魂・霊的世界

理性と意識力・・神(霊的)の法則を知っていれば、恐れるものなし! 2008/09/30 

人間意識を本質レベルから理解するには、バランスを欠いた方法ではいけません。
心理学、精神世界、哲学、宗教、これだけでも大変広い世界です。
しかし、これら全体をバランスよく理解すれば偏見や狂信というものは防げます。

そして全体的バランスのとれた見かたが出来るようになれば、客観冷静的な自分になります。
客観冷静は感情制御力を高め、それによる全体的自己コントロール力は、さらに識別判断洞察といった重要な内的意識力をドンドン伸ばして行きます。
その全体から反応する自分は、物事を論理的に考えるようになるだけでなく、分析、推測、決定、といった流れを時には瞬時にこなすことも可能にしてしまうでしょう。

これをまとめて理性とか高度な意識力とか言います。
理性の反対は、感情です。
霊的修行というものがありますが、その一段階目は自分の感情制御からです。
自分の感情コントロール出来なければ、それだけ自己成長のマイナスになるということです。

感情的になることは、自分自身を節穴状態にすることです。
わかりやすく言えば、夜、濃い色のサングラスをかけて歩くようなものです。
何も見ていない、聞いていない、大事なところもつかめない、見逃してしまう、感情的になること、それに捉われることは恐ろしい自滅行為です。
しかし、ポジティブ感情は別です。

ここで私がこれまでやって来た、一般的にはバチあたりな話をしてみたいと思います。
それは、今私が言ったことを意識化して、自分を理性的に見つめてやって来たことです。
あなたは、私の話を冷静に考え判断してみてください。

今言った全体で物事を考えてみてください。
また今回も文が長くなるかもしれませんが、大事なことですので。
これから書くのは、私自身の意識そのものですので、あなたにどう思われてもかまいません。
私は小学生のときに親と一緒に2回お墓参り、そして初詣は1回行ったことがあります。

しかし、それ以降今まで、私は墓参り、墓掃除、初詣は1回も行ったことはありません。
それだけでなく、家に帰った時でさえ一度も仏壇の前に座ったこともありません。
当然、線香の一本もあげたこともないわけです。

家には、ちゃんとした仏壇もあるのですが。
私は先祖供養が意味ないとか無駄なことだとは思っていません。
しかし、私の考えや生き方、そして目指す方向は、一般的とは違うのかもしれません。
私は先祖供養するのが生きている人の務めというより、もし先祖というものに力があるなら、私の目的達成を応援するのが当然だと思っていました。

もちろん、自分の都合だけで幸せを願うことではなく、自分の意識進化においてです。
私は、その自分の意識進化だけを完全方向に向けてこれまで努力して来ました。
よくある、霊能者が言うように先祖がその家の誰かに悪さをする、ということがもし自分に及んでくるとしたら。

こういうことも私は真剣に考えたことがあります。
こんなことはないと思っていましたが、私は自分なりに答えを用意していました。
もしそうなれば、私は先祖を無視する、心では縁を切るくらいの気持ちを持っていたのです。

もちろん、このようなことはありませんでしたが、私は先祖が恐いというのはないのです。
先祖に何かされると恐がっている人、成仏できない先祖がさまよっていると恐がっている人、そのような人は、その先祖が過去世の自分そのものではないかと思っています。
そういう人は先祖を大事にしなければ、それこそ自分自身を大事にしていないとなります。
先祖、それこそ霊的に無智な先祖が自分自身だったとは。
先祖供養はそういう人のために、自分自身を大事にするためにあるのです。
だから私は先祖に何もすることもないのです。

私の両親がお墓に入っても同じです。
また、私自身がそうされても、そんなことはどうでもいいのです。
ただ、当家の墓以外の周りのお墓がキレイになっているのに、当家の墓が雑草に埋もれているようでは周りの人に迷惑をかけることになるので、その点だけは気をつけるつもりです。

今まで、このような考えで来ましたが、私自身には何も悪いことが起こっていないどころか、私は自分の魂、聖者方からたくさんの援助をしてもらっています。
そのおかげで、この世における自分の願望、目的は完全に実現させることが出来たのです。
それとも、これからバチが当るとか地獄に落ちるというのでしょうか。

何も知らないということは、それこそ、それ自体恐いものです。
私が証拠になります。
私は大変努力もしましたが、ずっと幸運でした。先祖供養もせずに。
私はつい最近、瞑想の中で自分の魂に向けてこのように言いました。

「今まで私を援助してくれてありがとうございます。私はあなた(自分の魂)に感謝のお礼をしたいと思います。本当に誠心誠意そうしたいと思っています。感謝の言葉、そしてありがとうございますの言葉を何回も言う方法もありますが、私はそれをしたくはありません。何をすればあなたが私の感謝の気持ちを受け取り喜ぶのでしょうか。」このように意識を向けました。

静かな状態の中で次のような感じのものを受け取りました。
「何回も感謝の言葉だけを唱えてどうして神が喜ぶであろうか。それは神をバカにしていることだ。神を何だと思っているのか。神をだます行為は一切やるな。そんな言葉を言っている暇があれば自分をもっともっと高めるか、人のためになることをしろ。イエスや釈迦そして聖者方は何のためにこの世に来たのだ。人類のためではないのか。だったらお前が私(魂)に感謝し喜ぶことをしたいというなら、人のためになることを一つでも多くすればいいことだ。私の同胞(聖者)が何のためにこの世に来たかが解れば、私の喜びが何であるかも自ずと解るだろう」

私はこれですべてのつっかえが取れました。
今あなたが気づいていることと、それ以上のことを私は解ったと思っています。
ほとんどの人は、神をどう思っているのでしょうか。
神を本当に知っているのでしょうか。
もちろん真の神を知るということは出来ませんが、それでは知っているという言葉を使わず、ではどのくらい神に近づいているのでしょうか。

ほとんどの人は神というものを解っていない、そのイメージすら超未熟なものだと思います。
○○の神、○○神、○○神様、その他人が信じている神、私はそのような神は知りません。
また、考えたくも信じたくもないだけでなく、そのようなことは一切浮かびません。

どうして、神でないものを神として見なければならないのか、神は一つであるのに、どうしてあちこちに神がいるのか。
よくも何もない神をどうして信じられるのか、とても私には理解出来ないことです。
でも、神を思う気持ちは悪いことではありません。

言っている意味が違うだけです。
神が喜ぶこと、それは第一に私が神に近づくことでした。
ただいつも意識レベルを神の方向に向けて近づくことだけを自分の人生の目的としてここまで来ました。
そしてこれからも今までと同様に、いやそれ以上の意識で死ぬまで近づいて行きます。

そうすると、私の魂は喜ぶのです。
今までもそうであったように、これからも私を守り続け援助してくれるでしょう。
当然です! 
私は神の愛する仲間たちに少しでも役立つことをしようと思っているからです。

人は何を恐がっているのか。
都合のいい考えで自分の魂をだまそうとしていることを暗に知っているからなのか。
それを心のどこかでバレないか心配なのか。 
お粗末すぎる。

魂からは私たちの思い、行為、すべてバレバレ、ミエミエなんです。
無智、何も知らないから罪を犯す、恐がる、未来を心配する。
いつもこれじゃ、心の休まるヒマはないでしょう。
それでは、真の幸せや喜びが何であるか、それを一生知ることも感じることもないでしょう。

私は神に感謝の言葉もあまり言わず、これからも先祖にも線香の一本もあげないでしょう。
何故なら、私自身の意識がそのモノ(一体感)だからです。
自分がそのものだったら、他に何がいるのでしょうか。
自分を信じられないことが、行為として何かを惰性でやらせるようにするのです。

魂(神)だけでなく、自分まで信じられない、自分自身とも一体なれない、何だこれはです。
最後に、私が絶対最高と信じているものについてです。
私はそれに自分の命を預けています。 
それは覚悟の上で信じていることです。

それは自分の魂(神)です。
魂と言ってもこの世の魂ではありません。
ちょっと神秘的知識がいることかもしれませんが、そうなのです。
どうしてその神レベルの魂を差し置いて、先祖供養が大事なのでしょうか。
先祖供養だけでなく、他の神を信じることもです。

冷静に理性的によく考えてみましょう。
一体どちらに本当の力があるのでしょうか。
考えてみても解りませんか。
神が解りませんか。 
先祖はせいぜい霊的未熟な人間に過ぎないのですよ。

死んだら成仏出来るなんてないんですよ。
この意味もいろいろありますが。
未熟がどうして仏になるんですか。 
死んだ者に対する畏敬の念というものですか。
いつまでするんですか。

と言っても、常識を疑われてはこの世的に人との付き合いにも支障が出て来ますので、ここはこの世に合わせて行きましょう。
この世はせいぜいこんな程度でいいでしょう。
あなたの意識がポジティブ意識であれば、すべて余裕で出来るでしょう。
この世は神以下なんですよ、すべてが。

それが、本質的にどんないいことを自分にもたらしてくれるのでしょうか。
これから、こういう私に大きな罰がやってくるのでしょうか。 
それこそお笑いです。
私は理性的に判断して言っているのであって、ひどいことをしろとは言ってはいないのです。

優先順位です。 
神に近い方に多くの力を入れたほうが良いと言っているだけです。
それは、あなたの意識が霊的方向に進化していくことに力を入れるということです。
神の法則を知って行くと、あなたは安全な意識の場所に置かれるのです。

でも、今生きている人のほとんどは、本当のいい世界が。
知らないというだけで恐いみたいです。

サハスラーラ集中訓練法・・25年間の経験で集中法を指導して行きます! 2007/08/29 

潜在意識、潜在能力の開発、またヒーリング能力を高めるための、一番の訓練方法は何かです。
ズバリ、サハスラーラ集中訓練法です。
サハスラーラとは、チャクラの中の第7チャクラ、私はここを第三の目として集中しています。

第三の目は第6チャクラとなっているものも多いのですが、
私は、長年の数多くの不思議神秘体験からここが第三の目と確信しています。
人それぞれです、私は実際に自分で出来たことを証拠として進めているだけなんです。
ところで、サハスラーラ集中訓練法というものを検索で探して見たんですが、無いですね。

私の探しているのは、こうでないかという適当なものでなく、実際にやっている方法なんですが。
はっきりしたものが無いようなので、そろそろ私のセッションで指導しようと考えています。
私がいままで25年間、毎日やってきたサハスラーラの集中訓練の方法です。

解かりやすく!
毎日、ウソじゃないですよ。 
25年前、自分で考えてやったことは、今考えればお笑いです。
何をやったかというと、脳の中の松果体に集中して振動させる、それも実際に動かそうと。

いやぁ!大変苦労しました。
2年間くらいやっていたと記憶しています。 
もちろん真剣にです。
結局、出来ませんでした。 
何を勘違いしていたのか、実際に脳の一部を動かそうなんてね。

お笑いの2年間でしたが、でもそれで相当な智恵を得ることが出来たんです。
このおかげで。
何でも、あきらめずに真剣に続けるものですね。
それからは、いろんな方法でサハスラーラの意識的、そして振動同調のすべてを訓練しました。

自分が理解、把握出来ることすべての集中訓練をして来たんです。
結果的には、潜在意識の次の無意識段階に入ることも、意外に早くできたと思っています。
その他、この振動集中の潜在意識化でいろいろなことが出来るようになったんですね。

不思議、神秘、これからの霊的進化など、まだまだ可能性としての先があるんです。
チャクラの最高点、サハスラーラ。
この集中訓練を25年間、証拠もたくさんあります。 
参考にするには、十分だと思いますよ。

私は今、自分のHPの内容を大幅に改良して、11月に更新しようとがんばっています。
そのときに、瞑想とサハスラーラ集中方法を載せます。
この2つは切り離すことは出来ません。
サハスラーラ集中法に慣れてくれば、「気」や「パワー」を使わないヒーリングも可能です。

今、私がやっているヒーリング方法です。
すでに「気」や「パワー」のことは頭にありません。
現在の私自身は、サハスラーラの集中訓練はしていません。  
いつも自動集中状態です。
一日中、サハスラーラ(松果体)が振動しています。

強力に振動しているのが感じられます。
この振動の段階を変えたり、自由に強くしたりすることができるんです。
これでいろいろなことも出来ます。 
つまらないことですけど、例として、この振動で天然石や宝石の透明度や輝きを増して、グレードを上げることもできます。

この3,4年、仕事のことで時間を取られていたので、やっと来年から超神秘の世界に入れます。
神秘の世界の話をたくさん出来るようにしたいですね。
すこし本当のことを、今から話しておきましょう。
サハスラーラ集中とその場は、自分の魂や霊的世界、そして霊的な力と接するための焦点です。

ですから、その必要条件はポジティブ意識です。 
テクニックでやろうとしても無理です。
しっかり目的意識を持って行きましょう。
あなたの思いはすべてあなたの魂に筒抜けですから!
ポジティブ意識、簡単です。 

あなたが自分に素直で純粋であるだけでいいんです。
それが、一番難しいんだ、という声が聞こえそうですね。
純粋性を真に理解する説明を聞けば解かります。
また、この集中訓練は一生やるべきものです。
人間の潜在能力は、潜在意識の調整によって、あとあと大きく変化することもあるんです。

私自身、何も考えていなかったことが、どんどん可能になって行ったという驚きを感じています。
サハスラーラ集中訓練は、霊界に続く意識の順序(道)の案内役みたいなものです。
普通の瞑想では得られない意識の現実が、どんどん展開して行くでしょう。

私は、皆さんがやるだろう意識的訓練は、今までにほとんどやってきたつもりです。
いつも一人でやって来ましたから、失敗の山です。 
だから何でも質問して構わないんです。
「朝、目覚めたら出来る自分がいた」、そんなかっこいいことは一つもありません。

やってもやってもうまく行かない、いつも重苦しい、そんな中で一つ一つ積み上げて来たんです。
ある面失敗の山は宝の山です。
そこから宝を探し出してしまえば、その山はただのくずの山です。
波動振動の意識的理解は、潜在意識開発にはとても重要なことです。

サハスラーラの振動訓練は、それを意識的に理解させてくれるでしょう。
そうすれば、波動振動の智恵でこの世を新たな意識で見ることもできるようになります。
すべて意識です。 
リラックスした意識状態で物事を変える世界です。 

これが創造の世界です。
ポジティブ意識が何であるか、真の自分創りのために、しっかり基本的意識固めをしましょう。

サハスラーラ集中訓練法・・振動集中の前にイメージ訓練を 2007/05/31 

サハスラーラはポジティブ意識そのものの場です。
いずれこのサハスラーラ(松果体)の位置があなたの潜在意識の場になります。
そして、そこからより深い世界と意識とのコンタクトが始まるんです。
私は、この勉強を始めたころからこのサハスラーラに集中訓練してきたんです。
これ以外のチャクラの集中は、これに比べれば一時的なものでした。

このサハスラーラの訓練などは、誰も詳しく教えてくれる人などいませんからね。
ですから、サハスラーラの集中訓練は自己流で本当にいろいろなことを試してきたんです。
何が正しいか、集中訓練しておかしな状態にならないか、思い通りレベルが上がっているか、いろいろやって、いいところだけをとって、いい結果のみを次なる土台として積み上げて来て。

25年続けてきた結果が今です。  
私は大満足しています。
もちろん、これからもここから未知なる意識の世へと入って行きます。
今回は、私がやってきた基本的なサハスラーラの集中訓練を話したいと思います。

すでに、サハスラーラ(松果体)の位置は知っていると思います。
これからは、しっかりとその松果体の位置に集中できるようにしておくことが大事です。
たとえ、見えない脳の中でも、しっかりその位置に意識を向けられるようにしてください。

そうすれば、必ず集中すればその位置、そこがサハスラーラ(松果体)となります。
自分の集中がそうだと言えるくらい、自信を持つことが大事です。
最初からあやふやな感覚は付けないようにすることが肝心です。
まだ先があるんですから。

では、松果体を振動させましょう。
まず、イメージからです。
小学生の理科の実験で音の勉強で使った音叉を思い出してイメージしてみてください。
共鳴とかではなく、単純に音叉を打ったときに音叉自体が細かく振動している状態です。

もちろんこのような振動をイメージできるものであれば、何でもOKです。
音叉が左右に振動している状態をしっかり意識でイメージします。
それが完全にイメージ出来たなら、その音叉を松果体に変えてみます。
松果体そのものが左右に細かく振動している様子をイメージします。
これは完全に出来るまでは脳の中でなくても、外でイメージしてもいいんです。

しっかりイメージ出来たなら、始めて脳内の松果体を意識して、それを意識で掴んで、深く集中して、松果体が振動している様子をイメージして行くんです。
早く慣れようと急いでやってもあまり意味はないですよ。
他の集中とは根本的に違うことをしようとしているんですから、確実に進めて行きましょう。

この方法から始め、どんどん高度な集中が出来るようになって行けば・・・
これは単なるサハスラーラの集中訓練だけではなく、意識の勉強と同時進行して行けば、この訓練は、自分が大きく変わっていくための内的拠点である新しい自分の潜在意識の場、を作っていくことにもなるんです。
いつまでやればいいのか!

イヤになるまでです。
やりたくなければやらなくていいんです。
単純な振動を完全にイメージできるようになったら、さらにレベルを上げて行きます。
松果体の振動をそれまでやっていたのより、だんだん高速にして行きます。
低い振動の時はイメージであっても、そのものの振動している振幅が目に見える感じがします。

それをどんどん早く振動させるとどうでしょう。振幅は見えなくなっていくはずです。
そのように振動を高めながら、もう一つの意識ではその振動音を聞くように集中します。
このようにして、このような訓練を繰り返すことで、あなたが今ままで使っていなかったが、これから一生使える別な感覚や意識的回路のシナプスを、確実に開き伸ばして行くんです。

今は、音叉を一方向から見た振動を松果体と一致させていました。
では今度は、音叉を縦にしましょう。

松果体の振動が今度は横から縦に、要するに左右から前後に変わったことになりますね。
前後、左右、振動を自在に高めて行きましょう。決して低くするようなことはしないように!

これが出来てきたら、次は松果体の拡大収縮を訓練しましょう。 
これは、松果体自体の拡大収縮と松果体と宇宙を関連させたマクロミクロの拡大収縮方法があります。
これが出来るようになったら、松果体集中による意識世界の振動音を感じる方法に入ります。

これが、波動振動測定、ポジティブネガティブ波動振動、この世の波動の全分類方法です。
このようなことに慣れていくと、自分の求める潜在能力開発がやりやすくなるでしょう。
人それぞれ、自分が求める潜在能力開発も違いますが、これは大基本です。

何故なら、この訓練自体が次元の壁を通りやすくする意識の自在性、自由ですからね。
振動音を感じるまでには、サハスラーラを訓練するにもいろいろな方法はあるんですよ。
とりあえず、しばらくは最初の音叉と松果体同調イメージ訓練をしなければなりません。

前にも言いましたが、意識的な訓練に余計な力を入れることは不要です。
松果体に力を入れることは、絶対してはいけません。
集中に力を入れる方法は、過去の方法だと私は思っています。
意識に力を入れると、念ですよ、この世的ですよ、注意してください。。
この世的な方法で潜在意識に集中すると、低級性に同調ということになりますよ。

より早くサハスラーラの振動を高める方法があります。
それは、高級意識、霊的意識の言葉に触れ、その意味を深く理解することです。
そうすれば、霊的振動がサハスラーラを通して同調するようになるでしょう。
サハスラーラの訓練、意識の勉強、相乗効果でどんどん意識レベルが向上!
すばらしい能力は、努力が必要! 

見世物的簡単は、努力なしでできると誘ってくれますけど!
やはり霊的法則は安心できるものです。 
これにも早く気づいてほしいけど!

私の潜在意識に組み込まれている「魂からの言葉」 2007/05/01 

今回、何を書こうかなぁと、パソコンの前でボオォ~としていたら少し変な感じに。
何となく意識が薄れていくような感じの中、何かが感じる・・・。 
とてもいい感じだ!
「神」という感じと振動、その感じのまま、じっとしていると内から言葉が出てきた。

私は意識をそれに同調させ、言葉を感じるままにパソコンに打ち込んでいった。
言葉を感じるままに文字を打っている、意識はそれ以外にない状態でそれを保っている。
こうして感じるままに、一気に打ち込んでいった文を今回は載せてみます。
その内容は、私がこれまで自分の魂からの言葉としていつも触れていたものでした。

その潜在意識に完全に定着していたものが、何かの理由で浮かんできたのかもしれません。
すでに出来ているものもあれば、いまその修行中のものもあります。
文中の「君」は、私でありあなたでも人類でもあります。
私の意識は、この文の内容であり、またその方向を目指しているんです。

今もそうなるように意識的勉強、意識的訓練、実践による証拠固めに明け暮れる日々です。
・・・神(魂)は語りかけている・・・

私は君に生命を与えよう、自由を与えよう、そして私のところに来る道を与えよう。
そして、君の不自由さを思って、大いなる機会を与えよう。
君が、私が何であるかを知りたければ、私に少しでも近づきたければ、
愛の本当の意味を知って行かなければならない。
その段階が成長である。
愛は、頭で知ることも解かることもできない。
愛を知り、愛に近づく方法はただ一つ、君が愛というものを自覚することだ。
その自覚の中には、他の人の中にある愛は関係ない。
あくまで、自分の愛を完全に自覚しなければならない。
他のすべての愛は、人の観念に過ぎない。
愛が自分自身となって、私と一体といえる。
私はいつも君の中にいて、君もいつも私の中にいる。
何故なら、愛は私そのものであるから、すべては私の中に存在するのだから、
どうして私から離れた愛がありえようか。
君にとっては、超意識を越え想像を絶する私ではあるが。
しかし、それでも私は何よりも近く君のソバにいる。
ソバにいるというのは、
私とは分離していると思っている君の思いを汲んで言っているだけである。
本当は、君の中に入る、いや君のすべてを作っているものは、私である。
私という本質の中で、君は自分を形成し、そして動いている。

君は、まだ私に気づいていないが、本当の私の存在は今言ってきたことそのものである。
君がそれに気づき、私の方に顔を向けるなら、そのときから君のことを私は気にかけよう。
そうなると、見えはしないが、私と君の意識の道が今度こそしっかりと固定されるだろう。
私はその中を通して君に光である振動を送る。
君はこの繊細な、そして脳や神経では気づかない振動を深い意識で気づき見逃さないように。
自分の意識を鋭敏にしておかなければならない。
たえず無意識の中にセンサーを張り巡らせておかなければならない。
これが何であるか、
君が深い意識で理解し、それが自分そのものになって行けば、第一関門は突破したことになる。
さあ、いよいよ次は真理の世界、私の世界へ入るスタート点を目指すことになる。
スタート点だ!
大丈夫だ、私がついている。
余計なことは考えず、もう何も役に立たないものをいつまでも考えず、ただ前に進めばいい。
私は法則上、直接君を援助することは出来ないが、
君が私のところに来るまで、私はここで待つしかないが、
いつも君の近くにいるマスター方がしっかり君を援助していくだろう。
くれぐれも、
今の状態から道を外れないように、もう一度しっかり自分の目的を自覚しておくことだ。

君のすべては見られている。
もちろん、君の心もそうだ。
本当は、君だけではない、人類、一人一人のすべてはこちらの世界からは見えている。
それは信じられないだろう。
自分はどこかに隠れることが出来ると人は思っているが、
また隠れる場所がなければ自分の心に隠れようとするが、
いくら心の中に自分を隠したと思い込んでも、
心の中で自分の両ひざを抱えうずくまっている姿は、
すべてこちらから見られているということも人は知らない。

このような人にも何とか気づいてもらいたいが、人のすべてが満たされる唯一のところは、私の中だけだと。
本当の力は何であるか、気づいてほしい、気づけばみんな生命の中だ。
だから私は、人に大いなる機会を与えているのである。
人生を何回でもやり直して、本当の自分と私に気づけるように。

大いなる機会を通して、私はいつも君が私に気づいてくれる日を待ってきた。
そして君が私のところに来るときまで、これからもずっと私は待つだろう。
これが君に対する私の愛だ。
私の愛以外に本当の愛はない。
君や、人が信じている愛は、君たちの中で通用する愛だ、それは本質ではない。
これが真理と幻、永遠と物的時間(一時的)の違いだ。
大いなる機会を与えているのはどうしてか、わかっただろう。
君が、本質に気づき幻の世界から完全に抜け出すためだ。
だから、君の愛する人にも、一人でも多くの人が幻に気づくように愛を示してあげなさい。

これらすべてのことが君の本来の使命、この世に生まれてくる理由だ。
その他に君が生まれ変わりする理由など一つもない。
それが終わったら、同じ場所を巡るだけの旅はもう終わりして、早く私のところに帰って来なさい。

自分の魂とつながる (サハスラーラ集中法) 2007/02/18 

認知療法については早く説明したいけど、その前に、「生命と愛と智恵の源の魂」について話しておきたいことがあるので、認知療法の説明はもう少し待ってください。
今回は、私が現在まで行なってきた、自分の魂との同調方法について話したいと思います。

うつ状態で悩んでいる人だけでなく、意識の勉強をしている人も、生きた実験台としての私、この私が25年間真剣に行なってきた自分の魂への思いを感じて見てください。
きっと、あなたの役に立つと思います!
私がこのような意識の勉強を始めたのは、25年くらい前になります。

その頃かその前かははっきりしませんが、どういう訳か、私は自分の魂だけに焦点を合わせ、それ以外の何かに意識を合わせるというのは、まったく関心がありませんでした。
私は子供の頃から不思議な体験をしていたせいか、それが自然に感じていたのかも知れません。

これまでの不思議な体験は、低級から超高級まで、またその種類も、小さいことまで合わせると、その数は少なくても200以上の体験になると思います。 
かなり忘れているのもありますが。
私はいつも自分の魂に話しかけています。
それは、対話ではありません。 

そのほとんどは一方的な私からの語りかけです。
それは、願望あり、要求あり、訴えあり、祈りでもあります。
大事な事は、すぐ聞いて実現してほしいということもありましたが、それは余程の時だけです。

全体的には、自分をいい方向に誘導してほしい、いつでも気づきヒントがほしい、なんですが、そのほかにも本当にいろいろこのことで、自分の魂だけを見つめてきたという感じです。
それは、長い年月の間に、緩やかにいろいろな形で誘導され、そして実現させてもらいました。

私はこの自分の意識、、魂とつながっている今の意識を何よりも大事にしています。
それは、自分の肉体の命より大事にしているものなんです。
肉体の命が無くなっても、この意識だけは失わないようにこれからも神秘的意識訓練は続きます。

いずれ、私はこの意識で動くんですから、老化していく肉体にはそれほど執着はないんです。
この意識の勉強は、どんな人にも言えますが、自分の意識を老化させることはありません。
何歳になっても、意識だけは冴え冴えでいられるでしょう。

私がやってきた自分の魂との同調の方法を書きましょう。
あなたが信じまいと、疑おうと、また私と同じことをやろうと、どちらでもいいですよ。
私は、絶対的な証拠を持っています。 
それは誰にも崩すことの出来ない証拠です。

だから、何をどう思われようが、この世の全員から私が狂った異常人間と言われようが、私はまったく傷つかないんです。
あなたも、これから自分の魂と同調して、自分の魂を何よりも愛し、裏切ることなく、純粋に、毎日、そしてヒマある毎に魂に語りかけてみてください。
魂と同調する位置は、脳の松果体(サハスラーラ)という位置です。

大体頭の中央です。 ネットか簡単な医学書で調べてみればわかるでしょう。
はじめは、そこに意識を持っていき集中するんですが、瞑想なんかでやるといいでしょう。
大きさは、点でも、パチンコ玉くらいでも、それよりちょっと大きくてもかまいません。

慣れてくれば、大きさは消してしまいましょう。
そこで魂と接する、そこに意識が在るというだけにしましょう。
決して、力を入れることはしないでください。
頭の中のどんな部位でも、力を入れる集中は止めましょう。
意識です。
 
最終的に意識で動くんですから、力は必要ないんです。
力を入れる集中は、過去の修行僧のやる方法です。 
今は、過去の方法は必要ありません。
この方法で私は出来ました。 
力を入れた集中がいいという人は、それでやればいいでしょう。

ただし、波動障害に気を付けてください。
そこ(松果体)には魂はいません、となりますが、魂はそこには存在しないのです。
そこは、自分と魂との、無意識的な接点です。 
無意識的ですから物質的な場ではないんです。

松果体自体ではないので、それを意識してもだめということですね。
ですから、その松果体の位置から、意識でもってその見えない世界に向けて集中するんです。
それは、松果体の奥です。 
わかりにくいですよね。

少しはイメージ訓練も必要かも!
松果体が自分とすればいいでしょう。 
そうすれば、自分の内的方向となりますよね。
松果体を、どの方向かに延長したどこかではないですから、間違えないようにしましょう。

見えない、感じない、何も無い、それが自分の魂と接する場所です。
そこに、純粋な思いで、静かな思いで、魂に語りかけていくんです。
あくまで、静かな思いの中で、ひとつの思いの中で、他に何も見ず、聞かず、考えず、そして、何も感じようともせずに。

あなたのすべては、知られています。
私は何度も書いてきましたよね。
テクニックで自分の都合のいいことをインプット! 
あなたの魂はどう見ていたでしょうね。
無意識レベルでは、あなたはそう思っていなくても、それはだましです。

それもバレバレの!
この魂への集中をいつまでやるのか、どれくらいの間やればいいのか、こう思っているなら止めた方がいいでしょう。 
一生続けて、とことん高まって行ってください。
あなたの魂は、あなたが本気で真剣にやっているかどうかを見ています。

ここまで知られているのに、まだ素直に純粋になれませんか。
誰もみているわけでもないんですよ。 
誰にもバレることでもないんです。
とりあえず、ここまで訓練でも、瞑想でもして、思いをつなげて見てください。
わからないこと、知りたいことがありましたら、コメントの中に入れておいてください。

うつ病の話が終わったときに,この続きと質問などに答えて行きたいと思います。
私はこの集中のおかげで、今の意識といろいろなことができるようになったんです。
あなたも、この一番信頼できる自分の魂との同調という簡単なことを大事にしてみては!
回路を開く前に、その回路をしっかり見ておかなくてはね。

どこまでが自力でどこからが他力?(霊的) 2006/11/04 

私が確信していることです。 
あなたはどう感じますか?
私は自分のこと、ほとんどすべて、どんな人間かは知っています。
死後の行き先も知っています。
自分が死んだあと、自分の望んだとおりになるように、今までずっと、努力してきました。(これからも)

私が死んだあと、自分が望んだとおりになることは確実です。
こう言うと、「ちょっと待った! いい加減なこと言うなよ。死んだあとどうなるかぁ、そんなこと神の決めることだろう!!」
あなたもそう思うでしょう。
いや、誰もが、そう思うはずです。

でも、「ゴメンナサイ、私はいい加減なことを言いました。それは願望です」
という気は、まったくありません。
私はこのように信じ、このように努力しています。
それは、必要条件を満たすということです。
必要条件!・・・。 

それは「霊的法則の」ということです。
この世のことでいうと、入学試験、各種資格試験など、それには合格ラインがありますよね。
それは一応点数ですが、合格ラインが必用条件を満たした、認められたということです。

この世と同じ、霊的な面でもそのようなことがあるんです。
それは、この世的な知識量や名誉、地位などが合否を決める条件ではありません。
完全な霊的法則がすべてです。 
神が決めるから神の考え、神の心である、神の法則です。

合否というのは、霊的な状態に入れるかどうかということです。
それが、誰もが通らなければならない、人間の最終テストです。
それに合格するためには、必要条件を満たせばいいんです。  
といっても、これには強制はありません。
いつまでも同じ繰り返しをしたというなら、それでも可。 

どちらでも自由です。
だからと言って、「神の愛は絶大だ!」と、喜んではいられないんです。
自分で、この必要条件を満たすために一心に努力する。 
これが自力です。
やるだけのことはやった! 

これ以上、あとは自分の出番はありません。
あとは神が決めます。 
これが他力という分野です。
これを、実現しようとするには、とうぜん、霊的法則とはどういうものか、
本当に正しことを知って、理解していなければなりません。

いま、私はこの世的に分かりやすく書いています。
本当はとても神秘なことなんです。
では、もしあなたが私の前にいるとしたら、それも時間の制約もなく話が出来るとしたら、私はこの霊的法則を、あなたが理解しやすいように説明していくでしょう。

相当な時間、10時間でも、足りなければ翌日も同じ時間話すことことはできます。
とうぜんあなたの中からも、疑問が出てくるでしょう。
おそらく疑問の山ができるでしょう。
その疑問に答えなければ、あなたは前に進むことはできません。

答えを自分で探すしかありません。
精神世界の勉強をしていても、壁にぶつかる人が多いのは、この疑問を超えられないからです。
前に進めなければ、悩み、どうすることもできなく、それこそ足踏み状態です。
だんだん、このような世界から気持ちが離れていく人もいるでしょう。

せっかくのチャンスをつかんだのに、残念ですよね。
たくさんの人が、意識や神秘霊的世界を理解するために、本当によく勉強しています。
「でも、何かピンとくるものがない!」「それは、何なんだ・・・、」あなたも経験あり?

そうです、頭ではわかるが、何かが自分の中でしっくりこないんです。
それは、あなたの潜在意識が反応してくれないからなんです。
あなたの内、潜在意識が「わかった!」と言ってくれれば、せめて「その感じだけでも」
では、どうしたら、自分の潜在意識がよく反応してくれるようになるんでしょうか。

それが、これからじっくり勉強していくことなんです。 
「簡単にこうすればできる!」はないんです。 
その一つに、自力と他力の関係の理解も必要ということです。
たまに耳に入ってくる、自力がどうの、他力がどうの、それはそれでほおっておきましょう!

あなたはこういうかもしれません。 
「覚えることいっぱいあるの、ちょっと大変!」
そうしたら私は、こう答えます。  
「これも、潜在意識を喜ばすためです」と。