頃が、今は懐かしく思える。
最初は、精神世界というものが、何が何だかわからないまま、意識がいつの間にか飛んでしまうこともあるくらい集中して本を読んでいた。

この時、つらいというか、くやしいというか、そんな気持ちにもなったが、それは本の内容をまったく理解出来なかったからではなかった。
それより、いかに知らないことが多すぎることか、そのことがだんだん怒りに変わって来たのを覚えている。
「知らないから苦しんだ、悩むんだ」というのは、ここで気づいたことである。

この後の私の目標は、特別なことを目指したのではなく、ただ知らないことを知る、それだけにすべての時間をかけて理解することだった。
それで、20年くらいはそういう状態で勉強していた。
自分のネガティブ克服も含め、自己修行といってもいいかもしれないが、相当な努力をしてきた。

その努力は、私の魂も認めてくれたと思っている。
魂の援助がなければ、絶対今の意識に到達できなかったことは間違いないと思っている。
数年前、自分がそれまでやってきた意識の勉強を振り返って、気づいたことがあった。

意識成長には時間がかかるという当たり前のことだが、ここにヒントを見つけた。
よく考えてみれば分かると思うが、最初から分かっている人なんて、どこを探しても一人もいるわけはないのである。
私が気づいたことは、最初から自分もしていればここまで苦労することも時間がかかることもなかっただろう、ということだった。

しかし、それはここまでたくさんのことをやって来たから気づいたことである。
意識成長の勉強にも、そのための準備がいる。
その準備とは、人間意識を含め未知なる世界の基本的なことを知っておくということだ。
それは理解することではなく、とりあえず頭に入れておく、知っておくだけでもいい。

これは、神世界の全体像とか大枠とか言って、すべてはこの中に含まれるものである。
こう言うと、とても難しいことを勉強していかなければならないと思うだろう。
大聖者方の教えは、真理が土台となっているのは言うまでもないので、それを理解できるようになるためには、私たちの準備も本物の基本に従わなければならない。

最初から理解しようとすると、それは大変難しいことだが、それ以上に不可能だと思う。
どんな人も、基本からしっかりと勉強していく、とりあえず全体像を知ることが一番の近道となるのである。
それを、精神世界系などで「簡単に、早く」といったことを言うから、 みんな迷ってしまうのである。

目に見えるこの世のことでも一つ一つ慣れていかなければならないのに、どうして目に見えない世界の方が早く出来るようになるのだろうか。
そんな目標設定をすると、出来ない自分と理想のギャップで自滅あるのみである。
意識成長をするため、理解の段階を上げるためには順番がある。

それが基本であり意識成長の段階でもある。
これから、私が意識成長を加速するための基本として、知っておくべきポイントを並べてみる。
これは最初から理解できるものでは無いが、どのようなものかを知っておくだけでも、自分の意識レベルの位置も気づけるかもしれない。

・心理学・哲学・宗教・精神世界・形而上学の意識の位置と意味。
・宗教(仏教とキリスト教)、イエスと釈迦の真の教えとは。
・人間意識の段階(心・意識・潜在意識・無意識)と意味。
・3次元と観念、4次元と真理の違い。
・根源神(創造神)と生命の樹と神意識の関係。
・原初の宇宙と終末の宇宙。アダムとイブからハルマゲドンまで。
・人類の歴史(過去未来)と大聖者の働き。
・潜在意識の真の理解。
・善と悪、ポジティブとネガティブの完全理解。
・心理とネガティブ性、過去世のネガティブと前世ネガティブ。
・ネガティブ(悩み・問題)からの解放の理解。
・死後の世界と神の世界(第一から第三宇宙意識)の理解。
・人間の存在目的と魂と霊意識の関係。
・神の法則(霊的法則)と輪廻転生。
・リラックス・集中・瞑想・自己コントロールの正しい理解。
・守護霊・先祖霊・天使・精霊・ハイヤーセルフの正しい理解。
・波動と振動、PNの波動の理解。黒魔術波動と憑依の理解。

これだけのことが分かれば、一応人間と神の世界の全体像を知ったことになる。
この基本的なことをわかりやすく話すだけでも、10時間くらいかかるかもしれない。
これは神世界の基本であるから、ここからどんなことにも入っていけるだろう。
一が全、全が一といった真理の土台を、このことの探究から準備していくのである。

これが最終的に自分の意識となるのであるから、自分を知ることになるのである。
この基本を知ってしまうだけで、その後の意識成長も早まるだろう。
私は、これだけの内容を知っておくことは、大変重要なことだと思っている。
これが、ここまで私が探究してきた結果、まとめられた大事なことである。

当然、誰も最初から理解などできるわけがないので、まずは基本として頭に入れとくことから始まり、後は理解納得するためにこのすべてを関連させていくのである。
いずれ、これらのこと一つ一つがすべてと関連して、一つになるように説明できなくてはならない。

すべてのことは神の中であるから、つながっていて当然である。
この中に、曖昧や適当があれば、絶対一つの意識になることはない。
一つの意識というのは、意識成長した自分の意識も含まれるのである。
霊的といっても、また神の法則といっても、本当はとてもシンプルなものである。

しかし、そのシンプルを複雑にして自ら混乱の中に生きているのが人間である。
こういうことを言っても、鼻で笑って無視するのもほとんどの人間かもしれない。
本当のことを素直に聞いて、それを大聖者方の教えと照らし合わせて成長していけばいいだけである。

意識の全体像を知るということは、何も霊的な世界だけを目指すことではない。
これらの全体性は、人間意識のすべてであるから、この世の人間関係、仕事、生活、そのあらゆることの智恵として活用できなければ、本物ではない。

自由思考自在意識~意識成長のために、しっかり見つめるべきこと! 2014/11/02

今回も、意識成長について大事ことを説明していこうと思う。
意識成長といっても、人それぞれの目標もあり信じていることもあるので、ここでは私の経験から確信していることを話してみたい。
目標設定によって、各人の意識成長の目指すゴールも違うと思うが、私の場合は神の世界に出来るだけ近づくというのが、自分の意識成長で掲げたことである。

意識成長には、そのときの気づきや体験の内容を深く理解しようとする気持ちが必要だ。
理解なくして意識成長はなく、それでは次の段階まで長い時間を待たなくてはならない。
いくら精神世界や宗教の本を読んでたくさんの知識を詰め込んでも、その理解なくしては、ほとんど使いものにはならないと思っていい。

いくら不思議体験をしても、その内容の意味を理解しようとしなければ、ただ不思議な体験をしたで終わってしまう。
意識成長の基本は、一つ一つしっかりと理解していくことにある。
それが、ある段階に達したところで、充分に納得できているに変わっていれば本物だ。

目に見えない世界のことだけに、それを理解し納得に変わるまでは、それなりの準備としての勉強も欠かすことはできない。
いくら本を読んでも、疑問だけが蓄積していくか、また新たな疑問が湧き出してくるということも、実際に誰もが経験していると思う。
それでも、自分が目指す意識成長に必要な本を読んだり、瞑想をしたりするのは、準備しては当然なことである。

次に大事なことは、「自分を知る」ということである。
「自分を知る」というだけでは、どんなことに対して自分を知るといっているかは分かりにくいと思う。
前回も話したように、自分を知るというのは、ポジティブネガティブ性の自分ということになるが、その中でもネガティブ性を探してそれに気づくことである。

その理由は、自分のネガティブ解消や精神的弱点を補強するためである。
意識成長のために、私がやるべきことの第一にあげたいことは、自分のネガティブを探し気づくことである。
この逆でもいい。自分のネガティブ解消や精神的弱点に気づくために意識の勉強をすることは、結果的には「自分を知る」ことにつながっていくはずである。

私は、どちらにしても、この方法が自分の意識を早く成長させることだと確信しているし、実際に私がやってきたことである。
大変努力したことが、今このようにはっきり言えることにつながっている。
ポジティブネガティブ意識に気づき、その分析と克服のためにあらゆることを意識的に挑戦をしてきた結果、そのことについては何でも答えられるのである。

このブログを読んでいる人の意識成長の方向は、真理や神方向に間違いないだろう。
できるなら霊的な勉強だけをして、この世の観念から離れて生きられれば、スムーズに意識成長ができるだろう。
しかし、修行僧と違ってこの社会に生きている私たちは、霊的な勉強だけをやって意識が成長しても、心から自分を満たすことは難しいと感じている。

なぜだろうか、霊的勉強はすばらしいことなのだが、それだけでは迷いが強く出て、その分苦しくなるのである。
霊的な勉強をするだけでは、心も満たされないし、幸せにもなれないということを知っているからである。
人がこの世に生きるということは、生活のために仕事をしなければならない。

生活や仕事をするということは、どうしても人間関係から離れることはできない。
ここで人間関係を出したのは、ネガティブのほとんどは人間関係が一番の原因となるからである。
人と関係するということは、人それぞれの思いや考え方が違うのが当然で、そこからいろいろな問題が発生しやすくなるのである。

人の悩みもさまざまだが、やはり一番人が苦しむのはこの人間関係だと思っている。
この根底に居座っている人間関係というやっかいな問題が、どうして意識成長の妨げになるかは、もう少しいろいろな障害について話していくとわかるだろう。
人も自分も根底にあるのは、意識だ。

人間意識が何であるか、ここがわからなければ誰だって迷い悩むに決まっている。
だから、自分の意識を知ることは、同時に人間意識を知る基本となるのである。
このことを本当に理解できるまでは、自分なりにこの内容の中に入ってみなければ気づけないかもしれない。

では、自分の意識を知るには、一体何をしていけばわかっていけるのだろうか。
その一番いい方法は、自分のネガティブを知って、それをポジティブに変えていくことにある。
ネガティブを克服するということは、自分の弱点をポジティブに変えることしかない。

ネガティブを取り除いていくことは、自分の弱点が少なくなっていくことになるので、当然自信も付いてくる。
さらに成長を続けていくためには、今度はポジティブから真理方向に入っていかなければならないのである。
自分のネガティブをポジティブに変換していくことが、意識成長の一番の勉強となる。

それだけをやっていれば、真っ直ぐな意識成長の道から外れることはない。
自分のネガティブから自分自身を自由に解放させることが、真の勉強であり、人の人生を考えるにしても本当に価値のあることになる。
その勉強とネガティブ解放で、さらに高い霊的といわれる道に入っていけるのである。

自分の意識だけをみつめ、霊的法則(神の法則)を自分の意識と同調させるだけでいい。
今、この地上に生きているあなたの意識には、解脱に向かうために自分から外していかなければならないネガティブが、たっぷり残っているのである。
何故たっぷりかというと、前世、そして過去世のネガティブが深い意識の中まで浸透しているからである。

真剣に見つめてみれば、今の自分の欠点、短所、弱点はすぐにわかるだろう。
誰にも共通している自分の生き方の障害となるネガティブは、このようなものである。
今わかっているこれらのネガティブから、全く平気になる自分を目指すのである。

意識成長の勉強方法がどうのこうのという前に、自分を知るということや自分のネガティブ性について、しっかり考えてみなければならないのである。
その理解が深くなれば、この自分のネガティブ性を残したまま意識成長しようとすることは、いかにムダが多いか、それにもはっきり気づけるだろう。
意識成長は、この隠れたネガティブをどんどん克服していくことにある。

このネガティブを無力にしてしまうには、今のあなたにある知識や知恵だけでは、全く力不足というしかないのである。
ネガティブ克服に欠かすことのできないものは、ポジティブの知恵や真理や霊的法則といったものになる。

自由思考自在意識~どうやったら、うまく意識成長ができるのか! 2014/10/15

向上心のある人なら、どんな人も早く意識成長をしたいと思っているはずである。
では、何を、どうやっていけば、早く意識成長ができるのだろうか。
これがわかれば、これから進めていく勉強もかなり楽になっていくだろう。
今回から数回、このポイントに迫れるような話をしていきたい。

内容は新しい智慧というものではなく、さらっと流されそうなことかもしれないが、私は相当大事なことだと思っている。
私が長年、人間意識や神秘霊的な研究をしてきたことは、このブログに書いてきたとおりである。
これから話していくことは、私がこれまでやってきたことを振り返って、そのすべてをまとめた結果、絶対こうした方がいいと思っていることである。

もちろん、それは私の勝手な答えかもしれないが、一応絶対と断言している点に注意して考えてみれば、これほど参考になるものは他にないかもしれない。
意識成長といっても、その求める方向はさまざまである。
しかし、精神世界でも哲学でも宗教でも、またその他のことであっても、その根底にあるのは当然自分の意識というもので、それ抜きには考えられない。

しかし、ほとんどの人は、この意識成長というものがどういうことか、どうすればそうなるか、その本当のことは知らない。
そんなことより、何かパワーを付けるとか、願望実現にうまく持っていける能力とか、たくさんの知識を知るということが、意識成長だと勘違いしている人は多い。

パワーを付けたとしても、また願望実現がうまくいく方法を一時的に知ったつもりでいても、それは自分の意識を成長させるものではない。
その先が無い、またそこから何を探しに行くのか、いつもこんな目先のことで動いていては、時間だけがムダに流れていくだけだ。
意識成長の大基本は、死ぬまで継続して成長するもの、向上させていけるものである。

それは、霊的世界だけに焦点を当てることではないのである。
宗教関係や霊的修行者は、それが目的だからその中で一生通していけるが、私たちは違う。
この世という人間社会に生きている私たちは、霊的修行者からみると一段遅くなる感じがすると思うが、実際はこのような修行者に引けを取らない意識成長の方法があるのである。

結果的に解脱がどうのこうの、これが一つの合格ラインとするなら、その線もはっきりとしておかなければならない。
解脱というと、どうしても悟りといった言葉も関連して出てくるが、その言葉の意味もはっきりさせておいた方がいいだろう。
どちらの言葉にしても、これまでは特別高い意識レベルの言葉として、今の自分には関係ないと思っている人が多いだろう。

これまで難しいとされてきた、仏教や聖書の真意も、その全体像をはっきりさせて、理解できればいいのである。
そうすれば、人はまず何を求めていけばいいか、そしてどんなことを解決させていけるかを理解できるようになるのである。
意識成長とは、智恵の力をどれだけ自分自身にするかにかかっているのである。

その他のことでいえば、死後の世界や神の世界に関しても言える。
まだある、人間意識が、人生という中を生きてきた過去やまた未来ということまで、それが人にどう関係しているかまで知っていければ、自分にとってかなりの自信になるはずだ。
意識は全てにつながっているのであるから、一部の意識だけを取り上げて知ろうとすることは、それは無理なことだからやめた方がいい。

難しいことだが、人の意識というのは、深い混乱の中にあるのである。
意識と思考は違うのであるから、意識は意識が何であるかを知っていくことが重要である。
私からみれば、人は自分を生きていながら、自分を知らなすぎるのである。
意識の勉強の近道は、自分の意識を知ることからである。

中枢が混乱していては、何をどうまとめ、判断し、次の指令を出せるのだろうか。
自分自身を見つめ成長させる、これはごくごく基本的なことである。
最低限のスタートラインであるし、これからの意識成長の重要な土台になる。
これをなくしては、どんな意識成長も絶対に不可能である。

自分の意識の行き先がどこにつながっているかがわかれば、他に何が必要だろうか。
真理へ向かう道は一本あれば充分で、後は混乱、迷いの道である。
道は一本あるのみ。
それで充分で、その道にすべてがととのえられている。

そのことは、本当は誰の意識の中にもあって、真剣に見つめれば気づくはずだと、私は思っている。

しかし、人は回り道が好きなようで、もしかしたらその道にラッキーや奇跡的なことが落ちているかもしれないといった、大なる期待でワクワクしながら探し求めていく。
そんなものは、絶対、絶対にないのである。
意識の質からも、神の法則からも、絶対にない、私のこれまでの神の全研究からも断言できることである。

「いや、この世には絶対がつくものはないよ」という人は、どうしてそれが自分自身の「限界」であり、「この世」という小さな思考の枠の中だと気づかないのだろうか。
この世、この宇宙には、神の法則といった絶対があるということが、どうしてわからないのだろうか。
はじめて精神世界に入って、すぐに何かのパワーやその気になれることを目指す人は、ほとんどが失敗するかいずれ大きなつまづきにあう。

そして振り出しに戻り、そこでまた何がいけないのかで迷うのである。
次回は、もう少し迷いという点について話していくつもりだが、大事なことは、何度も言うが、自分の意識を知ることに力を入れることである。
「自分を知る、それによって自分のネガティブや弱点を補強する」、このようにしていくのである。

ここに、自分の意識を早く成長させるための全要素が関係してくるのである。
普通の自分を知る、というだけなら、それほど意味もないだろう。
「こんな自分でした、あ、っそう」
どうして、こうなることが勉強になるのか、これくらいはだれでもわかるはずだ。
意識の成長の始まり、スタートは自分から。

何でも自分自身が、しっかりした土台でなければならないのである。

自由思考自在意識~第2宇宙意識・ニルバーナ 2014/09/18

3段階からなる宇宙意識については、以前に説明してあるが、今回はその中の第2宇宙意識について話してみたい。
宇宙意識とは、この世である観念世界と離れた神の世界を指すのであるが、厳密には、第3段階目の宇宙意識が、霊界といわれる神の世界である。
その下の第1、第2宇宙意識は、霊界の入り口かその手前といった感じの神の世界になる。

第1、第2宇宙意識は、霊界と一緒にすることはできないが、それでも3次元意識とは違うので、神の世界に入れても何も問題はないのである。
神の世界に入れば、死のサイクルである輪廻転生から解脱し、永遠の生命の中で意識進化をしていくことになる。
宇宙意識とは、第1から第2、それから第3の霊界を目指す霊的一本道と考えていい。

宇宙意識の第1に入って、それから第3の霊界を目指す道と、この世で意識を高め、第2か第3宇宙意識に直接入っていく方法がある。
宇宙意識が3段階に分かれているのは、当然、それぞれの世界に意味があるからである。
どんなに修行を積んで意識を最高に高めたとしても、直接霊界に到達できる意識になるには、「意識」そのものに秘密があるのだろう。

もし、第1、第2宇宙意識がなく、この世の次が霊界だとすると、ほとんどの人はこの地球から抜け出せなくなるだろう。
そのために、第1、第2といった、それもポジティブな意識をさらにレベル分けした宇宙意識が用意されたのである。
これは、人間に対する神の慈悲である。

第1宇宙意識に入るだけでも、けっこうハードルが高そうに思われそうだが、逆である。
本当に、理解を持って意識を変えるだけで、私がこれまで説明してきたことをしっかり理解し実践していけば、第1宇宙意識に入っていける可能性は大なのである。

それは、あくまで第1宇宙意識である。
第1宇宙意識に入ってしまえば、そこは神の世界であるから、もう二度と地上に戻ることはないのである。
あとは永遠の生命の中で、一体化意識の霊界を目指して宇宙意識を高めていくだけである。

神側から見たら、この世のつまらないことに意識が囚われて、いつまで経っても一番大事なことに目を向けない、というのがほとんどの人間である。
知らないから、ということもあるが、いつまで経っても、真の精神世界というものが広がってこないのも寂しいものだ。
今回は、第2段階の宇宙意識である神の世界について、話してみたい。

第2段階の宇宙意識は、ニルバーナ(涅槃)である。
第3段階の宇宙意識は、霊界であるから、そのすぐ下の神の世界である。

宇宙意識が分離しているのは、神の世界の振動数の違いである。
その振動数の違いは、第1第2の宇宙意識にしても、その中にまだポジティブ性が残っているためで、進化すれば、自動的に次の宇宙意識に入っていくのである。

イエスの教えは霊界へ、釈迦の教えは涅槃であった。
釈迦は、この世の苦悩から解脱し、涅槃を目指すように教えたのである。
イエスは、真理に目覚め、そして霊界を目指すように教えた。
今回は、ニルバーナの世界について、いろいろ話していこうと思っているので、まず涅槃(ニルバーナ)が、一般的にはどのように説明されているか、それから入りたい。

ネットで検索してみると、涅槃は、悟りと同じことだとあったが、これは仕方がない。
このことを分かりやすく言うと、悟りの合格ラインがあるとすれば、それをクリアすると第1宇宙意識に入っていくと思っていい。
だから、ニルバーナは悟りなど関係ない、もっと深い霊界に近い意識レベルになる。

悟りという言葉も、だれもが分かるところで線を引ければと思うが、やはりこれはこの先も絶対無理である。
涅槃の世界に関係していることを説いているのが、「般若心経」である。
「般若心経」は、観自在菩薩が、知恵第一といわれた高僧の舎利子に、涅槃の意識を説いているといった内容である。

要は、仏陀に近いレベルの僧が一番弟子に霊的秘密を教えているといった内容なので、当然一般の人が理解できるものでも、頭で分かるものでもない。
ニルバーナの意味は、「吹き消すこと」「吹き消した状態」とある。
その意味は、煩悩の火を吹き消した状態という意味で、詳しくは、人間の本能から起こる精神の迷い(煩悩)がなくなった状態を言うらしい。

もし、この意識がニルバーナ意識だとすると、私は違うと言いたい。
このくらいの意識は、第1宇宙意識レベルである。
第1宇宙意識を目指す人を安心させるわけではないが、この精神の迷い(煩悩)を全部無くさなくても大丈夫である。
そのことについては、そのうちどこかで話すつもりだ。

「吹き消した状態」の意識をニルバーナというなら、煩悩どころか、まだまだ吹き消さなければならない意識もあるのである。
それが実現した意識が、ニルバーナの世界の入り口に入れるのだろう。
私がニルバーナの世界を感じたのは、昨年の9月頃だったと思う。
それから、毎日、その世界に集中してきた。

はじめの頃は、内的に感じるものがこれまでの体験とは、まったく違っていたので、もしかしたらニルバーナの入り口?と思っていた。
その世界に集中を続けていると、だんだんその中の感じもはっきりするようになった。
それで、今年3月頃から、本格的にその集中に入った。

ニルバーナの集中時間は、仕事の関係でたとえ5分くらいしか出来なくても、ほとんど毎日続けてきたのである。
大きな変化は、6月中旬頃から始まっているが、これまでの体験にはなかった意識の感じに触れている。
これからは、いろいろな神秘も分かってくるだろう、ということにも確信がある。

それは、もうすでに、まったく想像も考えもしない体験をしているからである。
私自身が一番驚いたことは、ニルバーナの世界は、ひらめきとかインスピレーションといった意識に近いのである。
また、この世界では、意識を動かすということも自然にできるのである。
意識を動かすというのは、自分の意識がニルバーナ意識で考えられるということである。

考えられるというのは、この世的に分かりやすくした表現である。
だから、すぐにそれがどういうことであるかの答えが得られるのである。
これは、本当に驚きしかない。
私の中で、何かが動いているのを感じる。
約1年近く集中してきたので、このニルバーナには、いつでもすぐに入れるのである。

振動的に覚えているのでも、記憶として何かを覚えているのでもない。
何もない、何もしないが、意識を向けるだけで10秒くらいで入っていけるのである。
本当に、何もないというしかないが、ニルバーナの中は神の世界である。
気持ち的には、これでいいと思えるくらいだ。

焦って、ガツガツ次を目指したいという気持ちも、それほど起きないのも不思議だ。
何か一体といった満足の中にいるような、本当に不思議な感じだ。
時々、もうこのままで充分といった感じになり、霊界のことも、特に目指そうという気持ちも薄らぐときがある。

振動的に、何がどう感じているというわけでもないのだが、特に幸せ感や満足感といった強いものも感じない。
あえて言えば、芯がすべてになっている、といった感じである。
ニルバーナの本格集中は、10月に入ってからと思っているので、また何か発見があったら書いてみたい。

自由思考自在意識~生命力とネガティブの関係! 2014/06/05

このブログは、意識に関係することに重点をおいて、長い間いろいろなことを書いて来た。
どんなに勉強をしても、意識がレベルアップしても、自分の意識も含めて人間意識を本当に分かったとまでは行かないものである。
意識を勉強すればするほど、苦しくなっていくものである。

このように言うと、だったら何もしない方が苦しまずに幸せに生きられるのではないかと、思いたくもなるだろう。
しかし、こんな単純なことで答えが出る訳も、納得がいく訳もない。
意識は、人間が唯一神(魂)と繋がっている命綱である。
この命綱を、私は「魂との回路」と表現してきた。

後で、この回路を開き易くする重要なヒントを言おうと思っている。
魂との回路が詰まっている状態や霊的なことを否定する意識を無知という。
この無知が、さらに酷い状態をネガティブという。
無知やネガティブは、魂(神)から出るサインも当然見逃してしまうだろう。
さらに、神からどんどん離れて行けば、その分罪も重くなっていくのである。

ここでいう罪とは、法律的なことでも神が下す罰でもない。
それは、自らが背負う苦痛のことである。
それは、自分を救い、神に向かう道に入るために必要な勉強量がポジティブから離れた分多くなるということである。
そんなに遠くない時代に、いつかは直面しなければならないその時に、自分のネガティブをポジティブに変化させる智恵をどうつけるのだろうか。

「何もしない方が苦しまずに幸せに生きられる」、こんな目先の考えでいいのだろうか。
2005年頃から精神世界では、「アセンション」という言葉が賑やかになって来た。
「イキイキワクワク」「2012年次元上昇」「人類全体の意識向上・アセンション」といった感じだったが、今はどこに行ったのだろうか。

今の時代は、「イキイキワクワク」出来るのだろうか。
私はずっと、こんなものはないと言って来たが、まだ夢を見ている人がいるのだろうか。
これまでずっと言って来たが、真剣に本当のことを知って自分を準備して強い意識を目指した方がいいと、また改めて言いたい。

では、「意識を勉強すればするほど、苦しくなっていく」ということについてだが。
人の目指すところ、行き着くところは、最終的に神の世界である。
意識の勉強は、今生は無理であっても最終的にそこを目指す勉強に他ならない。
自分や人やこの世の意識が間違っているから、本当のことを理解する勉強をするだけだ。

本当のことが分かれば、それだけ神に近づくが、それでも神の世界は見えない。
意識がどんなにレベルアップしても、神の影の影の影を見るまでは、まだまだだ。
ずっと神に向かっていく道を歩くことになるが、意識がレベルアップすれば、それだけ次を目指す内容も高度になっていく。

これが、「意識を勉強すればするほど、苦しくなっていく」という意味である。
しかし、客観的にこの世を眺めることが出来れば、自分の意識は何もしていない人に比べれば、驚くほどの違いがあることに気づくはずである。
この自分の意識レベルに確信を持てれば、無知な状態に戻ることも思い出すことも、二度とイヤだと言うだろう。

何も知らないレベルが上を見ても、賢明な答えも出せないだろう。
何も知らないレベルが大声を出して主張する無知は恥ずかしいことだ。
自分自身でまともな答えを知りたければ、上から見下ろすことだ。
上というのは、ポジティブ意識や真理側からという意味である。
そのくらいは、しっかりと意識の勉強をすれば誰でも可能である。

次に、「意識回路を開き易くする重要なヒント」について話そう。
これも、これまで何度も言って来たことと同じであるが、もう少し納得がいく形で説明しようと思う。
どんなことも真実、真理は一つなのであるから、そこをどう理解するかで意識向上の早さも違って来るだけだ。

これまで人間は長所を伸ばせば、大体のことはうまく行くと教わって来た。
確かに間違いではないと思うが、これは人間社会のことだけにしてほしいと思っている。
意識の世界、意識成長の世界では、先ず短所、欠点、ネガティブに焦点を当てる。

長所を伸ばす、知識を集める、はっきり言ってこれだけでは使いものにならないのである。
勘違いしないでほしいことは、これがいけないということではない。
どちらに重点を置くかの比率で言うと、ネガティブ性克服のためにそうするのである。

ここからが重要な点になるが、難しいと言われてもこれしかないので何とか理解出来るようになってもらいたい。
神方向に向けての意識レベルアップは、エネルギーが必要である。
そのエネルギーは、生命力と思っていい。
生命力というのは、肉体的体力と精神に関係する生命力とがある。

いくら体力があっても、精神に関係する生命力が弱いと前に進めないのである。
何故なら、神に近づくというのは、霊的振動数が上がるということになるからである。
普通の人がこの振動に触れれば、疲れたりグッタリしたり眠くなったりするかもしれない。

私は、この高いエネルギー(生命力)に、何度も耐えながら段階を上げて来たのである。
ただ、この精神に関係する生命力は、ネガティブの中や意識的訓練で準備していない意識には入って来ない。
この準備が意識の勉強ということである。

真理を知らない意識に、どうしてこの生命が入って来られるだろうか。
また、びっしりネガティブで詰まった意識に、どうしてこの生命が入って来られるだろうか。
この生命も、高い段階になると、分かりやすく言うと質が変化する。
変化すると言うよりは、自分のネガティブがどんどん無くなって行くことによって、より精妙性を意識で感じるようになるのかもしれない。

私たちが、いつでも早く神に近づくためにやれる一番簡単なことがある。
それは、自分のネガティブを外して生命力を引き入れ触れることである。
これは、人間なら誰でも出来ることである。
この体験を通し、何かきっかけを掴むことによって、あなたの意識世界は大きく変化するだろう。

自由思考自在意識~モヤモヤ、ムシャクシャ、イライラ、何だこのくすぶり感は! 2014/04/15

これは、どんな人にもある気持ちの中で感じる閉塞感や思いのつまづきと言っていいだろう。
おそらく、何かにつけ一生自分につきまとう感情なのかもしれない。
感情といっても、普通の感情とはちょっと違うかもしれない。
何故なら、普通感情が起こるときは何か理由とか原因があるからだ。

しかし、このモヤモヤ、ムシャクシャ、イライラは、訳も無くといったときもある。
それで、周りの人や物に八つ当たりしても何も変わらないしすっきりもしない。
いい年して、周りの人や物に八つ当たりするのは大人気ないし、恥ずかしいことだ。

それなら、ひとりでムッと黙りこくっている方がまだカワイイかもしれない。
どちらにしても、この訳の分からないくすぶり感が続くと本当に精神的に疲れる。
さぁ~こうなったらどうする、何かこれから抜け出せる良い方法はないのか。
当然その方法はあるけど、しかしこれを自分のものにするには意識の訓練と時間も必要だ。

それをやれば少しずつだけど、このくすぶり感からはかなり解放されていくだろう。
逆にそれをやらなければ、このくすぶり感は、一生ネガティブパートナーとなるだけ。
結局、ネガティブに対しては、何にでも意識の訓練とか慣れるということが、どうしても避けては通れないということになる。

私は、このモヤモヤ、ムシャクシャ、イライラのくすぶり感がずっと前に何であるかに気づいていたから、早くからその意識訓練を実践的にやって来た。
当然、20年も前からこのような感じも徐々に少なくなり、いつの間にかまったくこの感情に支配されることも無くなっていた。
時間はかかったが、これも人生全体をみれば早く無くなってよかったと思っている。

すぐにあきらめる人がいるが、それは意識に関係することをあまりにも早くやろうと焦りすぎるからである。
焦りは、結果的にほとんど失敗に終わることは目に見えている。
何故か、意識のことなのに、答えを欲しがったりすぐ満足できる結果を求めたりするからだ。

いつまでもこんな考えでは、何をするにしてもムダに時間がかかり過ぎるだけである。
「モヤモヤ、ムシャクシャ、イライラのくすぶり感」の正体は何か?
いろいろな見方はあると思うが、これは普通に考えればこうなるだろう。
自分の思い通り行かないから、何か不満があるから、迷って答えが出せないことがあるから、あいつの言ったことが頭から離れないから、また自分自身が気に入らないから、というのもあるかもしれない。

このようなことははっきりしているので分かりやすいが、それが原因ではない。
私が気づいたことは、それを何とか出来ない自分がいけないということだった。
くすぶり感は、自分の魂が、それを処理出来ない自分がいる、ということを暗に教えてくれていると思った。
ということは、それから抜け出せば、魂はくすぶり感を出して来ることもないだろう、と思った。

私はそう信じて、モヤモヤ、ムシャクシャ、イライラの感情コントロールに入った。
長い時間を費やしたが、それを単に克服出来ただけでなく、この感情コントロールが他の感情や意識のつまづきやふらつきにも、微妙に関連していることまで分かった。

私はくすぶり感の克服を通して、魂からもっとすごいことに気づけるように誘導されたのだ。
それが、人間の意識は、内的といって潜在意識の中ではいろいろなことと関連しているということである。
これが分かれば、潜在意識のことも早く理解出来るようになるだろう。

これは意識の勉強の中に入ることだが、知識を集め思考するだけでは本当に分かるまで行かないだろう。
すべての意識の勉強は、実践的なものでなければならないのだ。
これまで言って来た、知識をいくら集めても理解納得まで持っていける人はいないと思っている。

知識を集めたり瞑想をすることは、基本的には重要である。
これが無ければ次に向かうことも出来ないからだ。
思考と経験の大きな違いは、途中で変更が可能か不可能かだけで、ここに重要な答えがある。
これが分かれば、何が一番大事か、どう進めるべきかのポイントが分かるだろう。

それが自分にとって、絶対的理解になれば必ず順調に成長向上していくはずである。
あなたも、自分の意識の目安として「心の温度計」を持つといいだろう。
「心の温度計」とは、普通の温度計を自分の意識の感じとして置き換えたものになる。
無知、感情的、ネガティブは、温度が冷えてマイナス方向で下がって行くのみ。

頭の働きも、体の動きも悪くなるだけだ。
「くすぶり感注意」の温度設定は、どの辺にしておきますか?
その逆は、温かい方向へ上昇となる。
知恵、理性的、ポジティブは、温かさを感じていられるだろう。
自分にあった心地良い温度の中で、さらに自己意識のレベルに努めるべきだ。

頭の働きも、体の動きも良くなり、あなたにあった温度も分かってくるだろう。
温度というのは、意識状態として考えてもいい。
「心の温度計」は、自分の感情を見たり、気づいたりすることにも使える。
「心の温度計」を、自分が使いやすいように工夫するといいだろう。
それは、水銀が上昇するか下降するかのように、自分のポジティブネガティブ度も意識的反応として使えるだろう。

最初は、何か目安となるものを置いた方がやりやすいこともある。
これもレベルアップしたら、「お役目ご苦労さん」にして自分から切り離すのである。
モヤモヤ、ムシャクシャ、イライラの解消方法から離れた感じがしているかもしれない。

しかし、今回話したことをよくよく考えてみてほしい、これが意識なのだ。
きっと、この内容から何かを掴めるはずと私は思っているのだが。
はっきり言うと、モヤモヤ、ムシャクシャ、イライラがある限り、意識成長は遅くなるだろう。

モヤモヤ、ムシャクシャ、イライラは、まだまだ子供のグズリの延長と考えていいだろう。
モヤモヤ、ムシャクシャ、イライラのくすぶり感を、子供がグズっているときは、どういう意識状態になっているときかを考えてみるといいだろう。

ここまでが子供で、これを克服したときから大人、として分けることも出来るかもしれない。
実際はこうなるかもしれない、「子供」「大人もどき」「大人」。
簡単に、モヤモヤ、ムシャクシャ、イライラといっても、こうなるにも人それぞれ事情がある場合もある。

今回の説明は、あくまで普段感情的に自然になってしまうレベルのことと思えば、少しは注意しやすくなるだろう。
しっかりやっていけば、早いうちにこのくすぶり感は半分以上無くすることが可能である。

自由思考自在意識~限界ある人間世界は、狭すぎる! 2014/04/05

私が独自に行っている波動振動測定も、そろそろ佳境に入ってきたという感じである。
今私は、この世で最高レベルの人物?の意識測定をしている。
すべて、アカシックレコードリーディング(ARR)でしか知ることの出来ない人物である。

今のところ、30名集まったが、40名まで集めたいと思っている。
おそらくこれで、この世では最高レベルの意識振動を知ることは間違いないと思っている。
この人物というのは、大師とか大聖者レベルの方々である。
人物と呼んでいい場合と人物というには・・・、という方もいるが、それは良しとしよう。

最高レベルの意識振動といっても基準がないと想像も出来ないと思うので、一応の目安となる人物(聖者)の名前を挙げておく。
ラーマクリシュナ、ラマナ・マハリシ、シルディ・サイババの意識レベルは、今調べている方々からみると低い意識レベルとなる。
低いといっても、人間的なレベルで見ているのではなく、あくまでこの世の最高意識レベルから見た特殊振動の有無で分けているだけである。

最高レベル意識というのは、ヒマラヤ大聖者や聖書に登場する大聖者方や、神話などに登場する神々である。
以前私が調べた12大聖者もこの中に入っている。
日本で名前がついている大師はここには一人も入って来ない。
空海であっても入って来れない。

神話の中の神と祭られている人物(聖者)も、少しずつ調べていこうと考えている。
これだけ測定すれば、最高レベル意識はほとんど出て来るだろう。
今回は、本の中で登場する大聖者やその他の人物の意識振動測定をやってみたが、それで30名のすばらしい意識振動に触れることができた。

私も、このレベルの意識振動を見極めることが出来るようになったので、このような意識振動測定を徹底してやろうという気になったのかもしれない。
世界には、いろいろな神がいるので全部測定することはきびしいだろう。
出来る限り、誰もが知っている神に焦点を当てていこうと考えている。
その神が存在していない場合は、「いない」といったレベルの波動が出て来るので分かる。

中には、イエスより前の時代に存在した大聖者方もいるが、たとえ年代が現代より遠くても意識振動ははっきりと出て来るのである。
さすがに大聖者レベルの意識である。
現時点で発見したすばらしい神は、トート(古代エジプトの知恵の神)だ。
トートはかなり遠い時代(何万年前か?)になると思うが、振動から存在していた。

今のところ、このトートの意識振動は、この世では最高レベルである。
この意識に集中したとき、私は意識脳の上から電動ドリルで穴を空けられるような意識的感覚を感じた。
そのおかげか、それから何か霊的回路が少し開いたようになっている。
このトートの意識振動に似ているのは、私が以前調べた12大聖者の最高レベルの「レメク」である。

これからもっと深く集中していけば分かると思うが、トートとレメクは意識振動レベルから見て同一の魂ではないかと思っている。
30名近くの大師、大聖者レベルの集中をしていたら、今ある意識のさらに上の天が開けて何かがうっすら見えた感じがした。
この集中を続けていくと霊的回路が大きく開くだろうと思っている。

これから40名の大師、大聖者の意識を選び出して、それにしばらく集中を続けていく。
目標は、この方々の意識振動のすべてを意識化し、いつでも意識の中で自在に再現出来るようにすることにある。
これで神々といつも一緒にいられる。

これで、この世ではこれ以上に求めるものは何もなくなるはずだ。
こうしていくことで、霊的原理も感じて行けるはずだ。
この世で求める最高は真理だけではない。
それと一つである、霊的原理がある。
霊的原理は、大聖者方が使う神秘能力の秘密である。

大師方、大聖者方、祭られた神々の意識振動を知ることによって、意識進化の道もさらに明るく輝きを増すだろう。
この明るい道をより歩きやすくするための勉強が、「意識の勉強」である。
焦るな、飛ばすな、よそ見するな、一つ一つ基本を固めよ、一本の道があるのみ。

入り口はたくさんあるが、それはいずれ一本の道になる。
真理以外の道を期待するな、それは幻想だ。
確実な一歩が、ゴールに到達する一歩だ。
自分の意識が変わるのではない。
到達、ゴールは、目覚めた本当の自分の意識に戻るだけだ。

悪夢の世界にあるのはネガティブだけだ。
目覚めた者は、二度と悪夢は見ない。

自由思考自在意識~どうすれば、自分は変われるか? 2014/03/26

今回で、このブログの記事のカウント数が295になった。
この間、ブログの変更を何度か考えたこともあったが、何とかここまでつないで来れた。
今回から、また新しいカテゴリーを追加して、さらに内容を拡大していこうと考えている。

これまでの「不思議体験分析」はまだ終わっていないので、これも続けていく。
もうそろそろ、精神世界的な枠から脱した意識世界を目指していきたいと考えている。
「自由思考自在意識」は、私の中ではもう一つ別なブログと考えている。
新しくブログを増やしても大変なので、このブログの中でこれまでの記事内容と関連させながら、いろいろな話をしていきたいと考えている。

どういうことか、少し内容を説明しておきたい。
これまでは、あるまとまった話を一つのカテゴリーの中で納まるように説明して来た。
ただ、いつまでもそれをしていると、自由が利かない。
そのカテゴリーから外れたことは書けないので、どうしても私自身まで限定されてしまう。

これまでかなり深い内容のことも書いて来たので、そろそろと思った訳である。
それで、これからは何の限定も束縛もなく、その時浮かんできたことを本当に自由に書いていける場として、この「自由思考自在意識」を今回から用意した。
もちろん、核となるのは意識で、本物の意識で自由に考え、自在に意識を泳がして見つめ、感じたことを書いていこうと思っている。

話す内容が毎回違っていても、意識を理解するということが中心であることは変わらない。
勉強にならない、意識成長にならないことは書かない。
易しいか難しいかも考えない、どこに焦点を合わせて話しているか、これも私の自由。

早速、始めていきたいと思うが、今回は問題提起と言ったら大げさになるので、私が勝手に大事だと思っていることを考えてみてほしい。
「意識の勉強」という本当の意味ってわかる?
「精神世界」って、本当の意味をわかってる?
「宗教」って、本当は何なのかわかる?

本当の意味、それを知っているかということだけど。
この世にあるすべての知識を集めても、絶対分からないことはたくさんある。
それでも、知識優先にしたい?
たくさん本を読めば、意識が成長すると思っているんじゃないの。
何のために、意識成長とか向上って必要なのか・・、本当に何のために・・

こう言っても、知識を集めることは悪いことではない。
知識が無ければ、何も始まらないのは確かだ。
言いたいことは、知識の料理の仕方を知らないで知識をいくら集めてもたいして意味がないよ、ということだけ。
「意識の勉強」の仕方は、この世の勉強法とはまったく違うということを知るべきだ。

学校の勉強法と思考癖が根深く残っているので、思考と意識の違いが分からないという人は多いだろう。
これからはちょくちょく、頭が良くなる、機転が利く、判断力が増す、先が読める、自由な発想が出来る、「意識の勉強」の仕方も話して行きたいと考えている。

いろいろ角度を変えた意外な発想法、なんて言うのも面白そうだ。
先ず、「意識の勉強法」で大事なことは、「観念」と「自分を知る」ということだ。
この世に生きていれば、今生きている自分の意識は「観念の塊」と言っていい。
「観念の塊」=「自分自身」これが正解。

しかし、私の中では「観念の塊」=「自分自身」は、「冗談じゃない!」の思いだった。
今はこのレベルから、絶対的理解と意識変換によって抜け出している。
どうやって抜け出せたか、たくさんある中でもとても大事なその条件とは何か?
それは、この世の「観念」を知り尽くし、それから経験を通して脱皮していくことだ。

この世の「観念」といったが、「観念」というのはこの世の意識のことなのだが、この意味についても深い所まで知る必要がある。
まず、「観念」について、徹底して知悉するべきだ。
よく、「あなたの観念を捨てなさい」とか「今の観念を手放しなさい」とか言う。

その前に、「それがどういう意味か、その意味を知りなよ」と言いたい。
「それは無理なことだから、また後で苦しむから無理してそんなことする必要なんかないよ」、と私は言っているけど。
もういいだろう、一時的にその気になる方法は!もういい加減うんざりだろう。
いつも同じ所を徘徊し、いつまでも繰り返すのは止めて、本当の意味の世界に入りなよ!

この本当の意味を知ればいいだけだ。
「意識の勉強」とは何か?
それは、本当の意味、本当の言葉の意味を知ること。
その意味が、必ず次の成長につながるものであること。
それ以外の意味の無いものは、躊躇無く捨てること。

本当の意味は、1回で分かるものではないし、この世には本当の意味などない。
本当の言葉の意味を知るという流れに入れば、観念意識の仕組みも分かってくる。
観念の仕組みが分かることが意識向上で、そしていずれは観念からの脱出につながる。

どんな人も、とことん前進して行ける能力を持っているのだ。
一人ひとり、早くそれに気づいてもらいたいと思っている。