生命意識に生きる

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生命意識に生きる(52)~成長したい!その成長の意味は? 2011/08/18 

前回説明した「意識で動く」の話しは、その先もいろいろつながっていきますが、それは今すぐ出来ることでもありませんので、今回は別な意識の話をしたいと思います。
これも重要な内容ですので、しっかり熟考してほしいと思います。
精神世界というか、心、意識の勉強をしている人は、誰でも早い成長を求めています。

この誰もが口にする、成長とか向上という言葉を別な角度から考えてみたいと思います。
成長向上については、ここでは自分の内面意識に関することだけに焦点を当ててみます。
心理学、哲学、精神世界、宗教、その他、人間の精神や人生に関係するものなら何でもいいのですが、人はこういうものを通して自己成長の勉強をしていきます。

「何のために?」
さらに向上したいから、人生に必要だから、惹かれるから、心配不安から逃れたいから、これに関係する仕事に就きたいから、ビジネスをする上で大事だから、何となく興味があるから・・
こんな感じであげていけば、いくらでも出てきます。

ではここで、誰かが自分を成長させたいからという言葉を出したとします。
普通なら、その言葉に何か引っかかるものはないでしょうし、また違和感もありません。
しかし、あえて、その成長という言葉とその言葉を出す人自身の意識に焦点を当てて考えてみたいと思います。

「成長したい、成長を目指している」
この精神世界の勉強でいう成長とは何を目標として言っているのでしょうか。
私が知っている中では、けっこうその目標があいまいでとりあえず成長を目指す、そういう意味で成長という言葉を出す人がけっこういた、という印象を持っています。

勉強すること、イコール成長ですので、これ以外の成長を考えたいと思います。
精神とは、自分がこれまで生きてきた、本来はすべてと関連している意識を表しますが、一般的意味では、心とか意識で自覚できる内なる自分といった感じです。
すべてと関連しているのですから、精神と簡単に使っている言葉でも、本当はその範囲はかなり広いのです。

それは、心、意識、精神世界、無意識、まったく気づかなくても霊的な意識とも密接につながっているのです。
ですから、一般的に思われている精神は、非常に限定された本当に小さな世界になります。
狭い意味の精神という言葉で動くと、意識の世界を大きく広げることも難しくなります。

ここでは、そういう狭い精神の世界から離れ、成長し続ける意識を見ていきたいと思います。
あなたが精神の勉強を始めたとき、まず何を目指したのでしょうか。
最初は、ブームに乗ってでも、友達がそういう本を読んでいたからでも、テレビでやっていたからでも何でもいいのですが、そのまま勉強を続けた理由は何でしょうか。

では、その理由で始めたこの勉強は、それからどのくらい経ったかは分かりませんが、あなたは成長しましたか?と聞くと、ほとんどの人は成長したと答えると思います。
では、満足するくらい成長しましたか?
と聞くと、ほとんどの人はうつむくかもしれません。

当然、何を持って成長なんだ、何を対象にして成長なんだ、と聞かれればその判断基準はありませんし、細かく説明することも困難になります。
今見つめたいことは、そういう細かいことではなく、大きく分けた人の意識成長の段階を明確にして行ければと考えているだけです。
成長を意識するなら、自分の意識成長に気づく、また弱点補強も大事なことになるんです。

結局、しっかりとした目標を持って進んで行くほうが、勉強の成果として自分でもはっきり分かる結果が得られると言いたいのです。
はっきり言って、それは何でもいいのです。
どんな疑問からでも、突き詰めて行けばゴール向かっていくのです。
人間意識の成長のゴールは神意識以外無いのですから、その内容も入れて考えるべきなのです。

私はこのような考えで動いていますから、その人がどこからスタートしても結局は真の成長という段階にもって行けると思っているのです。
ですから、この精神世界を勉強するにしても、どんな目標でもいいですからどういう自分になりたいか、目指したいかをはっきりさせて勉強した方が効率がいいのです。

そうして進んだ方が、必要なものが自然に分かるようになり、また求めて行くようになります。
先ほども書きましたが、意識はすべてと関連しているのです。
あなたは、この意識がすべてと関連しているということの本当の意味まで知らないと思います。

今その説明は省きますが、だからダメにもなる、またさらに成長もして行くのです。
ダメになるというのは意識の関連として例を出せば、悩み相談を受けても一時的な回答では時間が経つにつれて、ほとんど元の自分に戻ってしまうということです。

「何故?」
簡単です。
深い意識の部分で、他に関連している部分まで変えていないからです。
結局、何も変わっていない圧倒的多数意識で、一時的、その気になったものはいずれ潰されてしまうということです。

人間が変わるということは、ここまでやらなければならないのです。
こういう深いところの自分も知らずして、人は簡単に変われるという考え自体、自ら単純な人間と認めていることになるのです。
そう認めても、簡単に変わりませんが。
これで少しは気づけたと思います。

成長とは何か、その意味を知ることです。
単純ないつも普通に使っている言葉ですが、深く見つめるとたくさんのヒントが入っています。
精神世界の本を読んでいるだけでは、私はそれほど成長にはつながらないと思っています。

もちろん、知識はたくさん集まり広い見方も出来るようになって行くことは、そういうことも成長に違いありませんが。
しかし、私の言いたい成長は違うのです。
どこまでも自分の力で、智恵でいろいろな問題を、また高い意識のレベルアップまでずっとやって行けるか、その土台を持つことをここでは成長という意味で説明しているのです。

ですから、精神世界の本を読んで自分は成長したと言っている人を、否定しているということではないのです。
あくまで、もっと広い意識の自分を、一生自分を守り高めて行ける自分を、ということです。
その土台作りはあるんだ、と言いたいだけです。

意識、精神に関する勉強は、必ず迷ったり壁に当たります。
その時の迷いかたで、その人の成長度を知ることが出来るのです。
迷いや壁の内容が分かったならば、それを越えた時の意識がどうなるかも分かるのです。
私はこれまでたくさんの人とセッションをして来ましたが、中には本当によく勉強しているという人もたくさんいました。

それでも、ほとんどの人は悩んでいます。
勉強しても、何かがしっくり来ないというのが、自分をスッキリさせないのです。
その「何かがしっくり来ない」がポイントなんです。
内的高級意識は、これを知るように教えてくれているのです。

私もみんなと同じか、それ以上に厳しい状態を乗り越えて来たのです。
最初はどんな人とも同じで何も知らないところからスタートし、このブログにも自分という証拠を残して来ましたが、私は自分の成長のさせ方を知っているのです。
そのエッセンスをまとめて、なるべく分かりやすく説明しているのです。

何度も言って来ましたが、「自分自身を知る」を徹底してやらない限り大きな自己成長は夢の夢に終わるでしょう。
まとめると、成長とは何なのか。
意識の詳しいことを知って行くことです。

それは知識から始りますが、脳はこの世のこと見える感じることしか分かりません。
見えないもの、この世で無いものを分からないというだけで、受け入れを拒みますか。
この理解は難しいのではなく、充分に慣れさせていない、そして訓練不足なだけです。

生命意識に生きる(51)~意識で動ける自分を目指し、普段から・・ 2011/08/11

私はこれまでたくさんの意識的訓練をして来ましたが、そのほとんどは今考えれば本当に基本的なことだったと思っています。
霊的にどうのこうの、次元がどうのこうの、悟りが、解脱が、神との一体化が、魂の浄化が、その他いろいろレベルの高いことをやっていると思っていました。
今、冷静にそのときの自分を分析してみると、「お粗末」なレベルでした。

しかし、これも誰もが通る道で、また一つ一つ超えていく段階となるのです。
誰も最初から出来ている、また出来るという人はいないのです。
もし、私が過去のある日、朝目が覚めた瞬間からすべて出来るようになっていたとしたら、おそらく誰にもその道は教えることは出来なかったと思っています。
おそらく、その自分もどうしてそれが出来るのかまったく分からないと言うでしょう。

意識の大事なところ、本当にポイントとなるところはここにあるのです。
それをほとんどの人は勘違いをし、そのせいで結局は何も得られなかったとなるのです。
今回は、このことについて説明してみたいと思います。
まず、一般的な何でもいいですからプロと言う人を思い浮かべて見てください。

プロと言われる人は、一般的に優秀といわれる人よりさらに超えた能力技術を持った人のことを指します。
長年同じ仕事に就いているからプロという意味とは違います。
その中でも、超一流を見ればはっきりすると思います。
彼らはその分野が出来るんです、といったら何を言ってるんだ、当たり前だろうとなりますが。

では、この「出来る」といったことが何であるか考えたことがありますか。
この「出来る」までの仕組みを考えたことがありますか。
まず答えから言うと、プロは自分のすることを考えているようではプロには成れないのです。
意識で見つめてください、考えるというのは大事な集中の時です。

考えない!もちろん最初からこんなレベルではおバカといわれてしまいます。
プロになって行くにも段階を通ります。
最初は徹底的に考え悩みますが、それから実際にやっていくことに自分の集中を注ぐのです。
何でそうするか?

いつも考えているようではプロではないからです。
プロはもっと先を読まなければならないのです。
たとえば、分かりやすいところでプロの棋士を例にとって見ましょう。
棋士は何十手先を何通りも浮かべることが出来ないと、その世界では無理でしょう。

私は将棋は駒を何とか動かせるくらいですが、うまくなろうと思えばやり方は知っています。
将棋は相手の手をいかに先まで読めるかだと思うのですが、考えながら駒を動かすレベルでは、もし私が強ければそういう人は相手にしません。
これを考えているようでは、はるかにその先を読める人には絶対勝つことは出来ないのです。

意識化、その結果「意識で動く」ということは、こういうことです。
思考と意識で動くでは、まるでスピードが違うのです。
また、意識で動いた状態を、これも意識で固定して覚えておかなければなりません。
こういうことを、自動的に意識と潜在意識にやらせるのがプロです。

これは努力して出来た人もいれば、生まれつき素質として前世から引き継いだ人もいます。
これを意識した訓練方法を自分に植えつければ、あとは出来るまでやり通すだけです。
私がいつも言ってきた、精神世界の簡単に潜在意識活用だけで何でも出来るは絶対無いというのは、こういうことからも言えるのです。

意識、潜在意識が何であるか、その前に心が何であるかも知らない人が、潜在意識活用とは。
もっと冷静に考えてみたら、と思っても、この世のレベルですから仕方ありません。
この世は、見える世界、結果がすぐ見える世界です。

しかし、意識は見えない世界なんです。
結果がどうなるか、すぐ出ることもあれば、それをどう確信していいかいつまでも迷うことが多い世界です。
何が本当で、何が間違っているのか、それをどう確かめてどう納得して次に進めばいいのか。

こう考えると余計に迷ってしまうかもしれませんが、しかしこういう世界なんです。
境界線も、これが答えだと決められたものも無い世界が意識の世界です。
意識の世界であるのは、あくまで真理方向に向かうということで考えれば、より良くなる、より納得できる、より満足できるといった段階が答えなのです。

当然、この世の意味と比較すればどんどんかけ離れて行くだけです。
地上の観念的人間だけがいつまでも平面を徘徊して優劣をつけ満足しているのです。
プロの世界の意識をみれば、プロにも意識段階によって差がつくわけです。
もちろん、それだけで判断できませんが、大体はこの通りになっています。

プロの話は、「意識で動く」といったことがどういうことかを感じる上で一つの例です。
このことでも少しは分かると思いますが、理解した知識の凝縮が意識となり、それが完全に自分と一体化した、すなわち意識化したものが、それについてすでに知っている自分となります。

これを、さらに深い真理の探求と内的な意識の神秘体験に応用するのです。
ですから、ただの瞑想ではそこまで行けないのです。
また、ただ一回きりの瞑想の恍惚的体験も違うのです。
さらに深い意識に入るには、意識化した真の自分がいる、それが条件なんです。
もちろん、この世的な観念が少しでも残っているような意識では、まだまだという段階ですが。

そのためにも、この世の観念を超え、いろいろな真の意味を知ることが大事なのです。
こう言うと、そこまで必要ないからと言う人もいるかもしれません。
人は、勘違いというか、何でも偏った考えをすることも注意したほうがいいのです。

「意識で動く」というのは、何も霊的なことだけを目的にやることではないのです。
私の考えは、こういう自己意識向上、そのための訓練は、この世の仕事生活にかなり役立つことでなくては大した意味がないと思っているのです。
とにかく、努力すれば段階は上がるもので、出来る方法はあるということです。

それを知らない、またそういう基本を飛ばすから出来ないのです。
また、何か別な欲を持って焦るから出来ないのです。
このような思いを持っていては、どんなやり方をしても無理だとはっきり言っておきます。
注意ばっかり、と思うかも知れませんが、それが出来れば注意は無視出来るはずです。

期待と夢だけを追うヒマがあれば、しっかり基本をやっておけばよかったのに、と思いたくなる人もいますが、残念ながら人はとことん期待を持っていたいのです。
それを教えても、難しいとか大変だと思われてしまうこともありました。
私からいえば、自分がよくなることの放棄、にしか思えませんのでもったないことです。

みんな絶対良くなる、楽しい自分が出来るのに、そんなに自分をよくする努力がいやなのか。
「意識で動く」という意味の理解、そして実際にその訓練をしていくことは、誰も簡単にすぐとは行かないものです。
だから、無理、出来ないとすぐ決め付けなくてもいいのですが。

少しづつでも、真剣にやって行けば、必ずその努力の分は自分に返ってくるのです。
今の次はゴールです。
何十年後に自分を振り返ったとき、その時間短縮で今の自分が見えるように、この先のゴールもそのような意識で見ると分かりやすいでしょう。

そのゴールに向かう道に乗ったとき、おそらく「意識で動く」ということが分かると思います。
それがだんだん自然になり、最後は自分の潜在意識化となり、いよいよ無意識の世界へといった段階になるのです。
前進は自分のためであって、この道以外に自己進化の道はないのです。

真理以外に何の自己進化の道、方法があるのでしょうか。
苦しいことより楽しいこと、これが普通に考えることです。
それは、物的に楽しいことしか知らないからです。
本当に幸せ、楽しい満足を味わうにも自分の意識でなくてはその本物はわかりません。

出来ないなら、出来るようにすればいいだけです。
また、出来るまで努力すればいいだけです。
制限期間もあなたを止める人もいないのであって、そういう権利のある人もいません。
大事なことは、「出来る」を知ることです。

出来るために、いろいろ考え、工夫し、勉強し、努力し、あきらめないでやりとおすことです。
これだけでも違うのです。
これだけでも、自分を変えることが出来るのです。
普段から、日常、仕事を通して自分が良くなることに真剣に挑戦するのです。

他のことではないのです。
自分が良くなることをするのです。
よく考えてください。
もし、あなたが一大決心して、自分の目的に向かって進むと強い意志を持った時、そういう意識も、すでに「意識で動く」が動きだしているのです。

生命意識に生きる(50)~「意識で動く」、意識向上の秘密はここにある! 2011/08/04

「意識向上の秘密はここにある!」、この説明も簡単には終わりません。
また、いろいろな角度から何回になるか分かりませんが、必ずあなたの意識成長に役立つことをしっかり説明して行こうと考えています。
この内容は、前回の「つまづき」に関連しているのは言うまでもありません。
これから説明することをしっかり真剣に見つめ、熟考してもらいたいと思います。

今回は、その基本的な話になりますが、基本であっても「意識で動く」を理解するためにはとても重要なことになります。
基本的なことですが、知らないことが多いかも知れません。
そして、この基本の延長が自然に悟りの段階を上げることにつながって行くのです。

これから大事なことがたくさん出て来ますが、私が大事だと言ったことは覚えておいて下さい。
まず基本的に大事なことです。
「意識で動く」は「思考で動く」とはまるで違うことですので、それを考えてみてください。

思考には限界があります。
思考と意識では、物事の読みや処理の早さが違います。
すぐにこれを目指すのではありませんが、最初はこの感じを掴めるように訓練して行くのです。
哲学、宗教、精神世界の内容を早く理解出来るようになるのも、その基本はここにあるのです。

何故なら、私が言いたい基本は、意識に関するものすべてにつながるものでなければならないからです。
その基本には、前々から何度も言ってきた「自分を知る」ということも入っているのです。
「自分の何を知るか」それも基本的に大事なことなんです。

精神世界をいろいろ勉強していても、「つまづき」の原因になるのは、意識の基本を知らないからというのが何よりも一番に言えることだと思います。
あなたがどんなに一所懸命に努力しても、そのポイントがズレていれば「つまづき」の足踏み状態が長くなるのです。
そのとき、意識の切り替えが出来るかどうか、それともずっと動けなくなってしまうか、どちらにしても「つまづき」はいつか必ず直面し、克服すべき試練の一つなんです。

では、「意識で動く」を説明していきたいと思います。
まず、簡単に「意識で動く」がどんなことであるかを説明すれば、誰だってやっていることだと言えます。
あなたがあなたとして、ごく自然に行動している、無意識のままに自分を表現していることが「意識で動く」ということです。

そういうと、その通りだと思えるのではないでしょうか。
ただ、その「意識で動く」のレベルを上げるためには、もっと深く意識を知る必要があります。
あなたは、自分が表現するすべてのことを自分の意識でコントロールしているか、それとも無意識的に何かの意識で動かされている自分の方が多いか、どちらでしょうか。

もし「何かの意識で動かされている自分」が気になるなら、その何かの正体を突き止めなければなりません。
また逆に、あなたを自分として動かしている何かがすべて良いものであれば、不満という言葉も忘れてしまうくらい、満足の自分でいられるはずです。
そんな人は、ほとんどいるはずもないのですが。

自分が満足出来るくらいの「意識で動く」を実現するには、基本的である勝手に自分を動かす何かを突き止め、その束縛から自由になるようにしなければなりません。
これをしないまま、精神世界の知識をたくさん集めていろいろなことを知っていると言っても、何が出来るのでしょうか、また真理にどのくらい近づいているのでしょうか、となります。

大雑把にいうと、「意識で動く」の基本的勉強、訓練はこのようなことをしっかりやって行くことにあるのです。
最終的な「意識で動く」を知るには、自分の意識は自分以外の何かに左右されたり影響を受けて動揺したりすることをどんどん無くして行かなければならないのです。

この自分を勝手に動かしている意識こそ、観念でなっている潜在意識であったり、過去世を通してずっとこれまで引き継いできた無意識のなかのネガティブ性であったりするのです。
「意識で動く」には、これがブレーキになり、思考に留めて動けなくしてしまうのです。

もっと簡単に分かりやすく表現すると、これが悪いクセとなって生きているということです。
悪いクセは時間をかけて正していけば変わるもので、それに必要なものを用意するか、それに執着させるものを手放すか、それに気づき今言ったことを進めて行けば早く脱出できるのです。

生まれて来て今の年まで、これが人間、普通と思って何の疑いもなく生きて来たのですから、こうなるのも仕方ありません。
この悪いクセは、完全に人の潜在意識を支配しているのです。
その支配下に置かれている自分を、ほとんどの人は本当の自分だと信じているのです。

はっきり強く思ってほしいですね、「この程度の自分が本当の自分ではない!」と。
それは今のあなたがどんなに優秀であっても、それ以上があるからです。
もっともっと、人はすばらしい意識段階をどこまでも上がって行けるのです。
その方向は、真理、神に近づく、これ以外に本当の生まれ変わりの目的はないのです。

だからといって、「意識で動く」の勉強のために、こういう真理の勉強だけをしていればいいということではありません。
自分のことも、この世のことも、ネガティブなことも知らないとバランスが崩れてしまうのです。
私たちは真理、神方向の勉強だけをしていれば、後は自然に悟りの段階が上がって行くということはないのです。

私たちは、この世に生きているのですから、自分やこの世のネガティブ性にも向き合って、それを理解し超えて行かなければ、いつまでも苦しい人生の中になってしまうのです。
思考から離れ、このバランスの理解という智恵でこの世を生き、同時に真理方向に意識の段階を上げていく勉強をして行くことが本当の宗教、精神世界の勉強なんです。
私の言いたい、宗教、精神世界の勉強という意味は、この世の宗教、精神世界レベルとは視点がまったく違うのです。

これが「意識で動く」ための基本的な意識の勉強ということです。
たとえ修行として10~15年くらい山に入って修行しても、そのレベルがどの程度になるかも大体は分かるのです。
瞑想していれば、何とかなることもないのです。
しっかり何とかなるまでに行くには、しっかりとした目的意識を持った努力が必要なんです。

それは修行という形を取らなくても、自己意識訓練によって十分いいところまで行けるのです。
本当の私の気持ちは、理解出来るかどうかは別にして、意識の勉強の基本を5,6時間は話したいと思っているくらい、いろいろ話すことはあるのです。
それくらい話せば、大体は分かると思います。

その話の一つに、「意識で動く」、そのための意識的訓練も入っているのです。
ただ本を読んでも、大事な意識の仕組みを理解出来るということはないのです。
本の読み方も、目的意識、その価値観の認め方、その先の動き方などを知らずしてやっているので、いつも尻切れトンボ的解放で終わっているのがほとんどです。

意識のつなぎ方を知らない人は、絶対「意識で動く」ことは無理なことなんです。
人が自然にやっている「意識で動く」こととは、その代表的なものは自分の悩みです。
これから解放されることが、基本的意識の勉強で、その成果の連続、段階アップが「意識で動く」につながって行くということです。

一回限りの悩み解放か、自己コントロール力をつけて一生自己意識の成長をして行けるか。
同じことをしていながら、焦点の当て方一つでその価値が何倍も、何十倍も違ってくるのです。
これを宗教的とか精神世界のオタクといっているようでは、自分のレベルを自ら暴露していると変わりません。

そんな恥ずかしい自分にはならないようにしましょう。
はっきり言って、基本的なことであっても、みんな何も知らなすぎる!と言いたいですね。
「意識で知る」「意識で動く」「意識で生きる」といった本当の意味は、この世にはありません。

この話は人生を支配する大事なことなので、繰り返してもじっくり話していきたと思います。
よく、この世は勉強の場、修行の場という人も、この世界ではけっこういますが、その勉強、修行は何なのか、言うだけでなく教えてあげられないのかと思います。

ポイントは、この世の自分を投げ打ってまで意識勉強、霊的修行をしなければならない、ということはないのです。
すべて同時進行、生活仕事を通して「真の意味を知る」をすれば、効率がいいはずです。
もっともっと、真理、神、霊的法則、自分、人、この世を身近に感じながら、それを勉強の材料としながら進めて行かなければ、高いレベルの「意識で動く」は程遠くなります。

そこまで目指していないから、それはいいと言う人もいるでしょう。
「何も知らない、無知」と言うことは、こういうところから出て来るのです。
それなら一切このような勉強をやめればいいのです。
何故なら、このような意識、宗教、精神世界の方向、行き先は、今言ったことを必ず通って行くことになるからです。

私はこのことを簡単な思いつきで言っているのではありません。
たくさんの訓練、研究、努力をして、その経験で得たことをあらゆる角度から検証し、さらにそれを基本に段階を上げることに成功した事実と確信を持って言っているのです。
この基本を知らずして、自分一人でやっていくにもどのくらいの年月がかかると思いますか。

現代は時間が足りないから、せめて、という思いでこのようなことを言っているのです。
人がこの世界の勉強が分からない、難しいというのは、この基本を知らないからなんです。
それが「つまづき」となって自覚出来るまでも、相当な努力をしなければならないのです。

とうぜん、どの段階であっても基本を知らないためにそうなるのです。
その基本となるのは、まず意識の全体像を知ることです。
それは人間意識の枠、またそれを大きく包含するそれ以上の枠といった感じで、意識の中に入れておくといいでしょう。
あとは、自分が理解したものを、その枠のどこかに置いていくのです。

理解の段階と集めた真理的霊的知識の組み合わせ、その次々と変化する理解の段階が自然にあなたを意識化して行くのです。
意識化、イコール自分自身、イコールそのままの意識の自分、イコール意識で動ける。
その高い段階では、あなたはさらに未知なる意識に向けて「意識で動く」を使うのです。

今回は基本的なことの一部を書いてみましたが、その範囲は相当広いものです。
もう少し基本的なことを書いてから、また細かいところを説明していくことになると思います。