宇宙意識圏突入への軌道



宇宙意識圏突入への軌道(6)・・話の焦点によく集中すること! 2009/11/20

精神世界を少しかじっている人、特に自分は知っているんだと思い込みの強い人に多いのですが、私はこれまでのセッションで人の話しの揚げ足をとる人に何度か会ったことがあります。
今回はその話からいろいろと参考になる話をしたいと思います。
前回、内容が違うので説明を続けることをやめた「全部の人がそうとは限らないでしょう」ということについてです。

私たちが気をつけなければならないことは、大事な話をしているときに、話をその流れから逸らさないということです。
大事な話であれば、これはどこへ行っても言えると思います。
せっかく段階を追って話しをここまで進めて来たのに「どうして話を違う方向に持っていくの?」ということがありました。

精神世界でも意識の勉強でも、その他専門的なことでも何でもいいのですが、聞く側の態度としては、出来るだけ話の焦点に集中していくことが大事です。
出来るだけというのは、その内容がすぐ理解出来るものばかりとは限らないからです。
それは「質問力」または「気づく力」を養うことでもあります。
これは全体的集中力にも関係して来ます。

話を「聴く」ということは、同時に「自分の内にある何かに触れさせる、反応させる」ということです。
「内にある何か」というのは、今の自分自身である潜在意識のことです。
話を聞きながら、これを同時にすることはすぐ出来ないかも知れません。
しかし、そういった集中は、家に帰ってからもう一度思い出すことで、その感じはありありと浮かんで来るものです。

話を逸らす、その続きです。
「どこへ行くの?何故、話を逸らすの?」と言いたいです。
私の心は、次があるのに、今せっかくいい事を言おうとしたのに「もったいない!」少しがっかりします。
「そのあとに話せばいいじゃないか」と思うかもしれませんが、私は意識の段階の流れで話していますから、その時を逃すと理解しにくくなることもあるのです。

話を聞く側としては、新しく聞く話には、素直になることも大切なことです。
「素直になれ!」と言っても「すべて受け入れろ反論するな!」ということではありません。
それは、今答を出さなくてもいいから、まず大きく受け入れなさい、受け入れられなくてもいいからとりあえず受け止めるくらいのことはしなさい、ということです。

自分勝手に、自分の思い込みの中の判断を優先されては、新しい智恵など理解出来るはずもないのです。
このくらいは判断して欲しいですね。
もっと冷静になって。
元総理の福田さんではないですけど、「あんたと私は違うんです!」

これは何も人をバカにしたり、差別していることではありません。
それでも、そう取る人もいるかもしれませんが。
私は絶対的自信を持って、その人にいい智恵を理解納得してもらいたいと思っているだけなんです。
私は、あなたにとって一番良い方法、効率のいい方法を知って欲しいと思っているだけなんです。

これと同じような言葉を言った訳ではないのですが、ある人に、私が絶対という言葉を入れて話したことがありました。
そのとき、相手の方からこう言われました。
「絶対という言葉を付けるのはおかしい、この世には絶対というものが無いんだから」
私は心の中で思いました。

「ダメだ、こんな考えじゃ!」と。
「今何を話しているの、そんなことにも気づかないの、何しにここに来たの、大事な話を置いてこんなことにああでもない、こうでもないを話さなければならないの」ですね。
しょうがないので、そこで私は物質界の限界意識について話してあげました。

しょうがないというより、あまりにもそのことにその人がこだわっていたからです。
この世の限界意識とは、その裏にはこの世には絶対が無いということです。
宇宙霊界を含めた全体意識で物事を考えると、一番いい方法の一つだと思っていることには、私はどうしても「絶対」という言葉を付けたくなります。
それは、「真理的絶対」とは意味や解釈が違う、ニュアンスが違うということくらい普通は分ってくれます。

私は、その人に言いたかったことがあったが抑えました。
何を言いたかったかというと「あなたは本当の絶対を知っているのか、だったらいまここで絶対を想像してみたら、あなたの言う絶対は何を根拠とした何を基準とした絶対なのか」と。
今これを読んでいるあなたは「真の絶対」を考えられますか?想像出来ますか?この意味分りますか?

これを知ることは、思考でも、意識でも無理なんです。
何故なら、これは真理だからです。
はっきり言って、真理はこの世には無いんです。
その段階まで到達していない、近くにもいない人が、話の中で「真の言葉の意味」も知らずにこだわること自体、意識の焦点がズレているわけです。

これと同じような言葉が、「全部の人がそうとは限らないでしょう」です。
精神世界を勉強しているなら、「それくらいは超えろよ!」と言いたくなります。
私がそんなことも知らないで意識の勉強を教えている、と思っているのでしょうか。
こんな意識では、こんなことにこだわっているようじゃ、意識向上も遅れてしまうでしょう。

こういう人は、大事なポイントが何であるかをつかめないということを、自らバラしていることに気づいていないのです。
私は、ほとんどそうすることが難しい、それには並外れた努力が必要だ、ちょっとそれはあなたには厳しい、ということを言っているだけなんです。
それは、絶対無理とか出来ないということを言っているのではないんです。

それは85~90パーセントくらい厳しいことだと言っているのです。
でも反論する人は、その厳しいという中から外れた10パーセント内に自分がいる、自分は人とは違う特別だと思っているのです。
だったら「何で今の意識なんだ!」と言いたくなります。
自分自身を知らない、困ったものです。

きれいごと、かっこいい言葉、そんなものはどうでもいいんです。
要は、出来る自分になる、出来る意識になればいいだけです。
順序があるんです。
これを段階追って理解納得、そして確信の意識まで自分を高めて行くと、このことだけでなくいろいろなことが説明出来るようになります。

見えない意識の世界でも、出来る限り説明して理解出来るようにしていかなければなりません。
こうやって、意識の道を上がって行くしか全体を理解する方法はないのです。
また、声が聞こえそうです「それだけとは限らないでしょ。」、またか・・・
心理学や精神世界だけでは無理があるのです。

そしてこの理解は学問ではないのです。
生きていることが理解、生命に触れることが理解、喜びを知ることが理解です。
そして、今自分がいるから、理解出来るんです。
意識を難しく考えて、すばらしい自分自身を遠くに離さないで欲しいと思います。
誰が代わりにやってくれるわけでもない、アセンションで自然にいいとこに行ける訳でもない。

誰かのアドバイスだけでうまく行くわけもないのです。
これに気づいて自分を大切にしながら成長していく人達に、喜びが順にもたらされるだけです。
神の中にあっては、不平等も不公平もないのです。
最初から、神の中だ!これが答えです。

信じないから、信じられるようにいろいろな教えがあるだけです。
すべて理解してしまえば、宗教も精神世界も何もいらないのです。
それを知って、人は上を見るか今を見るかだけです。
その今は、宗教と精神世界、上は喜びの中にいる解脱した自分自身です。

宇宙意識圏突入への軌道(5)・・「疑う」にも、ポジティブ意識で・・・ 2009/11/14

前回に続いて、[疑う]ということについてもう少し説明したいと思います。
人が普段何気なく使っている言葉にも二面性があります。
要するに、視点を変えてみればどのような意味にも取れる、良くも悪くも考えられるといったことです。
ちょっとした人とのトラブルは、大体この言葉の意味の取り違いや勝手な思い込み、また先走り的解釈などが原因となっていることが多いでしょう。

そこで、そんな勝手な反応に直結しているのが感情です。
感情といっても、自己防衛的、プライド、差別意識や感情から来る怒りや憎しみなど、けっこう心に残る、いつまでも根に持つといったものです。
このような反応をしていること自体、意識的自己コントロールが出来ていないという証拠なんですが、一般ではこれが普通なのかもしれません。

結局、自分の意識レベルを自ら自己暴露をしていることにも気づいていません。
当然こういう人は「感情」という言葉は知ってはいますが、「感情」の真の意味まで知っていないのです。
それが普通、それが人間、それで自分は正常という自分勝手な観念漬けになっています。

結局、ただ自分の「感情」のままに動かされているだけで、その低い意識レベルに支配されているだけとなります。
意識を知っている人は、このような人間はすべてお見通しということです。
この世で言う「それが普通、それが人間」、こんなレベル、もっと疑ってみたら!・・
「自分を知る」意識の勉強としては、感情コントロールの知識と智恵は初歩の段階に属するものに過ぎません。

自分だけで不愉快になってブツブツ言っている分にはまだいいのですが、ネガティブ感情は人に迷惑をかけます。
人に迷惑をかけるだけでなく、自分の意識成長もほとんどないでしょう。
年ばかりとって大人?
こういう人もたくさんいるでしょう。

学歴も高く一流の仕事に就いている人の中にも感情的な人もいるでしょう。
感情に支配されるままではなく、感情を支配する自分になることです。
人を疑う前に、自分を疑ってみたら?ポジティブに。
意識の勉強だけでなく、感情コントロールはどんな修行においても大事なことです。
どんな仕事でも、一流以上になるには感情コントロールは必要最低条件だと思います。

ネガティブな「感情」は「動揺」です。
「動揺」の背景には無知、別な道に意識を向ける回路が無いために起こる「戸惑い」の表現なんです。
自己防衛の自分が一番やりやすい方法で、精一杯感情で表現しているだけです。
いろいろな場面に出くわした時、そこで別な道に意識を向ける回路がいくつかある人は、けっして一本しかない感情の道に引き込まれるような支配的暗示には乗らないのです。

感情、それもネガティブ性であればあるほど、最終的に自分にとっても大きなマイナスになって戻って来ます。
こう言うと「全部の人がそうとは限らないでしょう。」
こう反論する人もいると思います。
そういう人は、ハタから見れば一見なかなか冷静な見方、広い見方が出来る人、という風に見られるかもしれませんが。

こういう言い方をする人の心の裏を読んで見ましょうか、疑ってみましょうか。
このまま続けたいのですが、今はこの話ではありませんので次回、これについて分析説明します。
話を戻します。
「運」ということがよく話しに出てくることがあります。

「あの人は『運』がいいよね、どうしてそうなるのかね~。」
何だかんだ言っても、人間関係にも根本には利害関係が強く影響しているものです。
「運」にもいろいろな現れ方がありますが、ここでは人間関係の中の「運」について話してみます。
面接でも何かのことで自分が選ばれるでも、適材適所という言葉もあるように、まずは求める側の条件に合う順に選ばれて行きます。

では、集まった人達のレベルがほとんど横並び状態だとするとどうでしょうか。
ここで本当の選ぶ側と選ばれる側の意識レベルが問題になるのです。
利害関係が生ずるところでは、けっして気分で選ぶということはありません。
こんなとき、私ならまず感情を見ます。
そのように誘導して分析します。

感情的な人は、物事に簡単に囚われやすい、冷静と感情の内部対立、その分物事をしっかり見つめることが弱くなり節穴状態の思考になりやすい。
もし、集まっている人が感情的にも大して差がないなら、次の意識を見て行きます。
それは「言葉」の意味の広い理解です。
「言葉」の意味を限定的にしか理解していない人は、次に向かう発展性が乏しい。

とりあえずの「知識力」でもいいのですが「意識力」のある人にはかないません。
こういうと文才のある人の表現力と思う人もいるかもしれませんが、意識レベルでの見かたは表現の置き換えではなく意識の発展性をみます。
こういう場合「運がいい」はないのです。
見ている人はしっかり見ているし、判断する人はしっかり判断しているのです。

スカウトする人は、相手を選ぶ場合、その分野での将来的意識の流れを読んで行きます。
そういうと「賭け」というだけの感じを持つ人もいるでしょう。
当然将来のことですから「賭け」には違いありませんが、意識的全データを駆使した賭け」ですから普通に知っているレベルとは違うのです。

最後はすべて意識、一般的に言えばセンスです。
もちろんそれぞれの分野のセンスで考えなければなりませんが、人間意識の知恵は基本です。
レベルの差もありますが、逆にこちらから相手を判断してしまうこともあるはずです。
みなさんがいつも自然にやっていることを、それがどういう意味があるかまでは真剣に考えていないだけです。

ずべて自然、普通を、完全に知り尽くせばいいだけなんですが。
「言葉」の意味にしても、「自分自身を知る」にしても、私たちは「疑う」という、それも正しくしっかりと「疑う」ということがとても大事になるのです。
正しくしっかりと「疑う」ことをするには、冷静で客観的な自分がなくてはなりません。

それに、出来るだけ多くの知識、それも単なる知識ではなく一生ブレない知識でなくてはなりません。
しっかり疑って下さい。
また、考えを変えなくてはならないのか、また違う方法テクニックを付けなければならないのか、また、また・・・、いつまで同じことの繰り返しはやめです。

一生ブレない、それどころか雪ダルマ式にどんどん大きくなっていく意識力の積み重ねはいつの間にか「自信」の裏づけとなって行きます。
それは、本質レベルの知識、智恵以外にはありません。
人はいつも目先だけを変えることを求める。
それも仕方ないかもしれません。

それ以上のものがあるということ自体、ほとんどの人が知らないからです。
それには当然努力が必要です。
自分をよくするための自分のペースでやっていく努力です。
本当は、言葉の意味からしてこれを努力というのが正しいかどうかと疑ってみたくなります。

こう考えると、「努力」という本当の意味を説明したほうが早いとなりますが。
「言葉」の意味一つ変えることで内的意識感覚による世界もガラッと変わるものです。
簡単な例としては、コマーシャルの言葉、キャッチコピーと言えばすぐ分るでしょう。
私自身は超ポジティブ人間ですが、浮ついたハッピー人間ではありません。
かなり冷静に物事を見ているポジティブ意識です。

このブログも「ポジティブ意識の智恵」ですから「疑う」という言葉の意味も当然ポジティブな意味から見ていることになります。
見方、角度を考えましょう。
ネガティブな見方をすればとことんネガティブにはまって行きます。
その結果は、「苦」です。

「苦」という字はネガティブです。
では、この「苦」をポジティブに考えるにはどうしたらいいでしょうか。
分りますか? 
まず最初にやることを。
それは、「苦」という字から来るネガティブ反応から自分を逸らす(視点を変える)ことです。

意識についての話、それもほとんどの人の知らない仕組み、本質は山ほどあります。
書くと実際に話すのでは、その言葉に含まれる振動レベルも違いますが、これから少しづつしか書けませんがこんな感じで進めて行きます。
いつでもそうですが、書いたことが全員理解納得するということはありません。
それは、人それぞれ意識が違うからで、それが意識レベルの差です。

次回は、この「宇宙意識圏突入への軌道」を休んで、意識勉強には本当に大事なことが書いてあるクリシュナムルティの「自我の終焉」という本について説明したいと思います。
まだはっきりしませんが、2~3回くらいになると思います。
忘れてました。

次回は、「全部の人がそうとは限らないでしょう。」という意味の説明で、そのあとにクリシュナムルティの「自我の終焉」です。

宇宙意識圏突入への軌道(4)・・正しくしっかりと、「疑う」ということについて・・・ 2009/11/07

「疑う」について説明する前に、自分はどうして疑わなければならないのかという思いや感情を考えてみると理解が早くなります。
もちろん、「疑う」ということ全般に対してです。
おそらく、一貫した自分というものはなく、その時々の反応で動いていると思います。
この大事な「疑う」の意味を根本から知ることも意識の勉強のひとつです。

「疑う」は、ポジティブにも、またネガティブにもどちらにも取れるものですが、その奥にある自分の「疑う」の意識を知ると、誰もがビックリするくらいのあいまいさに気づくと思います。
「疑う」の本当の意味を知り尽くし、それをコントロール出来るとかなり物事をスムーズに運ばせることも出来るようになります。

これを説明するにはかなり長くなるかもしれません。
そのくらい私たちが普通に浮かんでくる「疑い」について、十分知っておいたほうがいいのです。
今精神世界の本を読んだり、勉強している人は、一体何を求めて精神世界を勉強しているのでしょうか。

それは、宗教についても言えることです。
本当のことを知りたい、本質真理を知りたい、霊界とか高い次元の世界に触れたい、自分の潜在能力を開発したい・・・、こういうのは自分の成長を願う人の気持ちです。
そんなことより、願望実現で幸せを手に入れたい、それとも何かわからないけどとりあえず顔を突っ込んでおけばいいことあるかも、一発逆転のテクニックを知れるかも・・・こういう人もいるでしょう。

空しい努力によって挫折を味わうのも、立ち直れば勉強の一つになりますが・・・
逆に、まったく逆の感情を抱いて、長い間この世界を憎んで行く人もいるでしょう。
どちらも勉強しながら、一度は真剣に「疑ってみたら・・」と言いたくなります。
ここで分かることは、「疑う」にも疑い方があるということです。
それが、ポジティブ的かネガティブ的かという「疑う」の仕方です。

「疑う」ということは、言葉だけを聞くと何かよくないことだと思う人も多いでしょう。
一般的に、人生を世の中の動きのまま、周りから教わった事だけで流されて生きている人は、「疑う」という意味は一つしかありません。
それは、習ったとおりの「疑う」という意味です。

では、私自身はどうか。
私はいつも疑っています。
そう言うと、心の中が一瞬緊張していきなり体が硬くなる感じになった人もいるでしょう。
そんな感じの人には「ちょっと、待った!!」と思わず声を出したくなります。

意味が違うんだよね。
どうしてみんなそのまま考えてしまうのか。
どうして、みんなに通用する観念だけで動いてしまうのか。
そんなクセつけると、新しい発想なんか出てくるはずないよ。
それで自分を苦しめていれば、世話ないね。

言葉の意味は、もっともっと広く、いろいろな角度から見られないとね。
もっと、疑ってよ!
いつもの「疑う」じゃなくて、その前に慎重に考えてみてよってことです。
「疑う」を最初に持って来たら何も進歩しないよ。
「疑う」は一番最後にするんだ。

その前にすることはたくさんあるはずだから。
そういうことを知るのが、意識の勉強なんだね。
この世を、一般を、上から目線で見る!
何も根拠もなく、バカにした見方をしろというのではないんですよ。
もっと、冷静に、客観的に、十分吟味でもいいから、あらゆる角度から見ること。

この訓練をしないで、どうやって自分が成長するんだろうか。
こういうことは、ある程度生きている中でもやってるけど、それじゃ間に合わないでしょう。
何故、間に合わないか。
「ゆるやか」、過ぎるからその深い変化の過程に気づかないからです。

その点、人や世間にもまれて苦労した人は、その苦しさから自分を守るためよく見つめて来たから、そのことはかなり知っているよね。
そうであっても、逆な考えになる人もいる「人は信じられない」と。
この部分になると、相当高いレベルの話をしなくてはならないので、こういうのもあるということで置いときます。

「疑う」ということだけじゃなく、私たちが普通に使っている言葉に落とし穴があるということです。
その落とし穴に誰が落ちるのか?
もちろん、自分です。
そして、この中で将来の自分が、知らず知らずのうちに作られて行きます。

これも自分を作る要素の一つです。
人間、本当は自分というのは変えられるんです。
ただ、変え方を知らない、またその努力もしない、というだけ。
何かいい方法はないかなぁ。
随分、この言葉も耳にして来ました。

今の、こんな時代、誰にもすぐ出来るいい方法ですか?
あったら、こんな人はすべてよくなってしまいます。
もう少し、「疑ったら!」
方法じゃなく、誰かをじゃなく、自分の思考パターンを!
自分の悪い思考グセを!

自分のこのままでいい、を!
要素のない、夢や期待を!
宗教や精神世界の勉強と同時に、この世と人間の意識を考えてみるのも面白いと思うけど。
いろいろな謎が見え、解けるよ!

それが同時に、自然に自分の意識成長なんだから、そのコツを知れば面白いでしょ。
学問じゃない、自分研究。
そうしたら、自分を変えるための心理学の本は必要なくなるよ。
「疑う」、私は本当にこの言葉はいい言葉だと思います。
宝がいっぱい入っている秘密の箱かな。

「疑う」という言葉だけじゃないけど、自分成長のカギはこの世の言葉です。
ヒントとして、私は人に影響する言葉を3つのまったく違う角度から見ています。
この世の意味。潜在意識的な意味。霊的な意味。
言葉の意味だけみても、世界は本当に広い、感動ものです。
「疑う」と「言葉の意味」というのを、よく見つめてみましょう。

宇宙意識圏突入への軌道(3)・・意識勉強の一段階目は崩すことから 2009/10/19

これまで私が勉強して来た世界は、心理学でも哲学でも宗教でも、また精神世界でもありません。
では、これらのことはまったく勉強して来なかったのかというと、全部ではありませんがポイントとなるところはしっかり勉強して来ました。
かなり矛盾した言い方になっていますね。

もう少し、突っ込んだ話をして行きましょう。
何が言いたいかというと、目的意識次第で方向性や把握しようとする範囲が変化するということです。
ここで私は一体何を勉強して来たのか、また何を目標として勉強して来たのかに触れてみたいと思います。

これも何度も書いて来ましたが、私は意識の勉強をして来たのです。
この意識の勉強というのが、ほとんどの人はピンと来ないようなので少し説明します。
この世は人間世界で、すべての主導権は人間が握っています。
一つ何かが狂えば、地球上を完全に灰にすることも出来ます。
そこまで極端に考えることもないのですが、結局人間、いつの時代もその時の意識で世界が動いているということです。

すべては意識です。
その根本にある人類意識は、これまた人それぞれで高度な意識レベルでの統一感はありません。
いくつもの国があり、その中でさまざまな思想を持った人がぶつかり合い、仲間意識を作って信念とプライドと正義を主張して生きています。

こんなこと、いつまでつづくのか・・・
これまでの歴史を見れば、反省よりもっと大事なことに気づかなければならないと思うのですが。
私の意識勉強の根底にあったのは、「こんなレベルの人間ではいたくない」という思いで、それがかなり自分の意識を燃えさせていました。

同じ過去の繰り返しから脱却出来ない人類意識。
人は未来は新しいと、また新しい未来にいつも期待と夢を持って生きています。
これ自体何も悪いことでもおかしな思いでもありません。
しかし、私はそんな考えがないのです。
この地上での新しい未来、新しい世界というものにはまったく興味がないのです。

何故なら、この生でどこまで自分の求めた世界が実現するかを見ているからです。
それが無理なら人生、生きるのが嫌になってあきらめますか、また生きる意味もないですか?
と、そんな気分にもなりますが、いや若い頃は少しあったかもしれません。
でも、ありがたいことに、それから抜け出す道を気づかせてもらいました。

もちろん、自分の魂にです。
私は社会や世界が変わることを待つことはしません。
もちろん、誰かが変わることなども待ちません。
待つ、というより少しも期待しないと言ったほうがいいかもしれません。
待つ!そんな時間があれば自分を変えることに集中しようと決めたのです。

その方法が意識の勉強なんです。
自分を知らずして、何をもとに識別、判断、決定するのか・・
自分を知らずして、どうして人の深い意識が分るのか・・
自分を知らずして、どうして人世界、そして人類の歴史意識が分るのか・・
また、自分を知らずして、どのようなことで真に満足出来るのか・・

さらに、本当の自分の意識を知らずして、どうして自分の純粋を知れるのか・・
私はこの世でいう「自分を知っている」というレベルを捨てることから始めました。
そして、この世の観念という意識を徹底研究して、そこから抜け出すことに一生懸命努力して来たのです。
何故なら、自分の求める方向に近づく方法は、自分を知るという意識の勉強しかなかったからです。

意識の勉強と言っていますが、勘違いしないために、それは学問ではないのです。
意識の勉強の始まりは、自分を知るという研究と実践によって理解を深めることです。
そして、その自己確信の段階を何度も検証して、その自信を成長向上の道にすることなんです。
そのために参考となる知識が、心理学、哲学、宗教、精神世界、神秘霊的世界といったものです。

ですから、私は何ものにも囚われず、固執せず、盲信もしないで、自由に自在に意識の理解を真理に向けて高めて来たのです。
私の考えは、いつも全体そしてバランスに置いています。
何か一つの世界にいれば、どうしても偏った見方考え方になりやすいものです。
この世はこの世でしかないのです。

どこまで未来が進んで行っても、この世はこの世です。
それから抜け出したかったら、それ以上の世界にいたいのなら、自分の意識を高めるしかないのです。
何故なら、今言ったようにどこまで行ってもこの世はこの世という宿命に縛られているからです。

それを、3次元というのです。
では、この3次元から抜け出す方向はどこになるのでしょうか。
5次元?7次元?それとも1次元?
それを教えに来たのが、イエス、釈迦、聖者方なんです。
もう決まっているのですから、今さらバタバタする必要もありません。

バタバタしたい人、まったく違う次元に入りたいと思う人は、イエス、釈迦、聖者方を否定すればいいだけです。
この方々を否定するにしてもかなりの勉強が必要だと思うのですが、それとも感情で否定!で行くのでしょうか。
一度全体を単純に見ることが出来ればいいのですが、なかなか簡単には行きませんね。

考え方の問題です。
私たちには、霊的法則といって、今の力(智恵)ではどうすることも出来ない壁があるのです。
心配いりません、その壁は理解すれば最高の私たちの味方になるものですから。
しかし、人はそれを疑うのです。

疑うことは何も悪いことではありませんし、逆に現代では慎重になって疑ったほうがいいと思うことさえあります。
ただ、何も勉強もせず、自分の感情的な好き嫌いだけで根拠も無く疑うことだけはしないほうがいいでしょう。
答えはあるのです。

それはあなたの中にはありません。
真理が答えです。
それは、4次元(霊界)の世界です。
私たちの意識の勉強とは、自分の中から本当の答えを引き出せるように意識的回路を開くことも入っているのです。

それは誰でもすぐ出来ないのです。
自分が無理と思うこともありません。
当然、最初からは無理なんですから。
意識の勉強だけは、しっかりやらなければいけません。
何故なら、騙すことが出来ないからです。

誰を騙す?
自分自身を、です。
意識の勉強をした結果を大雑把に言うと、自分自身、心底から納得の喜びを感じるということです。
いくらなんでも、これだけはその気になるだけでは無理でしょう。

誤解しないためにもう一つ付け加えておきます。
心底から納得の喜びを感じるというのは、何かによる感情的なものとかその結果では一切無いということです。
つまづきの大きな原因は、人はなってみないと分らないことには努力しないということです。

誰が認めるのではなく、自分で認め解るようになるだけです。
とにかく哲学、宗教、精神世界は広い意識世界の一部ということです。
私たちは、その中だけで勉強するのではなく、このような世界を全体的にそしてその中の一つひとつを結びつけられるようになればいいのです。
最初の山は厳しく感じるかもしれませんが、みんな同じだと思います。

苦しいかも知れませんが、意識勉強の一段階目は崩すことからなんです。

宇宙意識圏突入への軌道(2)・・精神世界とは何なのか、まずそこから 2009/10/09

私たちが今勉強しているのは精神世界という分野です。
ところで「精神世界とは何か」と、考えたことがありますか?
あと「自分自身って何か」ということも、真剣に考えたことありますか?
そのほかでは、何で生まれて来たかとか、どうしてこの環境にいるのかとか・・・
いったんこんなことを考え始めたらキリがないくらいたくさんあることに気づきます。

今言ったことをさらに深く見つめてみると、唖然とするかもしれません。
何ひとつ答えを出せない、何ひとつ本当のことを知らない、ただ少しは知っているという程度の知識しかない。
そんなもので成っているのが今の自分という事実。
何も知らないというのは、知識がいっぱいあるから大丈夫というレベルも入ります。

深い意味では、それがどういうことかを本当に知っていないということです。
今言ったことをまとめた答が「何も知らないから苦しむ」ということにつながります。
人間の苦悩のほとんどは、「何も知らないから苦しむ」が根本的原因なのです。
これから完全に抜け出した意識が、イエスや釈迦や聖者方になります。
要するに完全にです。

ネガティブ意識が一切ない意識です。
ここまでは無理としても、この人生を現状から見ても信じられないくらい楽に生きられる方法があるのです。
それが、「何も知らないから苦しむ」の真の意味を知って行くことで理解出来るのです。

何もネガティブを相手にして、それをどうにかしなくてはならないというのではないのです。
だったら知ればいいだけで、ポジティブは同時進行で付いてくるのです。
そのために精神世界の勉強をしているはずです。
では、ある期間精神世界の勉強をして、その内容を自分はどのくらい納得出来たか。

まず、これについて考えてみましょう。
精神世界という、今まで知らない世界を知ったのですから、少しは成長し自分の苦しみも解放する方法を知ったかもしれません。
では、このまま精神世界の勉強をしていくと、これからの自分はどうなるかを考えたことがありますか?

人間、自分の意識が成長向上するということは、すべての点でレベルが上がるということです。
ということは、新しい世界、それは仕事でも生活環境でも、また自分の潜在能力開発でも、もっと自分を高めることに挑戦したくなるのが普通です。
現状維持で満足する人もいますが、出来るならもっと安定した幸せのために努力したくなる人の方が多いと思います。

では、いつかそういう挑戦をして行こうとする自分が、これまで付けた精神世界の知識で十分に通用するかということになります。
これは誰にとっても未知な部分です。
この答えはどの世界を見ても共通することだと思いますので、これについてもいろいろと考えてみましょう。

人が何らかの向上を目指すとき、それは自己意識向上(自己変革)も同じですが、必ずいつかその前には壁が出て来ます。
その壁は、迷い、つまづき、自信のぐらつき、先の不安心配などです。
その他にも、いろいろと複合的なネガティブが付いて来ることもあるでしょう。
しかし、これが無くて、またこれを超えなくて、どうして成長向上、成功があるでしょうか。

もちろん、それほど苦しみも無くうまくやって行く人もいるかもしれませんが、確率的にいってそのようなことを待っていること自体大きな不安が押し寄せてくるでしょう。
私から見れば、そのような人は自分の成長を止めた人、どんどん前向きに進んでいくことを止めた人です。
中には大したこともしないで、それなりの恵まれた環境にいる人も入るでしょうが。

恵まれた環境にいる人は、幸運ということより前世的な要因が絡んでいると思います。
ちょっと飛躍した見つめ方をすると、様々な世界の超一流プロを考えてみれば分ります。
彼らには自分を指導する師はいません。
いるとしても、自分のちょっとした軌道修正のアドバイスしてくれる人くらいです。

あとは、自分の向上はすべて自分で開拓して行かなければなりません。
それが一流、超一流という、完全自分流のプロです。
このような人が大して練習や訓練もせず、楽にそのレベルを保てることはありえないでしょう。
こういう人ほど、隠れたところで人の何倍も努力しているといいます。

人の何倍も努力するというのは、一般的なレベルと同じく考えないでその質を考えるといいでしょう。
ここでまとめてみますと、結局自分のことは自分で何とかしなければならないということです。
このブログもこれから先は、すべてこの自覚を促す内容も多くなると思います。

それを知ることが、意識の勉強なんです。
精神世界は、そのための参考にある程度のものです。
これはあくまで私の長年の研究と経験から言っていますので、これを否定したい方は、単なる私の考え、独り言程度に思ってください。
いずれ本当のことがわかるはずと、私も思っています。

先ほど書いた「何も知らないから苦しむ」についてもう少し詳しく話してみたいと思います。
精神世界の勉強を知った最初の頃は、いろいろなことを知った、ハッピーを手に入れた、と心からその新鮮さを感じたかもしれません。
しかし、本当はそれだけで終わりではないということです。

もっと現実を知って欲しい、そしてもっと現実的に見つめて欲しいと思います。
ほとんどの人が言う、「まるで現実を見ていない、現実的でない」というのは、私から見ればその言葉を逆にそのままお返ししたくなります。
本当は、何も知っていない人がいう言葉ではないと思っています。
逆には、知らないから単なる言葉として知っている程度で使っているのかもしれませんが。

いずれこの言葉の意味もはっきり分るように説明します。
そう言う人は、いろいろなことをたくさん知って本当に賢明でしっかりしている人なのでしょうか。
結局、だからそういう人も「知らないから苦しむ」のです。
実際、人が成長向上するということには、いつでも自分の前に必ず壁が現れるということを知っておいてください。

まず、この本当の現実を認めることです。
そうすることで、しっかりとした自己成長、向上の道を歩んで行けるのです。
この内容を知って真剣に本質を見つめて行くことが、そしてそれを確実に自分のものに、力にして行くことが精神世界を越えた意識の勉強なんです。
その基本中の基本が、人間意識という土台を固める勉強になるのです。

それも精神世界の一部です。
しかし、もっと大きな見方をすれば、精神世界も大いなる人間意識の一部に過ぎません。
何か入り組んで分かり難いかもしれませんが、とにかくこれからだと思ってください。
本当の精神世界とは何であるかを説明すれば、人間の心、意識に関わるすべての世界を含む世界となります。

一部だけを見つめた精神世界では、それは偏った見かたで、その答えは分離の中です。
どの世界でも、一部からみるようになればその答で染まるはずです。
私はこの全体を一つにした意識の勉強をして来ただけです。
それがいつの間に幸せと喜びの大満足で生きられる意識になったというだけです。
実際は、これだけではありませんが。

もっともっと、超意識の世界は広がって行くのです。
それは、人間意識の、誰もが潜在的に持っている世界というだけです。
ですから、あまり深刻に難しく考えることもないのです。

宇宙意識圏突入への軌道(1)・・大基本:思考~意識回路を開く準備 2009/09/30

この2ヶ月の間、私の意識にも大きな変化が起きたくさんのことに気づくことが出来ました。
実際には、気づくというより意識に関する全体像がはっきり解ったと言ってもいいかもしれません。
今回は、一つの大きなまとめとして、少し大げさな言い方をすれば私の28年間の霊的意識勉強で気づいたことを書いてみたいと思います。

もちろん細かいことまでは書き切れませんので大雑把にまとめると、という感じです。
ただ、私の28年間に気づいたことを大雑把にまとめて書いたとしても、それだけではあまり意味がないと思いますので、このブログでの次回からの計画として考えていることもこの後説明したいと思います。

これまで私が書いてきた読み物の中でも何度も言っていますが、私はこの霊的意識勉強は一人でやって来ました。
「一人で」というのは、ヒーリング、瞑想、その他の相談、各種の療法セミナーなどは、一度も行ったことも誰かに教わったことも無いということです。
ほとんど、本、探究瞑想、気づき、インスピレーション、神秘的霊的体験、魂の援助でここまでやって来ました。

今の私の意識レベルを素直に自分の内的反応から表現すると「大満足状態」です。
今は、いろいろ楽しく面白くやれることもいろいろ浮かんで来ますが、1日24時間ですので出来ることにも時間的制約があります。
私のこれまでやってきた勉強は、単なる精神世界ではありません。

ちょっと偉そうに言えば、形而上学というものです。
本来は精神世界も形而上学だと思いますが、今の精神世界系は形而上学を形而下で満足しようとするものです。
自分のやってきたことを簡単に言いますと、私は霊的意識を知るためにこの世の意識(観念)を完全に理解納得する方法を探し、そして潜在意識レベルで物的霊的意識のバランスをとることに成功したということです。

それが、まず自分の内的意識の大満足になっているということになります。
ですから、3次元も4次元も、すべての基本は意識でなっていますからその大基本の理解納得を目指して勉強して来たということです。
今の宗教や精神世界では、このようなことを相談できる人は誰もいないと思っていましたから、自分でやるしかなかったのです。

こんな訳ですので、私の進めてきた勉強は意識の勉強なんです。
心理、哲学、宗教、精神世界、神秘霊的なことは、そのための勉強材料にすぎません。
私が知ったことは、今ある宗教や精神世界の内容では自分の意識を根こそぎ変えることは出来ないということです。

その前の根本となる自分の意識の基礎固め、土台作りが大基本ということに気づいたのです。  
何でもそうです。
大基本である小学生の勉強内容も知らずして、次の勉強が出来る訳がありません。

これはすべてに言えるもので、超一流プロの話をすればすぐ分ると思いますが、それは機会のあるときにまわします。
精神世界の考えはとても面白いものです。
何の基本もない、心、意識が何であるかも知らない、ましてや自分自身のこともはっきり分らない。

それで、すぐ何かの能力が付く方法があると思っている。
また、すぐ願望が実現すると思っている、潜在意識にインプット!?
潜在意識がどういうものであるかが分れば、そんなムダなことはしないと思うのだが・・
ムダというのは、時間、お金、経験、智恵、将来、その他にもいろいろ影響が出て来ます。

土台である意識を知れば、すべての道に入って行けるフリーパスを手に入れたと同じことです。
それは、自由、そして自在。
そのためには、自分の意識を拡大しなければなりません。
それは意識的拡大という意味で、限定制約からの脱却、意識的解放がまず始めで必要なことなんです。

こんなことを書いていてもピンとこないと思います。
そのくらいこの精神世界でたくさんの人が壁にぶつかり、迷い、悩んでいるのも事実です。
これを解決出来る方法、そして理解、納得、確信の順で向上進化できる方法はあるのです。

それは意識を知る、そして意識で動けるようにするしかないのです。
それを願って、天から都合よく降ってくるものは一つもないのです。
過去の歴史全体から見ても分かります。
そのたくさんの行為を確率的に分析してもはっきりしているのですが、まだこのようなことを求めている人が本当に多いのです。

騙される人がいるから、騙す人もはびこるのです。
この先、騙される人が減ってくれば、当然騙そうとする人もその商売も減るということです。
それに気づくまでは、人それぞれ、それも勉強?
相手は見えない世界なんです。

この世というはっきり答えの出せる世界を相手にしているのではないのです。
答えの求めかた、そして理解の仕方、受け取りかたを知らないから何かが分からないのです。
はっきり言って、意識の世界に対する根本的同調方法が間違っているのかもしれません。

こんなことばかり言っていてもいつまでも続くので、ここで冒頭で述べたこのブログの次回からの計画について説明したいと思います。
今の精神世界をのぞいて見ると、同じようなことを書いているものが多く、そう感じている人もたくさんいると思います。
ちょっと目新しいモノがあればすぐ人が集まり、そしてそれが何も力が無いと分ればすぐ離れてしまう。

なるべく努力しないで都合よく自分を満足させてくれるものを追い求める人、それとは別に真剣に自分の意識を高めたいという人もいます。
都合よく何かを得ようとする人は、私は全く興味がありません。
その人が嫌いという意味ではなく、そんなものがないので話にならないからです。

無駄な時間と分かっていて大事な時間をお互いに浪費することもないでしょう。
意識の勉強は学問ではありません。
まず自分の意識、それから人間の意識が基本ですから、それをいかにすべてを理解出来るまでに向上させるかが勉強なんです。
意識を知るということは、学問といった知識を第一に優先させるものではありません。

その勉強は、自分の意識、人の意識、過去の人間の意識、そして未来の人間の意識、さらに霊的意識、次元全体の意識、神の意識へと、叙々に全体の理解を感じを通して意識化していく方法です。
ですから、意識の勉強は「生きている生命」が相手になります。
生きている意識、それはずばり自分の意識です。

生きた勉強は面白いものです。
しかし、簡単ではありません。
それは、最初は簡単では無いというだけで、その全体像がつかめれば今の精神世界は見向きもしなくなるでしょう。
意識の向上は、自然に、当然意識向上と併行にですが心理、哲学、精神世界、宗教の全体像も見えてきます。

この全体像が見えないため、宗教、精神世界の本をどんなに読んでも、またやセミナーに出てもいつまでも迷いの中から抜け出せないのです。
本当に、勉強しても楽になれないで苦しいだけでは、本当に精神世界、宗教って、何なの!となるでしょう。
何故、精神世界を勉強しているのでしょうか。

その目的は?
これまでもブログの中で意識、潜在意識を説明して来ましたが、まだまだ十分に説明が足りません。
HPにも読み物がありますが、私はなるべく精神世界の専門用語、神秘用語は使わないで説明しようとして来ました。

これはけっこう苦しいものです。
それなりの言葉を使えば、あやふやにも出来、文もかっこよく感じるかもしれませんが、それでは意識のことは理解出来ないのです。
私は最初から意識に関わることだけ、意識向上になることだけに焦点を当て、意識理解の大切さを一貫して書いて来ました。

しかし、そろそろ無意識的なことにも触れようと考えていましたが、その説明はかなりの内的限界を感じ苦しくなりました。
どういうことかと言いますと、その意識的感じをこの世の言葉で表現する苦痛を感じ、その壁にぶつかったからです。
これが限界です。

この意識に触れるには、各人がそこまで意識レベルを高めるか自分の意識を純粋化するしかありません。
このような意識から、このブログの役目もある程度終わったかな、と思っていました。
とは言ってもこのブログをやめるというのではなく、これからどう継続させるかを考えていました。

名言はこれまで通り時々ですが載せていきます。
それ以外では、意識の勉強という意味でこれまで私が勉強して来たことについて書いて行こうと思っています。
それを書くにも、他とはまったく見る視点や角度、また考え方、推測の仕方などをいろいろな霊的法則や真理を基本に書いてみてはどうかと考えています。

それは私が今セッションでやっていることの一部ですが、セッションに影響ない程度で進めて行きます。
全部答を言ってしまいますと私が困りますので、思考と意識の回路を自分で開けるような訓練になればというレべルで考えています。
この意識の勉強のタイトルは、「宇宙意識圏突入への軌道」です。

そろそろ本当の宇宙意識とはどういうことかも意識して、それに向かって行かなければなりません。
やはり真剣に自分を高めた意識と思っている人は、まず宇宙意識の道に入ってもらいたいと思っています。
これまでのように文量は多くしないで、出来る限り一つのことに絞って行きたいと思います。

思考回路から意識の回路を開くこと、大きな意識で物事を見られ把握できるようになることが目的ですから、いろいろな内容を扱って行きます。
あくまで中間意識を完全に理解出来るためのもので、それが自分のものになれば自動的にその上のレベルを目指せると思います。
「何でも」という全体的観点から見られればと思っていますが、長く続けるようにしたいと思います。

内容レベルは、中級そしてその前後の範囲で説明して行きます。