自由意識の目覚め

自由意識の目覚め~最高の自分を創る、自己コントロール力 2013/04/13 

重要ポイントは、「自己コントロール出来なければ、意識成長、向上はあり得ない」
また、知識は人の意識を成長させる材料に過ぎない、ということは理解出来たと思う。
何故なら、人の意識が成長するのは、経験によるのが大きいからである。

ペーパー試験でいつも満点を取れる人でも、それは人間の鏡にも、また理想にもならない。
大事なことは、意識成長は思考のみではだめで、経験が大きく左右するということである。
「悟り」について考えてみよう。

「悟り」とは、真理を理解していく段階をいう。
それは、自己コントロールの段階でもある。
「悟り」の段階は、霊的段階をとおり、神意識に近づくことである。
当然、自己コントロールもこの世的なものとは違って、霊的法則との同調になる。

この霊的法則と同調するには、この世的な自己コントロールは終わっていなければならない。
悟りの段階も自己コントロール、すべて自己コントロールが中心にある。
私たちの意識成長は、イコール自己コントロールの段階次第だと受け取っていい。

自分の意識が成長したのは、知識のおかげではない。
自分のネガティブ性を克服するために自己コントロールを覚えるのである。
完全な自己コントロールを身に付けるために、いろいろなことを勉強するのである。
それは、段階を追って真理、霊的となっていくだけである。

今、自己コントロール出来ているレベルが、今の自分で自分自身という意識である。
これで、自己コントロールは、知識ですることではないということが分かったと思う。
だから、「己に勝つ」「敵は己である」ということが、何かに付け言われるのである。

このような類いの本は、誰でも一冊くらいはお世話になったと思うが、どうだろうか。
私もこの勉強に入る前は、何冊か読んだことはあるが、結局あまり効果はなかった
その気にはなる、この手の本はそれでいいのかもしれない。

結局ほとんどの人は、望むような自己克服、自己コントールは出来ないのである。
理由ははっきりしている。
自分を知らない、意識の仕組みを知らない、原因を探求しない、進め方がわからない。

原因は、大体こんなことである。
細かく言うと、その出来ない理由はほとんど説明出来るものである。
この出来ない理由を知って、自己コントロール出来るようにするのが意識の勉強である。
このことははっきりしていることで、本当に基本的なことと言っていいかもしれない。

いろいろなことが分かったり気づいたりすると、大事なポイントが見えてくるようになる。
この世に流されていたため、間違っているこの世の正しさを盲信している人が大半である。
もっと大きな見方、考え方、捉え方、読み方、判断の仕方を身に付けていくことは大事だ。

こうして、自分の人生の中身を、すべてのことと関連させて理解し納得していくのである。
この自分を土台に、人生の中を経験し、また真実を知るために自分を動かしていく。
この積み重ねが意識成長で、自己コントロールこそがすばらしい意識訓練となる。

知識も、意識も、その意味も価値も、探求も訓練も、自己コントールも、すべて・・
そのすべてを関連させ一つとして検証していくことが成果、その時点での答えとなる。
誰かの答えではない、自分が出した答えである。

その答えが正しければ、その段階に至った人との話は通じ合えることになる。
一流、専門家、プロ、と呼ばれる人は、それを分かっている人は多いだろう。
持って生まれた素質的なものもあるが、それだけでは一流にはなれない。
ほとんどは努力で身に付けて行く、経験で、そして自己コントロールを通して・・・

そうして、段階を上げていく。
意識成長によってかなりの段階を上がっていくと、意識向上から意識進化となっていく。
意識進化の段階を、私は「悟りの段階」と思っている。
「悟りの段階」は、知識から離れていく段階である。

「悟りの段階」で、まだ知識を追っているようでは、それこそ乳離れをしていないとなる。
私にも、知識から内的世界に入る段階の時期があった。
長い間勉強をしていた本、要は知識から決別しなければならないと思った時があった。

正直、その時はかなり不安になった。
この世のものにほとんど頼らないで、意識進化を加速させて行かなければならない。
それでもすんなり乳離れが出来た訳ではなく、長い間不安定の時期が過ぎていった。

何でも簡単ではない、私がここで覚えたことは何か・・
やはり、自己コントロールだった。
もちろん、この世的な自己コントロールではなく、内的意識の自己コントロールである。
それで、私は悟りの段階は、自己コントロールの段階でもあると知った。

意識の高みに上がれば、それだけ下界がよく見えるものである。
あなたも、それが本当かどうかを確かめることが出来るのである。
意識の勉強の意味も分かったと思うので、次回からは自己コントロールに挑戦していこう。
次回からは、またカテゴリーを変えて実践的な意識訓練のことを書いていこうと考えている。

いよいよ時代は悪化していくので、ボヤボヤしてはいられない。
弱い意識ではダメだ。
これまでは、私のセッションやグッズのことには触れないで来た。
詳しく説明すると、宣伝とか、自慢話だと取る人もいる。
波動振動のことをしっかり理解するためにも、詳しく説明しなければならない。

これからは、必要なことをいろいろな例を出しながら説明していきたい。
内容は、本の下書きのつもりで書いて行くので、相当いいものになるだろう。
まず私が書いてみたいのは、この意識の勉強の仕方、焦点の当て方になる。

自由意識の目覚め~自己コントロールはネガティブ感情から 2013/04/03 

自己コントロールの深い話の前に、一般的な自己コントロールについて考えてみたい。
まず、自分を知るということは、意識勉強する上でとても大事なことだと何度も話して来た。
良いところも悪いところも、もっともっと深く本来の自分に気づくということである。

直視したくないだろうが、自分のネガティブ性に早く気づき変えていかなければならない。
それは、ネガティブに勝つためであるが、だからといってネガティブになることではない。
自分のネガティブ性をポジティブに変えるには、ポジティブの知恵が必要だと言って来た。

ポジティブの知恵は、神方向、霊的、真理の理解や、それを目指す段階の理解になる。
ポジティブの知恵を持って、自分のネガティブ性をポジティブに変換していくのである。
それはすぐに変わるものではない、時間がかかるものである。

その自分のネガティブ性がポジティブに変換されるまでの間に、同時にすることがある。
それが、自己コントロールである。
ネガティブ性をポジティブに変換していく間には、いろいろな苦しみが伴うことがある。

そういう自分の心や感情を客観的に観察しながら、心的調整をしていかなければならない。
これも時間をかけた自己意識の鍛錬となる。
ネガティブをポジティブに、そして同時に意識強化を図るのである。
このようなことを全部まとめて自己コントロール訓練という。

自己コントロールが出来てしまえば、自分の意識はこれまで以上に成長していることになる。
もう一つ、自分の変えたいネガティブ性がポジティブに変わればどうなるだろうか。
段階にもよるが、もう自分のネガティブは考えることも悩むこともなくなってしまうだろう。

もちろん、これですべてが解決したということではない。
その方法、自己コントロールのやり方が分かれば、次なる自己変革に挑戦だ。
この世レベルの自己コントロールが済めば、さらに高い意識段階の自己コントロールだ。
そこまでやらなくてもいいが、せめてこの世レベルは自己コントロールで楽になってほしい。

知識を料理し、それを活用してあらゆる意味と価値を与えて望む自分創りをして行く。
ただし、時間はかかる。
時間がかかるというだけで、引いてしまう人もいるが、そういう人はどうやって変わるのか。

今ある自分のネガティブ性、欠点は、どのくらいの期間あなたにくっついていたのか。
もし、それが子供の頃からだとすると、あなたの意識にしっかりこびりついているだろう。
それをすぐ外せるなら、何故早く取り除かなかったのか、となるだろう。

自分を自分で変えていくというのは、本当に大変なことなのである。
だから、それが出来れば喜びを感じるのと同時に、自信も付くだろう。
おそらく、次の自己変革に向けて、さらに高いレベルの自分創りが楽しくなるだろう。
自己コントロールするにも、何か一つのきっかけがあればその後は加速するものだ。

霊的修行においても、自己コントロールというのはずっと続くものである。
では、慣れるという意味でも最初に挑戦してほしい自己コントロールについて話してみたい。
それは、特別なことではなく、ほとんどの人が知っていることだと思う。
単なる感情コントロールであるが、感情といっても人それぞれの反応も違うのである。

ある年齢になると、人前で感情的になるのは大人として恥ずかしいことである。
感情といってもネガティブ感情の、怒りとか不愉快さとか、そんな類いのものである。
感情的になるということは、自己コントロールが出来ていないということである。

時と場合にもよるが、感情的になるということは、自己意識の未熟さの暴露である。
プライドが傷つけられたといって感情的になるのも同じことである。
そのプライドの価値は?
それは勝手な思い込みとか自己擁護とか自己コントロール出来ない逃げ道に過ぎない。

自己コントロールは客観的冷静さを要求される。
自己コントロールが出来ること自体、客観的冷静な自分がいるということになる。
また、客観、冷静は、意識勉強するには絶対欠かすことの出来ないものでもある。

それによる感情コントロールは、意識勉強をしているものにとっては超基本である。
霊的修行においても、この感情を抑えられなくては瞑想も出来ないだろう。
霊的修行でなくても、この感情コントロールは、いつでもどこでも訓練出来るものである。

まず、自分がコントロールしたい感情、ただ冷静に距離を見ていくことから始めればいい。
早くやろうとしても無理なので、焦らず訓練のつもりで少しづつ進めて行けばいい。
これが出来れば、きっかけでも掴めば、意識の何かがわかったり気づいたりするだろう。

感情をコントロール出来れば、もっと先が見えるようになるので、訓練する価値はある。
人間意識を勉強するには、自分の感情コントロールが最高の生きた教科書になる。
意識、すべては一つである。

何故、人はバラバラに勉強していくのだろうか。
すべてを関連付けながら理解していかなければ、いつまで経っても迷い疑問のままだ。
たくさんの心、意識があるのではない。
一つだ、神と人間も意識でつながっている。

バラバラ、分離、これを無くし超えることが出来るのは、自己コントロール出来る者だ。

自由意識の目覚め~意識向上の決め手は、自己コントロール力 2013/03/21

今回は、とても大事なことである意識向上を早める方法について話してみたい。
意識向上を早める方法というのは、イコール意識を早く高める方法と考えてもいい。
早めに結論を言っておくと、これは自己コントールと密接に関係していることである。

もちろん、これから話すことは、ここ以外にどこにも書いていないことだと思う。
どうしてそのようなことを言えるか、まず、その点から説明して理解してもらいたい。
今私がやっている意識同調は、以前話した12大聖者の同調である。

その中のイエス、マリア、シャカは12大聖者の中では10、11、12番目である。
今私が同調訓練しているのは、1、2、3番目のレメク、ノア、メルキゼテクである。
これが、この世の意識同調訓練の最後となる。

この3大聖者の同調は、この世の意識振動レベルでないため説明することは出来ない。
私が言いたいのは、このレベルまで来て、これまでの意識向上を振り返ってのことである。
私がこの意識の勉強を一から始めて、ここまで向上して来た一番のポイントは何か・・

それはどこにあるか、ということを自分なりに分析してまとめてみた。
これから話すことは、私が30年間実践して来たことから確信したことになる。
振り返って見ると、自然にやっていた、そうなっていたというしかないがその説明である。
よく考え慣れるまで少しずつ実践していけば、気づきと納得出来る結果を得るだろう。

それは「意識向上の決め手は、自己コントロール力」、今回のテーマに書いたことになる。
これは、これから意識の勉強を進めて行く上でも、とても大事なことである。
本当にポイントである、と私は強調しておくので、しっかりそれこそ意識化してほしい。

全部説明出来なければ、続きは次回に回したい。
まず、重要ポイントを一言で言っておく。
「自己コントロール出来なければ、意識成長、向上はあり得ない」
では、順番に説明していこう。
まず、何にでも言えるが、意識勉強するにはまず土台となる知識が必要である。

知識がなければ何も考えられないし、動きようもないのは誰もが同じだ。
また、注意してほしいこととして、いくら知識を集めて、それは意識向上とはならない。
どんなにたくさんの精神世界系の知識を持っていたとしても、意識力がなければ次はない。

知識収集家であっても否定しないが、真の意識向上で使う知識、思考はその一部である。
何故か、知識はどんなにがんばっても、この世という枠内でしかないからだ。
また、知識と思考と意識というものの間には、線を引くことも出来ない。
これも以前書いたことだが、このことは曖昧と矛盾をコントロールする自分がいて分かる。

あまり話が飛躍しないようにもう少し分かりやすくしたい。
ここで覚えてほしいことは、知識は材料だということである。
材料は手を加えなければそのままである。
ある料理をするために、ここにいろいろな食材(材料)があるとする。
この材料が知識にあたる。

意識の勉強とは何か、それは自分が作りたい美味しい一品を例として考えてみたい。
美味しい料理(自分が求める意識状態)を、食材(知識)を使って料理することである。
材料とレシピは一つのもので、あとは工夫だ。

煮焼きする時に材料を入れる順番、火を加える度合いなどは、経験だ。
これを間違えれば、あとで食べるのがつらくなるだろう。
意識勉強で言えば、すべての度合いは実践で自己コントロールを覚えていくことになる。
知識を自分のものにする、意識化する、それが普通の自分になるという順番である。

プロの料理人、職人はこれがコツとなる。
コツは意識化した最高の順序、秩序となった知識である。
それが自分の意識と一体化したものが、コツと考えていいだろう。
コツは教えられるか、どうやって覚えるか・・
覚えるものではない、覚えられるものはコツとは呼ばないし、コツでもない。

知識を意識化する料理は、まだまだ続く。
最後の完成に味付けがある。
お腹を空かして料理を待っている人が、酷い味付けの料理を出されたら怒りに変わるだろう。
意識の勉強においてこれは、結果、思うようなことが得られなかったとかショックに変わる。

それは実践不足、その間の過程における自己コントロール不足にある。
あなたも過去に、何かこのような経験があるかもしれない。
そのことをすべて知っている今からみれば、知らなかったからに過ぎないと思えるだろう。
今言ったことに近いことを思い出して、よく考えてみてほしい。

そこに意識の中から来る自然にやっているタイミング、反応というものがあるはずだ。
では、それはどこで知ったのか、そしてどうやって身につけたのか、となる。
それはこれまでの流れの中でついた、誰でもやっている普通の小さなことかもしれない。

しかし、意識勉強でやる実践的自己コントロールは、この延長拡大に過ぎないことである。
その土台を飛ばして、一気に高いレベルを目指す、こんなことはあり得ないのである。
また、知識を集めて思考では分かっている、というのも、本当は「分かっていない」となる。

「意識で分かる」というのは、あまり思考時間を通さない反応である。
反応でも行動でも瞬時の判断でも、そこにある障害はいつも迷いである。
知識の意識化、それが出来ているかどうか、自分でどうしたら分かるのだろうか。
これもこれからの自分を注意深く観察して、覚えていくといいだろう。

何かの判断において、それについての迷いというものが介在する時間でわかるはずだ。
もちろん、この迷いというものにも種類や質はあるが、それについてはまた話すとする。
とにかく、物事をスムーズに運ぶようにするのは誰か、だけである。

そのために必要なことの中心に「自己コントロール力」がある。
次回は、さらに深いことを話していきたい。

自由意識の目覚め~まず神に近づくことから、自分の神を直視することから 2013/03/09

「神を知る」「神を見る」「神に触れる」ということの間に線を引くことはできません。
どこからが知って、どこからが見るになるのかということは考えてはいけないのです。
最初からそのような決めつけで神を考えてはいけないということです。

「神を知る」「神を見る」「神に触れる」、これを分かる方法は一つしかありません。
それは、あなたの五感でわかるのではなく、あなたの内なる意識、感じでわかるのです。
それは外に求めても、どこにもありません。

どんな本にも書いていませんし、どんなに知識を集めても無理です。
神の属性の顕現であっても、それは文字に書いて説明出来るものではないからです。
まず、神がどういうものかを知ることが大事です。
神そのものを知ることは出来ませんので、神をどう理解していくかから始まります。

「神をどう理解していくか」といっても、神を知るということではないのです。
神が顕現する順序、神の法則といったことから、逆に神に向かっていく順序を知るのです。
神に向かう準備が、いずれ真理という段階に入らなければならないということです。

真理の勉強といっても、聖書や仏教の本を読めばすぐわかるというものでもありません。
それはいい方法ですが、なかなかスムーズに理解出来るものではないことも確かです。
説明すれば理解出来ることも、どうしても時間がかかるのは仕方ないかもしれません。

真理を知るというのも簡単ではありません。
これは難しいという意味で言っているのではありません。
3,4時間説明すれば、それで分かるというものではないということです。
本当は、順序さえ守れば、誰でも真理は理解出来るものなのです。
人は神の世界に生きているんです。

神の世界以外の世界は、混沌の世界といってこれは誰も知りません。
日本神話に出てくる混沌とは違うのです。
人は神の世界に生きていながら、神の求め方を知らないだけなんです。
人は神から遠く離れているのではなく、自分から離れようとしているだけなんです。

人はとてもおかしなことをしていることにも気づいていないのです。
ただ神に感謝、手を合わせて祈ることが神を求めていることではないのです。
そんな表向きなことはどうでもいいのです。
ちょっとした矛盾にはムキになるが、神との関係の矛盾には気づいていないのです。

何百、何千年たっても、神を真に理解することに意識を向けて来なかったからです。
私が言いたい大事なことは、自分自身に対して、本当に素直な気持ちで神を求めているかどうかだけです。
その思いが本物であると確信している人は、絶対こう言うだろうと思っています。

「宗教、精神世界など関係ない」と。
あるのは真理そのもの、そしてその自分がいるだけ、だと。
単純なことです。
神の方向に向けた勉強をしながら、本当に神を素直に求めていればいいだけです。

誰にも言う必要もない、また自分から言わなくてもいいのですから誰にも気づかれません。
何でみんなと一緒に手を合わせなくてはならないのでしょうか。
静かな時を作って、自分の中で自分の神に向かって「大好き」というだけでいいのです。

あなたの神だけでなく、どんな人にも自分の神が実在しているのです。
その神は、あなたの全輪廻転生とともにずっとソバにいたのです。
あなたのことは、あなた以上にすべてを知っているのです。
その自分の神を無視して、どうして外に神を求め、手を合わせるのですか。
今でもあなたの神は、いつ「自分の神」に気づいてくれるか待っているんです。

私は、一度も外に神を求めたことはありません。
自分の神は外に探すのではなく、意識の内深くに見いだすものなんです。
大聖者方の意識は、私たちの意識進化の大きな援助となるものです。
その大聖者方の神も、私の神も、あなたの神も、みんな同レベルの神です。
それが、霊的、神の法則です。

当然、ネガティブの人にも今言った同レベルの神がついているのです。
ただ順序として、ネガティブの人は、次にポジティブにならなければならないのです。
それだけ、神から遠いところにいるということです。
神から遠くなればなるほど、神の愛からも遠ざかっているということです。

だから、人間性に欠けることを平気で出来るのです。
ポジティブのあなたは、ネガティブの人がやることを平気で出来ますか。
出来るわけがない、それがポジティブ性、または良心というものです。
神を知るということは、これだけではないのです。
それを証明出来るものは、まだまだたくさんあるのです。

「証明する」という言葉を使うと、またいろいろ突っ込まれるかもしれません。
このようなことを勉強していくうちに、自分の内的意識にも変化が表れてきます。
あなたの中で、神の理解に絶対的確信が持てるようになると、また変化が表れてきます。

その時、それまでの自分の過去を振り返って見たとき、もっといろいろわかって来ます。
そのときからあなたは、少しずつ神を見ている段階に入っていくのです。
「神を見ている?」といっても、神は見えるものではないのです。
神は自分の意識の中で感じる、感じていくものなのです。

それは、意識の中で見るという言葉になるのです。
神を見るのは、意識の中でしか見られないのです。
霊界に入っても、人が考えるような神を見るということはないのです。
意識で神を知る、意識が神の属性の一部となる、それが自分となる、これだけです。

この繰り返し、意識レベルの進化が、いずれ神に触れるといった感じになっていくのです。
これが神との一体化の新しい準備段階に入るということです。
神の世界に生きる、神に近づく一つの気づきが、いつもそれからスタートなんです。

神方向の気づきは、いつも新鮮そのものです。
ですから、神に関する何かに気づけば、またそこから新しいスタートになるのです。
神方向の勉強は、この世の勉強とは違うのです。
この世の延長で神を求めるから、いつまでもわからないのです。

私が神を求める真理の世界は、この世とは違うのです。
この世のレベルで勉強していると、おそらく私はだめになったでしょう。
求めるレベルにも気づくことなく、この世から去ることになったでしょう。
しかし、そのようなつまづきは、すべて終了したのです。
私は大満足していると書いたことがありますが、このような意味からだったのです。

神を求める、知るにはどうすればいいか。
ズバリ
自分自身に素直になること、これだけです。
本当に、芯から素直になれば、自動的に次が出て来るものです。
自由意識の目覚め ~「神を知る」「神を見る」「神に触れる」

自由意識の目覚め ~「神を知る」「神を見る」「神に触れる」 2013/02/20

私が長い間やってきたのは、意識探求です。
まず人間、または自分の意識を徹底的に知って理解することだけが第一の目的でした。
その次が、神です。
それを、私は「意識の勉強」と言ってきました。

意識の勉強の対象は、まず自分自身です。
その他の人間や歴史などは、あくまで参考材料です。
ですから、他の人間の研究は自分を知ってからになります。
その方が、効率的にも順序的にも理解が早まります。
また、意識を知ることは、いずれ自動的にすべてを知る段階、その道に入っていきます。

その他の方法で、各自、要するに自分自身を完全に満足させる方法はありません。
もし、あるとしたら観念的、無智的妄想に生きているといってもいいでしょう。
もし、このことに反論があれば、私の言うことは無視して自分の道を進んでください。

いつも言ってきましたが、私の中には一般的に人が触れている世界はありません。
その世界というのは、心理学、哲学、宗教、精神世界などです。
しかしこの内容は、これからも困らない程度に知っています。
知っているというのは、すべての中身ではなく、その根底にある仕組みや構造のことです。

「第三の目の世界」の意識測定するときに、この意識の仕組みと構造の智恵を使います。
たとえば、本も一度も読んだことのない哲学者の意識振動を測定し、説明するときです。
何も知らないと文を書くにも流れが悪くなりますので、ウィキペディアをみます。

上から下まで流し読みをし、ポイントとなるところをもう一度読みます。
これで、この哲学者の思想や意識、方向、限界などが掴めます。
このような方法でやらないと、いろいろな人の測定結果を説明するには時間がかかります。
時間をかけて、その人物を分析出来ればもっと面白い文になると思いますが、それをしていると次々と新しい測定は出来なくなります。

今やっている方法でも、それほど間違った解釈はないと思っています。
今のARRはまだ訓練中で、人物一通りのARRが終わったところで完成の段階に入ります。
その頃には、ARRの能力も上がっているということを見越して最後のARRをやっていきます。

それを追記として載せてARRの完成にしようと思っています。
ARRはこのような思いでやっていますが、これも意識の勉強の成果です。
波動振動測定からARRまで、この内容を私はすべて説明出来るのです。
こんなことより、私がすべて説明出来るのは人間意識の構造と質です。
これが、意識の勉強なんです。

私はもう人間意識のことは興味がないのです。
「もういい」、と満足しているのです。
意識の勉強の本質は、誰も信じないと思いますが、とにかく「すごい!」ものです。
すべてを分析研究するわけにはいきませんが、大体のことはわかってしまうのです。

人間も世の中も、その他のことも・・・
それが、「神を知る」「神を見る」「神に触れる」という道なのです。
意識の勉強は、「神を知る」「神を見る」「神に触れる」という道だということです。
これが意識の勉強の目的だということです。

それ以外に、人間が生きる目的があるのでしょうか。
幸せを目指して・・、これもいいですが、何の幸せですか?
人が思う幸せ、この世の幸せは、人が求める範囲内の夢や希望にすぎないかもしれません。
いま、まさにその中だという、幸せな人もいるかもしれません。

では、その幸せ感は、一生、この世を去るまで持続させる確信はありますか。
また、その幸せ感はあなたの奥深く、どの辺から感じ意識全体まで広がっていますか。
本当に幸せだと思えるのはどこから来るもので、どこで感じ取れるものでしょうか。

神の感じというのは、神を知る、ということにつながります。
ほとんどの人が勘違いしていたり、わからないにしているのが、神の感じです。
私から言わせてもらえば、ポジティブ意識の人は、神の感じを知っているんです。
それは初歩ですが、神を知っているということになるのです。

初歩というのは、これからその本質に慣れていく、馴染んでいくということです。
今回はこのくらいで、また次回続きです。
少しまとめておくと、この世に生きる目的はまず神を知ることからです。
そのためには、その始め、基本として自分の意識を知ることです。
自分の意識を知ることは人間意識を知ること、誰かの心を感じることにつながります。

そのためには、まだ何も知らないのですから、当然知識を得る勉強も必要になります。
そのためにあるのは、先人が残してくれた本質レベルの知識や智恵です。
その代表的なものが、とりあえず哲学や精神世界、そしてレベルを上げて聖者の言葉です。

こうするにも、努力が必要です。
この努力がいやなら、お金もの集めに走ればいいだけです。
そのゴールは、ハルマゲドンですが・・
何故なら、神を無視して救われるということは、霊的法則にないからです。
気づくところまでいくしかないということです。

誤解のないように言っておきたいことがあります。
物やお金だけの我欲に走っているような人もいますが、これだけは意識振動を調べてみないとわかりません。

外の表現と内なる思いの違う人はたくさんいますので、見た目ではわかりません。
私の言いたいのは、自分自身にはウソをつけないということで、他人は関係ないのです。
短い説明ですので誤解をしないようにしてください。

このブログは、ネガティブ意識につながることは一切無いということで考えてください。

自由意識の目覚め~意識が拡大すれば、世界は狭くなっていく 2013/02/05

本当に人間意識は多種多様で、また意識段階をみても天地の差があります。
これまで、ずっと波動振動測定を続けて来ましたが、最近はアカシックレコードリーディングを中心に行っています。
波動振動測定の時は、写真や書、本人が使用していたものが無いと測定出来ませんでしたが、今は名前さえわかっていれば何とかなります。

今リーディング中の9大聖者、その前のイエス、シャカ、マリアの霊意識までわかると、人間意識も大体把握できた感じになります。
今後は、歴史上の人物、それもこれまで何も残っていないため測定出来なかった人物をどんどんやっていこうと思っています。
おそらく、数年のうちに、世界の有名な人物はすべてリーディングしてしまうだろうと思っています。

今は意識のみに集中していますが、またそのうちリーディング内容も変化してくるかもしれません。
もっと、深い部分までわかる、これを目指して訓練あるのみです。
それにしても、紀元前数百年前あたりには、本当にすばらしい意識を持った人物が多かったのには、驚きました。

私は、今回の9大聖者のリーディングで、いろいろなことに気づくことができました。
詳しくは説明できませんのでおおまかに言いますと、「神」についてより知った、理解できたということになります。
この世の人がいろいろと神について語っていますが、私は一切聞く必要がないというくらい、自分の目指す方向、神を思う意識は確定しています。

私が間違っていると言われても、それはそれでいい、特に何も反論する気もありません。
今回は、神について、9大聖者のリーディングからわかったことを話してみたいと思います。
ただし、概念的になりますので、あとはあなたの意識の拡大しだいです。

まず、この世の神仏の代表はイエス、シャカ、それ以外は神話の世界の神です。
世界中で神と崇め奉っているのは、すべて象徴です。
もっとひどいのは、教祖を神としている狂信者です。
現在わかっているこの世の振動ですばらしい意識は、やはり聖者方の本や最高レベルの神社の振動、その中でもイエス、シャカ、マリアは最高意識です。

イエス、シャカ、マリア以上の振動エネルギーは、私は神社にもその他の偉人聖人にも見いだすことはありませんでした。
9大聖者になると、イエス、シャカ、マリアの意識がさらに奥の方に後退するように、世界、エネルギー、意識ががらっと変化していきます。
それが一人ひとり、9段階の世界で、意識自体にも特徴があって段階があります。

段階というのは、一般的比較によるものではなく3次元、4次元のどちらの方向に偏っているかで分けているだけです。
この世のため、人類のために意識を向けそのために働いたという人生です。
要するに、人類のためという使命です。
9大聖者は、神の法則に生きた方々です。

そのような意識になっているのですから、その聖者の意識を通して神が顕現している、神の力を働かせることができた、ということだと思います。
ですから、神とは、人型のしたもの、形あるもの、何らかの見えるものではないのです。
また、それに関係するような力を追いかけて得たとしても、それはいずれ違うものに変化していくのです。

神を目指す同調は、いつでも一過性のもので次に高い焦点が現れれば、今を卒業と同時に次に移行していきます。
私が今リーディングしている9大聖者のうち、これからの4人はかなりきつい集中になっています。
何がきついかは、これから載せていくそのリーディング内容を見てもらえばわかります。

この9大聖者のリーディングでも確信しましたが、これまで私が言ってきた向上と振動の段階は悟りの段階、それは神に近づく段階ということは間違いありません。
今回のリーディングで、私がこれまで研究して来たこと、特に人間意識の全体像は大きく把握することが出来ました。

このことは、誰かに認められないとだめだ、ということもまったく無視していられるくらいの確信です。
神の法則、霊的法則を知らないというのは、真理を知らないということです。
それを無智といいます。
無智は当然ネガティブ寄りになります。

また、このようなことも一切知らず、この世に流されている状態を無知といいます。
これは、全意識の理解から見た人間意識の判断基準です。
この無知に生きている限りは、意識の成長も自分の悩み解決も遠くなります。

しかし、意識向上には悩みはつきものですから、それはしばらく続きます。
何のためにそうなるのか?
自分の内面にはびこっているあらゆるネガティブに気づき、それを外すためです。
意識成長、向上は簡単ではない。

しかし、それを克服した人は、神方向に向かうことを楽しく感じます。
同時に、喜びも。
自分が良くなることが楽しくないという人はいないでしょう。
神から離れているから、苦しい、つらい、思い通り行かない、面白くないのです。

このことも霊的、物的の両比較ではっきりわからなければなりません。
また、宇宙がどうのこうの・・、宇宙ってそんなに魅力的ですか。
宇宙の高級人種がそんなに魅力的ですか・・
少なくても、その意識と同等かそれ以上のすばらしい意識が、この地球にたくさんいたんですよ。

訳のわからないことより、まず聖者方が私たちに残してくれた真理を、一生懸命勉強して理解することが先決だと思います。
その方が理解するのも、絶対早いと思うのですが。
人の勘違いしやすいところは、新しいものに何か希望を抱くということです。
この宇宙に、新しいものなんかないんです。

新しいと思えるものがあれば、それは全部霊界から来るんです。

自由意識の目覚め~アカシックレコードリーディング・9大聖者! 2013/01/27

前回の続きになりますが、旧約聖書の50人以上の人物についてです。
初めて名前を知った人物だけでなく、そのほとんどは生存していた年代もわかりません。
しかし、ARRでは、一人ひとりの意識の特徴がはっきり出てきます。
今回見た人物の意識レベルは、全員が聖者クラスかそれに近い意識でした。

この中で、さらに強力だった意識の持ち主が、これから述べる9人の大聖者になります。
この9人の大聖者とイエス、シャカ、マリアの聖者を合わせて、全部で12人です。
前回、この12人の意識が、どうして段階的に分けられたかを説明しました。

イエス、シャカ、マリア以外の9人の段階は、これから「第三の目の世界」で説明していきます。
この中では、シャカが一番低い意識レベルですが、この世では最高レベルの意識に入ります。
では、12人の名前を、最高の霊意識に上がっていく順に書いてみます。

シャカ、マリア、イエス、ダニエル、エリヤ、デボラ、ソロモン、エゼキエル、アブラハム、メルキゼテク、ノア、レメク(ノアの父)。
この12人の大聖者の意識が、これから私が霊界まで登りつめていく意識の階段です。
私は、早くこの大聖者の意識を自分の潜在意識に定着させたいと思っています。

9人のARRは、すでに10回済ませています。
まだ10回のARRですが、これまでのARRにはなかった不思議なことも起こっています。
何か、違う世界から私が見られているような、いろいろな体験を同時にしていたのです。

今回のARRでは、自分の意識が大きく変容したと感じています。
また時間が経って、いろいろ整理出来ましたらその内容を話してみたいと思います。
この9人のARRを説明するにも、この世には喩えて言えるものがまったくありません。

そのことを考えると、文で表現することは話すより結構苦しいものになります。
おそらく、イエス、シャカ、マリアのときに比べて文章も短くなると思います。
しかし、イエス、シャカ、マリアを入れた12人の意識の説明は、大変重要なものです。
高度な意識向上を目指す人にとっては、その価値は何ものにも代えられないものになると思います。

これで、この世(3次元)レベルでは、大体必要な意識レベルは揃いました。
この世(3次元)レベルといっても、地球だけを対象にしています。
地球以外の高度に発達した意識が存在する惑星の説明については、ここでは省きます。
ここで、私が行っている波動振動測定の段階と、その分け方をもう一度説明します。

波動振動段階の基準レベルを知ると、また違った見方と理解が生まれると思います。
まず意識の分け方ですが、一般人間の意識レベルでは「波動」になります。
意識レベルが高くなると「振動」という言葉で表現しています。
波動、振動という言葉は、科学的な意味で解釈しないでください。

単なるレベルの分け方で、造語よりなじみのある言葉を使っているだけです。
波動は、振動レベルより低い意識レベルに使っています。
意識レベルの分け方は、ネガティブ側(N)に4、ポジティブ側(P)に4です。
N4以下は悪魔級で、それ以下はありません。
P4が一般人では最高意識ですが、ポジティブは霊意識までつながっています。

P4の上は偉人や聖人クラスで、それ以上は聖者クラスです。
このレベルは、P5,6といった表現をする必要はなく、聖者クラスといいます。
聖者クラスは、空海とかキリストや仏陀の弟子レベルになります。
その上は、シャカ、マリア、イエス、・・・と上がっていきます。
シャカからは、また一段ずつ意識レベルというか、意識の質が違ってきます。

この意識になると、振動ではなく霊的エネルギーとか霊意識という言葉を使って意識レベルの質を分けています。
神の世界は3次元が最低で、その下はありません。
この3次元は相対の世界で、意識はポジティブとネガティブしかありません。
そして、ネガティブ意識が最低で、これ以下の世界はないのです。

このポジティブとネガティブの戦いが、人間の歴史です。
人間の使命は、このネガティブ性から脱出してポジティブ意識(神の世界)に入っていくことです。
そのために輪廻転生があります。
そのために、聖者方が人類を救いに来ているのです。

3次元は、それ以外の目的は何もないのです。

自由意識の目覚め~アカシックレコードリーディング新段階へ! 2013/01/18

このブログは、私の意識勉強による気づきと意識向上の段階の移行、またそれに伴う様々な不思議神秘体験などの内容を、自分の人生の記録として残しています。
そのすべてを書いている訳ではありませんが、大事なところは書き残すようにしています。

年が明けて早々、私はまたすばらしい体験をすることになりました。
今回のARRの話は、自分としても信じられないことになっています。
ですから、あなたはこのARRの内容を、疑っても、無視してもかまいません。
ただ、私に文句?を言われても困りますが・・・
もちろん、このARRの内容は、少しずつ「第三の目の世界」で説明していきます。

かなりぶっとんだ話になりますが、私の頭や意識はいたって正常です。
今回、元旦ですが、リーディングする人物を集め、その中から一部の人物だけをリーディングしてみました。
まさかと思っていたことが意外にスムーズに出来たので、一気に50人以上の人物のARRをやってしまったのです。

昨年私はイエス、シャカ、マリアのARRに成功しました。
それから、何となくですが、私の中で生命の樹のシンボルからまだすばらしい意識を持った人物がいるはずだと思っていたのです。
昨年は、その一人であるソロモンを捜すことが出来ました。
今回集めた人物50人以上の中に、ソロモン以外にもすばらしい意識がまだ必ずいるはずと期待しながら始めたのです。

すばらしい意識の持ち主といっても、何も目安になるものはありません。
ただ、漠然とそう思っていただけです。
イエスだけでも超意識なのですから。
その50人以上の人物はどういう人物かというと、聖書に登場する人物です。
特徴のある人物なのか有名かはわかりませんが、旧約聖書の人物です。

イエスと新約聖書に出て来る人物は、大体の意識レベルは分かっていますので、ここでは旧約聖書の中の人物だけを集めてリーディングしてみたのです。
シャカの年代はイエスより古いのですが、意識は一応新約聖書のイエスと同レベルと見ています。
その他では、これも年代がはっきりわからない老子、それと孔子もリーディングしました。

旧約聖書の人物で私が一番心配していたのは、初めて名前を知る人物もいるということです。
また、生存していた年代がまったくわからないという人物がほとんどです。
果たして、こんなことでリーディングできるのか、期待はしていながら出来るかどうかはやってみればわかる、こんな感じで始めたのです。

私の驚きなんかどうでもいいので、結果から言っていきます。
すべて成功です。
私はこの50人以上の人物の意識を5段階に分けることも出来たのです。
そして、最高レベルの意識を持った人物を9人探すことに成功しました。
イエス、シャカ、マリアを入れて、これで全部で12人です。

霊的法則からいって、私が想像していた人数とピッタリで、本当に超感動でした。
もちろん、その中にソロモンも入っていました。
私がこの内容は、疑ってもいい信じなくてもいいと言ったのはこういう理由からです。

この9人は、イエス、シャカ、マリアの意識レベルより高いのです。
イエスより高い意識レベルと言うのは、どういう意識なのか。
このリーディングでそれが明確にわかるまでは、私だけでなく誰もこんなことは考えもしないでしょう。
このリーディング内容も、しっかり把握しておかなければ説明はできません。

イエス、シャカ、マリアの時と同じように、時間のあるときはこの9人のARRを続けています。
今は、この9人の意識レベルを段階ごとに分けて順にリーディングしています。
この9人にも、それぞれさらに意識段階があるのです。
もう、信じられない世界、私は霊界そのものといった中で集中しているのです。

イエス、シャカ、マリアのリーディングに成功したときも、おそらくこのような感動だったと思います。
「第三の目の世界」で説明している文もそういう思いを込めて書いたのです。
しかし、このような表現は全く無礼で誤解を招くおそれもありますが、今は、この3人イエス,シャカ、マリアの意識が低く感じるのです。

イエス、マリア、シャカの意識でさえ低く感じるとは、一体どうなっているのでしょうか。
本当は、この12人の意識全員は、この世では最高レベルの意識です。
12人は同等の霊意識そのものです。
では、なぜ意識の高低を付けられるのかとなります。

それは、次元が関わっているからです。
3次元と4次元、またはこの世の意識と霊意識でもいいでしょう。
イエス、マリア、シャカはこの世のために働いた人物です。
非常に物的な面まで入り込んだ意識であったということです。
それが、12人の中の意識では、少し濁りとして感じるのです。

この濁りというのは、ネガティブではありませんので勘違いしないでください。
この濁りとして感じるのは、振動です。
この濁りの部分があるから、私は振動として「神性DNA同調カード」にも入れられたのです。
この濁りの感じは、霊的振動レベルということです。

その他の9人は、振動的なものは一切感じません。
すべて、霊意識、少なくても霊界意識を感じます。
では、なぜ霊界意識と言えるのかです。
以前にもこのブログやHPの読み物に書いたことがあると思いますが、それは私の体験です。

私は何度か無意識の中で、霊界、と言うより霊界らしきところを経験しています。
この9人の意識は、私が経験して来た霊界意識とまったく同じなんです。
厳密には、最高レベルの4人はそれ以上ですが。
今の私は大変楽になっています。瞑想もせず、無意識にならなくてもいいのです。

このリーディングの集中だけで、霊界意識にいられるのですから。
これは、何と言っていいか・・、本当に涙、魂に感謝、これも足りないくらいです。
これから「第三の目の世界」で説明するにしても、その言葉がありませんので大変です。

どのくらい、その意識の感じを伝えられるか、それだけです。
これで12人、私がこれから一生集中していくこの世で最高レベルの意識です。
イエス、マリア、シャカに追加して12人の文が出来上がれば、これは私にとって本当に大事なものになります。
この世に「生命の書」というものがあります。

私は、この12人の意識の説明を「超意識の書」として大事にし、いつも霊意識に集中していこうと思っています。
これで私も、とうとうこの世で探し求めるものが無くなりました。
これから先、この12人の意識にどのくらい同調出来るか、私のやることはそれだけです。